第10話 捨てられたブラジャー

 運転中のジェイソンの腕時計に、着信を知らせる画面が現れた。にわかに表情をこわばらせ「拒否」のアイコンを押したジェイソンは、吹き出た汗をハンカチでぬぐった。


 しかし後部座席の呂布と麗華は、互いのことが気になるらしく、ジェイソンの異変にはまったく気づいていない。巨大な体躯にいかつい甲冑をまとった麗華は、泣きそうな顔で不満そうに呂布を睨みつけている。


 次の瞬間、麗華はハッと気づいた顔で、呂布ににじり寄った。


 「ねぇ…あなた、もしかしてノーブラじゃないですか!?」


 呂布はふてぶてしい態度で、ふんぞり返っている。


 「ああ!身体を締めつける忌々しい着物はすべて脱ぎ捨ててきた」


 「冗談じゃありません!あれは、この前買った特注のやつなんですよ。しかも……まさかとは思うけど、私の裸も見たんですか?」


 呂布はチラリと麗華に視線を向けると、フッと小さく笑った。


 「裸ごときでいちいち騒ぐな。そうだ、一つ聞きたかったのだが、なぜこの身体は手足や股に毛がないのだ?」


 麗華はめまいを覚えて、シートに身をゆだねた。


 「ああ…。まさに悪夢です…」


 ジェイソンは、バックミラー越しにふたりのようすをうかがいながら首をひねっている。


 (この古代の甲冑を着た奇妙な男は本当に呂布なのか? なぜ私の名前や別荘のことを知っているんだ……? しかも仕草や表情の作り方が、どういうわけか社長にそっくりだ)


 「社長、その方はどちらまでお送りすれば?」


 ジェイソンに尋ねられても、呂布は黙って窓の外に見入っている。麗華はジェイソンの方へ身を乗り出した。


 「ジェイソン、まず別荘に行ってください。あと言っておきますが、北条麗華はこの私です」

 

 呂布の姿をした麗華がぴしゃりと言う。ジェイソンは納得のいかない表情で、アクセルを踏み込んだ。


 ◇

 

 まもなく車は麗華が所有する海辺の別荘に到着した。


 インターホンを押すと、カメラでこちらの顔を確認したのだろう、すぐにロックが解除される。壮麗な玄関ホールで待ち受けていたのは、カラフルなハイブランドのファッションに身を包み、キラキラのピアスをつけた魅惑的な男性──麗華の親友で専属精神科医のアイクだった。


 アイクは麗華の姿の呂布を見ると、嬉しそうな声をあげた。


「麗ちゃん!待ってたわよ~」


 アイクは、麗華の姿をした呂布にハグをしようとしたが、あっさり押し戻された。それにもめげず、もう一度呂布に近づくアイクの腕を、隣にいた麗華がつかんだ。


 麗華は、アイクをソファまで引っ張っていく。そしてふたりでソファに座ると、アイクに抱きつき大声で泣き始めた。泣きじゃくる大男に抱かれたアイクは、抵抗するそぶりも見せず、不思議そうに目をぱちくりさせた。


 「アイク、信じてくれないかもしれないけど、私が麗華なの…!」


 アイクは助けを求めるようにジェイソンに顔を向けたが、ジェイソンも困った様子で両手をあげている。


 「とりあえず、みんなで話しあいましょう」


 アイクは皆に椅子を勧めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る