第20話 爆弾発言に周囲が唖然…

 高さ十数メートルはあろうかという吹き抜けの大ホールに、おびただしい数の椅子が規則正しく並んでいる。そこかしこにセンスのよいフラワーアレンジメントが飾られた豪華な空間、ここはまもなく記者会見が開かれる北条グループ専用の会見場である。


 会見場の後方にある控室では、今夜の主役たちがミーティングの真っ最中だ。


 ジェイソンが麗華に段取りを説明する。


 「各メディアにはすでに根回しをしていますので、彼らの質問と社長の回答はこちらに用意しました。ただひとつだけ気がかりなことがあって……。今日の会見はライブ配信もありますので、株主から思わぬ質問が飛んでくる可能性があるかと」


 麗華は、ファイルにとじられたコピー用紙をパラパラとめくる。自分が壇上にあがるなら、これくらいの質問は目を閉じていても答えられるが、呂布の場合はそう簡単にはいかないだろうと顔をあげる。麗華は、少し離れた席で緊張した様子で座っている呂布の元へ行くと、その肩に手を乗せた。


 「私の会社のごたごたに巻き込んでしまってごめんなさい。協力してくれてありがとう」


 「ほお。お前の口から、そんな素直な言葉が出るとはな。いつもそうしていれば少しは可愛げも出るだろうに」


 呂布が少し驚いた様子で麗華の方へ視線を向けた。麗華がムッとした表情で口を尖らせている。


 「悪かったですね。可愛げがなくて!」


 アイクが2人の間に割って入ってきた。


 「はいはい、ふたりとも可愛いんだから安心して。さあ、もうすぐ記者会見が始まるから、ケンカしてる場合じゃないわよ」


 麗華はすっとビジネスモードの表情に戻ると、あっさりと引き下がった。


 「ちゃんと目を通しておいてくださいね。本番ではそのまま答えてくれればいいので」

 

 麗華から手渡された資料に、呂布は顔を近づけた。資料に書かれた文字は、呂布が使っていた漢字とよく似ているものの、書き間違えたのか画数が足りないものも少なくない。見たことのない文字もいくつか混じっている。漢字1文字なら読めるが、それが連なると急に難しくなる。


 「この、ロ……ローソク足チャートというのは何だ?」


 「字は読めるようですね! 説明するから来てください」


 「その必要はない!」


 「時間です」


 ジェイソンが無情な宣告をする。


 「社長、ご登壇を。私たちがついていますので。安心してください。すぐに済みますよ」


 麗華は慌ただしく呂布にイヤホンを渡す。


 「これを耳の中に入れてください。これがあれば、私がそばにいなくても声が聞こえますから」


 「これは……まさか、順風耳じゅんぷうじ(※世のすべての音を聞く神将)か?」


 麗華が、ふふふと口をすぼめて楽しそうに笑った。


 「ふふ。そうです。 順風耳です!」


 呂布は麗華の顔をまじまじと見つめた。


 「そういった笑い声も出せるのか。少し安心したぞ」


 麗華が慌てて真顔に戻る。


 「す……少しは心配してくれていたんですか?」


 「ああ、それにこの身体だが、お前もしかして何か《やまい》を抱えていないか?」


 麗華の表情がさっと曇る。


 「……心配ご無用です」


 「何か俺にできることがあれば言えよ。俺が守ってやるから」


 (この身体はあの口うるさい女のものだが、愛しい貂蝉のものでもあるのだ。しっかりこの身体を守らなければならない)


 呂布の本心を知らない麗華は、恥ずかしそうに顔を赤らめている。


 (呂布にドキドキするなんて、私どうしたのかしら?)

 

 営業スマイルを浮かべたジェイソンが、壇上に上る。


 「ご来場の皆様、本日は北条グループ記者会見にご臨席いただきまして誠にありがとうございます。早速、社長の北条麗華が登壇いたします」


 一礼し、そでに引っ込む。


 「さぁ呂布、あなたの番です!」


 呂布のイヤホンに麗華の声が響く。今日は呂布のたっての希望により、ハイヒールにスカートではなく、フラットシューズにパンツというスタイルで決めており、それがかえってデキる女性の雰囲気を醸し出していた。


 記者たちは、登壇した呂布のクールでエレガントなたたずまいに目を奪われ、しばらくの間、おのれの仕事を忘れたかのように静まりかえった。呂布は好奇の視線にさらされていることが煩わしくなり、どっかりと椅子に腰をおろすと脚を組み、テーブルに寄りかかった。


 「聞きたいことがあるんだろ? さっさと聞け!」


 呂布の不遜な態度に、麗華は思わず卒倒しそうになる。


 (先ほどの「まかせておけ」はいったいなんだったのでしょうか——)


 麗華は気持ちを切り替えて、声を張り上げた。


 「もっと上品に! 脚を組まないでください! 貧乏揺すりもだめです!」


 イヤホンから聞こえる大声に、呂布は内心舌打ちをしたが、おとなしく聞き入れることにした。

 ようやく、記者たちが口を開いた。


 ───社長、現在の体調は?


 「体調は良好です」


 ───メディアの報道によれば、あなたは甲冑姿の男に連れ去られていました。どのように救出されたのですか?


 「お前みたいな奴なら10人かかってきても一気に倒せるが、今回は部下に救出された」


 〈呂布! 勝手にセリフを足さないでください!〉


 〈俺は事実を言ったまでだ〉


 〈それでもだめです!〉


 ───今朝、大漢グループの株価が寄り付きでストップ安になりましたが、どのような措置を?


 〈特に何も。私を信じてください。この会見が終われば、株価はすぐに回復します〉

 「特に何も。私を信じてください。この会見が終われば、株価はすぐに回復します」


 〈いいわ、その調子です〉


 その時、ひとりの記者が立ちあがった。ジェイソンにも見覚えのない人物で、発言を指名されたわけでもない。嫌な予感がする。


 ───社長、新しいボディーガードとの熱愛の噂は事実ですか?


 全員の視線が壇の下で控えていた麗華に集中する。一斉にカメラが向けられ、激しくフラッシュが光る。この状況では呂布に指示を出すことは不可能だ。


 ───社長、答えてください。


 さっきの記者が追い打ちをかける。


 「恋人ではないが、あいつはこの私の身体を奪った」

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