第4話 北条麗華?俺の身体はどこだ?!

 視界の中の車がどんどん迫ってくる。呂布に首を絞められたせいで、ジェイソンが運転する車は知らぬうちに対向車線を逆走していたのだ。


 ジェイソンは猛然とハンドルを切る。間一髪のところでなんとか衝突を回避し、車を路肩に停止させた。対向車の運転手が窓から顔を出し「ふざけんな! 窒息プレイなら家でやれ!」と、罵声ばぜいを浴びせて走り去っていく。


 さすがの呂布もあっけにとられている。ジェイソンは呂布の腕が緩んだすきに素早くドアを押し開け、逃げるように車をおりると街路樹がいろじゅに手をついて肩で大きく息をした。今さらながら恐怖が襲ってくる。


 (危なかった……。あと少し遅かったら大事故になっていた……)


 車の揺れが収まると、呂布は早くも落ち着きを取り戻していた。


 (ふん、俺は暴れる赤兎でさえ乗りこなしていたんだ。これしきの揺れで振り落とされるわけがなかろう。とにかく、この呂布は簡単には死なぬということだ! たとえ地獄に落ちようと、必ず生き返って憎き曹操の首を取る!)


 呂布は車のドアを蹴り開け、意気揚々と狭苦しい車内から外に出た。


 ところが……。


 「ぬわっ!」


 道路に足をつき、尻を持ちあげた瞬間、呂布はしたたかに足首をひねり地面に崩れ落ちた。


 (足かせか……?)


 足元のハイヒールを見つめ、ぼう然とする。しかしすぐに気を取りなおしハイヒールを足先からもぎとった。素早く立ち上がり、このいまいましい「足かせ」を少しでも遠くに放り投げてやろうと振りあげた手の動きがピタリととまった。


 呂布は驚いて周囲を見渡した。


 シルバーグレーの高層ビルの狭間をさまざまな種類の乗り物が川のように流れていく。目の前にそびえる豪華な建築物がひときわ存在感を放っている。このテクノロジーに満ちたきらびやかな世界に、呂布の頭は追いついていかない。


 突然、脳内に電流が走り全身が震えた。手に持っていたハイヒールがバタバタと地面に落ちる。呂布はまっすぐ立っていられなくなり、身体を車にもたせかけた。


 「うっ…」


 呂布がうめきながら額を手で押さえていると、突然、脳内に「助けて!」という女の声が響き渡った。

 

 「お前は誰だ?」


 呂布が心の中で語りかけると、女の声はその声に応えるように囁いた。


 「ゼウス社に来てください。私はそこにいます――」

 

 呂布がかっと目を開けた。瞳には固い決意の色が浮かんでいる。


 「……社長、大丈夫ですか?」


 ジェイソンが心配そうな顔をして呂布に近づいていく。呂布は自身の体を指差しながら、ジェイソンに詰め寄った。


 「説明しろ!こいつは誰なんだ!?こいつの名を言え!」


 「社長のお名前は、北条麗華さまのはずですが…」


 「貴様はこいつの奴隷なのか?」


 ジェイソンは少しムッとした顔をして呂布を見る。


 「社長!奴隷とはあんまりですよ。私は秘書としてずっと社長にお仕えを…」


 「要は奴隷ということだな。よし、それならば話は早い。今すぐに俺をズット社という場所に案内しろ」


 呂布はジェイソンのネクタイをつかんで自分の前に引き寄せる。


 「早くしろ!」


 ドスをきかせて命令するが、身長差のせいでジェイソンを見あげる形になる。


 「ズット社……? もしかしてゼウス社ですか?」


 呂布の腕にますます力が入り、ふたりの顔が異常に接近する。ジェイソンの心臓が早鐘のように鳴った。


 「それだ。そのズット社はどこにある?」


 「ゼ……ゼウス社はですね、確か今日、世界貿易ビルで展示会を開催しているはずです」


 「そのビルとやらはどこにある?」


 そう言って呂布は、さらに顔を近づける。ジェイソンは鋭い眼光に射すくめられ、震える指で呂布の背後にそびえるひときわ豪華な建築物を指さした。


 「そ……そちらです」


 呂布はネクタイから手を離し、後ろを振り返る。


 「なるほど、確かにうさんくさい建物だ」


 言い終わる前に、呂布はビルに向かって歩き出している。ジェイソンは、急いでハイヒールを拾いあげる。そして呂布の前に回り込むと、さっと片膝をついて呂布のきゃしゃな足を持ちあげ、土をはらった。


 「社長、もうすぐ商談の時間ですよ。しかも取引額が一億超えなので、欠席するのはマズいかと……」


 「やめろ!」


 呂布はジェイソンを蹴り飛ばす。


 「今度また足かせをつけようとすれば、お前の命はないぞ!」


 尻もちをついて泣きそうな顔をしたジェイソンを上から睨みつけ、呂布は裸足でビルへと入っていった。

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