第26話 軍馬『赤兎』との再会!

 「キャーーーー」


 アイクと麗華が悲鳴をあげ、慌てて手を伸ばすが届くはずもない。窓から下をのぞくと、地上でゴロゴロと転がり受け身をとった呂布は、すぐに立ちあがりビルのへ走り出した。


 (命の恩人だからって何もそこまで……)


 麗華はそう思ったが、呂布にはもうひとつ、どうしても見捨てられない別の理由があった。あのレッドという選手が赤兎にそっくりだったからだ。馬と人間ではあるが、赤兎とレッドは何かつながりがあるような気がしていたのだ。


 (しかと確かめねば……)


 呂布はその思いだけで、一心にレッドのもとに走る。だが姿が見えた時には、大勢の傭兵たちに囲まれ劣勢を喫していた。レッド本来の実力なら、100人相手でも負けるとは思えない。だがライオンと戦い、ふたりの人間を担いで数百メートル走った直後では、間違いなく体力が削られているはずだった。


 レッドが悔しそうに天を仰いでいる。呂布はレッドの傍に駆け寄ると、声を荒げた。


 「お前の名は? 一体どこから来た?」


 レッドが呂布の方へ視線を向ける。身体は女性だが、どこか懐かしい雰囲気があり他人とは思えなかった。レッドの表情が引きしまり、急に力が湧いてくる。


 「レッドと申します。目覚めたらここにいました。みんな、俺のことをレッドと呼びます」


 呂布とレッドは背中あわせになりながら、機敏な動きで敵を蹴り飛ばしていく。


 「あなたはどうしてここに戻ってきたのですか?」


 呂布はレッドに素早く視線を向けた。


 「どうしてもお前が他人とは思えなかったからだ」


 「俺もです!!」


 レッドは次々と敵を倒しながら、嬉しそうに答えた。呂布がレッドの言葉に満足そうにうなずく。


 「いいか、俺の合図で膝をつけ! せーの!」


 レッドが言われるがまま片膝をつくと、呂布はその背中に乗る。驚くほどに息があっている。


 「共に行くぞ!」


 呂布の叫び声を聞いたレッドの身体に電流が走る。目に涙をいっぱいにため、両手でしっかりと呂布の足をつかむと、馬のいななきにも似た雄叫びをあげた。そのあまりの迫力に、周囲の敵があとずさる。


 レッドの中に、自分は赤褐色の毛並みをした駿馬であるという意識が芽生えていた。きらめく甲冑に身を包み、方天戟ほうてんげきを手にした天下無双のあるじとともに戦場を駆けるさまが、ありありと脳裏に浮かんでくる。


 (主が、山際に潜伏していた無数の敵兵を相手に死闘を繰り広げている。俺が主を救おうと敵陣をかきわけ突っ込んでいくと、主はひらりと身を翻し俺の背中にまたがった。その瞬間から文字どおり人馬が一体となり次々と敵をなぎ倒していく。たとえ千万の敵を前にしようと、主は冷静さを失わない。「共に行くぞ」そう言って主が優しく俺の背中をたたく。これは俺と主の合言葉だ。「ヒヒーーーン!」俺のいななきで周囲の兵がひるむ。そのすきに主を背中に乗せた俺は山上の密林に駆け込んでいく——)


 そこでレッドの記憶が途切れた。


 「ご主人様!ついにあなたを見つけました」


 レッドは目をうるませる。


 「ですが……、なにゆえ女子おなごの姿に?」


 「俺にも分からん。目覚めたらこの姿だったのだ」


 ふたりは顔を見あわせ、大声で笑った。


 突然、レッドが真顔に戻った。遠くから迷彩服を着た男の群れが近づいてくるのが見える。彼らは曹兄弟の手下の中でも、最高レベルの殺傷能力をもっていることをレッドは知っていた。


 「ご主人様、少し面倒なことになりました。俺が奴らの気を引くので、先に逃げてください」


 「ならん! 二度とお前と離れるつもりはない」


 「たかが軍馬に、そんな恐れ多いことを……」


 「お前以上に大切な存在はいない」


 呂布はレッドの肩を後ろから抱きしめる。呂布に抱き締められ、レッドは顔を名前の通り真っ赤に染めた。


 「今日からお前は軍馬ではなく、俺の大切な兄弟だ!」


 呂布は、レッドの背中からおりる。そして再びレッドと背中あわせになり、途切れることなく攻めてくる敵を協力して倒していく。レッドは重厚な蹴りとパンチで相手につけいるすきを与えない。一方、呂布は俊敏さをいかし、攻撃をかわしながら着実に反撃をする。


 「俺を阻む者は、死あるのみ!」


 呂布が叫ぶ。


 「おーー!」


 レッドも叫ぶ。


 ◇


 空中で車の窓から乱闘の様子を見守っていた麗華は、無傷のふたりを見てほっと胸を撫でおろした。


 「ジェイソン、あのふたりを迎えに行ってください」


 「ですが……」


 「お願いします…………!早く!」


 この時、彼らの車に向けられた狙撃銃の銃口から、一発の銃弾が飛び出した。

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