第9話 通話拒否をしたのは誰?

 世界貿易ビルの前に見慣れた車が停まっている。三人は大急ぎで車に駆け込んだ。運転席に乗り込みハンドルをにぎったジェイソンが、後部座席の呂布を振り返る。


 「社長、どちらに?」


 呂布は知らん顔をして窓の外を見ている。


 「自宅のマンションには戻れないから、海辺の別荘に行ってください!」


 麗華は前髪のスタイルを整えながらジェイソンに命じた。屈強な呂布の姿の麗華に的確に指示され、もう何から質問すればいいのか分からなくなったジェイソンだったが、追ってきた警備員が目に入り、とにかく思いきりアクセルを踏み込んだ。バックミラー越しに呂布を見ると、手から血が流れている。


 「社長、手にケガをしてるじゃないですか!」


 ジェイソンは、すぐさま自動運転に切り替え、ダッシュボードから絆創膏を取り出すと、呂布に差し出した。


 呂布は相変わらず窓の外の風景に見入っている。代わりに麗華が絆創膏を受け取り、「私の身体なんですから、もう少し大事にしてください」と言いながら、慣れた手つきで呂布の傷口に絆創膏を貼った。


 「こんなもの、たいしたことはない」


 呂布が不服そうに手を引っ込めたその時、車内に着信音が鳴り響いた。ジェイソンが腕時計に軽く触れると、ディスプレーに端整な顔立ちの男性が現れた。


 「ねぇ!今さっき世界貿易ビルに着いたとこなんだけど、えらい騒ぎになってるよ? ……ところで、麗ちゃんの隣にいるマッチョなイケメンは誰なの?」


 「こっちは社長と海辺の別荘に向かってます。ごちゃごちゃ言ってないで、すぐ別荘に来てください!私も混乱しているんです…」


 「もう~、みんなバタバタ慌てちゃって本当なんなのぉ?マッチョイケメンとも別荘で会えるかしら♪じゃあ別荘で会いましょ」


 一方的に通信を切られ、ジェイソンは、ぽかんとした表情で呂布と麗華を交互に見比べている。


 「ハア……」


 麗華は、ジェイソンの態度を気にするようすもなく、大きなため息をついた。こめかみを指で押さえ、難しい顔をして考え込む。


 (小説の中じゃ、よくある現象だけど……。これが夢じゃないとしたら、もしかして私はこの男と身体が入れ替わってしまった…ということ?)


 ただならぬ殺気を感じ、麗華が顔を上げると、呂布がものすごい形相でこちらをにらんでいた。頭が割れるように痛くて、反応する気になれない。


 (今はとにかく休みたい。でも、身体を取り戻す方法を考えないと……)


 しかし、ついに呂布が苛立ちをあらわにする。呂布は麗華の肩を掴むと、乱暴に揺すった。


 「俺の身体を返せ!」


 「やめてください! 乱暴はやめて!」


 ジェイソンが慌ててとめに入るが、一向に騒ぎが収まる気配はなかった。


 ◇


 一方、ゼウス社の展示会場では、招待客らの仮面があちこちに散乱し、台風一過の様相を呈していた。仕立てのいいスーツに身を包んだ中年の男が苦々しい表情で警備隊長を手招きする。


 「防犯カメラの映像をチェックして、すぐに侵入者の行方を追え。それから、警察には強盗が入ったと通報しろ」


 「あの……、何を盗まれたと説明すれば? とても『呂布』とは言えないかと……。それに呂布が女性を連れ去ったような……」


 警備隊長は、男の冷ややかな視線に圧倒され身体が震えている。


 「そこは、うまくやれ」


 「はい!」


 その場に直立し、警備隊長は敬礼した。男はそれには目もくれず、腕時計の通話ボタンを押す。一瞬、呼び出し音が鳴ったが、すぐに切断され「通話中」のメッセージが表示された。


 「通話拒否か?」


 男は眉をひそめ、不服そうにつぶやいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る