第25話 赤ワインと血の匂い
「かかれ!」
リーダー格の男が命令すると、手下どもがいっせいに襲いかかる。レッドがすかさず足をはらうと、男たちが次々と宙に舞った。いつの間にか格闘技の選手とおぼしき男たちも敵方に加勢している。
「ここは逃げるぞ!」
呂布が叫ぶと、レッドはぴたりと動きを止めた。けれど次の瞬間、さっと麗華と呂布を両肩に担ぎあげ、包囲網を次々と突破していく。
(すごい力だわ…)
麗華はレッドに身を任せながら、その力強さに感心していた。
◇
乱闘騒ぎの一部始終は、VIPルームのモニターにも映し出されている。部屋ではこの地下格闘技場の主催者であるゼウス社社長の村越宗信と北条グループ会長の北条宗徳が、今日もワインを片手に試合を観戦していた。西区ビルの地下格闘技場は上流階級向けの賭博場として荒稼ぎをしており、裏金作りとしての秘密の資金源となっている。
村越宗信がワイングラスを揺らしながら、北条宗徳へ意味深な視線を送った。
「おたくのじゃじゃ馬は元気だねぇ」
北条宗徳はモニターに映し出された麗華を真剣な表情で見つめている。
「今まで野放しにしてきたが、そろそろ潮時だろう。この場所もバレたことだし、麗華は人神プロジェクトの被験体として本格的に活用するさ」
このふたり、実は一卵性の双子の兄弟である。人神プロジェクトの完成(三国時代の兵士をタイムスリップさせて、現代社会を統治すること)のために自らの身体に三国時代の兵士を入れようとしたところ、曹操の魂が半分に分かれて入ってしまい、雷雨のたびに身体に異常をきたすようになったのだ。どこで何をしていても必ず激しい痙攣を起こして気を失い、雷雨がおさまると目が覚めるという死ぬほどの苦しみを味わっている。
「この身体を完全なものにするためには、呂布と麗華の入れ替わりが鍵となりそうだ——」
彼らには共通の目的があった。ひとつは、いまだ技術的な欠陥がある人神プロジェクトの完成のために、資金を地下格闘技賭博で稼ぐこと。もうひとつは別れた二つの魂を一つに纏めて本来の健康な曹操に戻るべく、人神プロジェクトの研究を進めることだ。今の段階では、魂の半分を取り戻すためには兄弟を殺すしか方法がない。しかし皮肉なことに、魂を取り戻す前に相手が別の形で命を落とせば自分も死ぬことになり、互いを守りあうしかないのだ。
北条宗徳と村越宗信が、それぞれ手下の傭兵たちを呼ぶ。
「麗華と呂布を捕らえろ」
北条宗徳が赤ワインのグラスを揺らしながら命令する。
「生け捕りだぞ」
傭兵たちは一礼すると、二手に分かれて出ていった。
「あのふたりを捕まえたら、どうする?」
「麗華は死ぬ間際の一東と白雪から、何かを
「あいつらに持ち逃げされた研究データのことだな。クソッ…」
村越宗信は手に持っていたワイングラスを壁に投げつけた。ガラスが割れ、壁が朱色に染まる。まるで血のように赤いワインは、壁を伝い、ポタポタと床を濡らした。
◇
未完成ビルの入口から、麗華と呂布を担いだレッドが出てきた。
「止まってください!あれが私の車です!」
停車中の車の中から、麗華らの姿を見つけたジェイソンは、ボタンを押して後部座席のドアを開けた。アイクが窓から顔を出して叫ぶ。
「早く乗って!」
麗華と呂布に続いてレッドも乗り込もうとしたが、身体が大きすぎて車に入れない。
「やだぁ、何この赤髪のスーパーイケメン……。たくましすぎて、ほれぼれしちゃう……」
相変わらずのアイクである。まさに追っ手が迫り来ていることや、レッドが何者かなどはまったく気にならないようだ。そうしている間に、手下たちがビルから出てきた。
「ここは俺がなんとかします。先に行ってください!」
「レッド、だめだ。一緒に逃げよう!」
呂布が窓から手を伸ばした。
「そうです。命の恩人を置いていけません!」
しかしジェイソンの認識は違う。麗華の安全が最優先の彼は、なんの迷いもなくコントロールパネルを操作し、飛行モードを選択した。エンジンが起動して車両が浮き上がったと思えば、あっという間に加速しその場から飛び去った。呂布は、珍しく強硬手段に出たジェイソンの首に腕を回して、首を絞め上げた。
「停めろ!」
息が詰まり薄れゆく意識の中、ジェイソンは思い出していた。呂布と初めて会った日も、こんな風に首を絞められ死にかけたのだった。
「やめなさい!」
麗華とアイクが必死で呂布をなだめる。
「このままじゃ、落っこちて全員死んでしまいます!」
呂布は麗華とアイクをにらみつけると、「なら俺はあいつと生死をともにする」と言い、ドアを開けて車から飛びおりた。
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