第40話『丸く収まれば全て良し』

 アルクスに抱えられながら、マーリエットは目の前に広がる結末に対して想う。


 ――あっという間に全てが終わってしまった。ミシッダさんが言っていた、これが私は絶対になす事ができない技。凄い、凄すぎる。


「そろそろ大丈夫そうかな」

「アルクス、助けに来てくれてありがとう」

「いいや、当然の事をしたまでだよ」

「本当に強いのね。私は、必死に立っているだけしかできなかったのに」

「全然そんな事はないよ。僕なんてまだまだなんだから。マーリエットも練習を重ねたら、あれぐらいならできるようになるんじゃないかな」

「謙遜なんてする必要はないわよ。アルクスの強さは、もしかしたら騎士と同等の強さだと思うわ」

「そんなそんな! こんな僕なんかが、騎士様達と同じ強さなんてありえないから!」


 アルクスは、ただ純粋に首を横に振って否定する。


 ――も、もしかして……出会った時にも同じ反応をしていたけど、アルクスって自分の強さを微塵もわかっていないんじゃないの……? 確認するために、もう少しだけ突いてみて――。


「アルクスって、今までミシッダさん以外と稽古したり戦ったりしてみた事ってあるの?」

「マーリエットを助けた時以外だと……僕が小さい頃、一緒に暮らしていた犬を助けるために大きな熊と戦ったぐらいかな?」

「え。そ、それってどうなったの?」

「この剣を偶然持っていたから、必死に戦ってなんとか倒せたんだ」

「す、凄すぎるわね」


 ――ミシッダさんは話しを濁していたけど、やっぱりあの話はアルクスだったのね。でも、せめて作り話であってほしかったと思っていたんだけど……。


 そして思う。


 ――アルクスって、自分の強さに無自覚なのね。


 と、腑に落とす。


「おね――」

「ルイヴィス! 大丈夫!?」


 ルイヴィスが目を覚ましたのをいち早く察知し、マーリエットから離れて向かう。


 残されたマーリエットも、倒れそうになるも回復していたおかげで耐える事ができ、ゆっくりと立ち上がってルイヴィスの方へ向かった。


「え、どうしてこんなところにアルクスが居るの……? あ、そんな事より敵が沢山……あれ?」


 意識が途絶えてしまう前の記憶は、敵に囲まれた絶体絶命の状況。

 マーリエットが孤軍奮闘して戦いに挑んでいたはず。


 しかし、まず視界に入ってきたのはアルクスとマーリエット。次に、倒れ込んで一切動かない男達の姿だった。


「とりあえず、全部終わったという事だけはわかった」

「そうなの。ちなみに、私は何もできなかった。アルクスが全部一人で倒しちゃったの」

「すご、本当に?」

「まあ、一応はそんな感じ」


 歯切れの悪い回答に疑問を抱くも、ルイヴィスはふと思う。


 ――あ。普通に会話しちゃってるけど、お姉様はアルクスに身分を打ち明けていないんじゃないかな。となると……もう、普通に会話をし始めちゃってるから他人っていう設定は使えなさそう。お姉ちゃん呼びをそのままに、話を合わせなくっちゃね。


「それにしてもルイヴィスはどうしてこんなところに?」

「え、えぇ……っと、偶然にもここら辺を通りかかってね。そしたら、お姉ちゃんが拘束された状態でここにあった小屋に連れ込まれていたから、私のスキルで助けたの」

「訊いておいてあれだけど、全然内容が頭の中に入ってこないや」

「だよね~、中々に突拍子もない事を言っている自信はあるよ」

「でも、スキルの事については少しだけ話をしていたもんね。だからある程度は理解できた……と思う」


 ――あれ? 今、ルイヴィスはマーリエットに対してお姉ちゃって言ってた……?


「その顔、私に訊きたい事があるんでしょ? お姉ちゃんって、どういう事? って」

「うん。そこが物凄く気になってた」

「実は、アルクスには心配をかけたくなかったから隠していたんだけど……私とマーリエットお姉ちゃんは血の繋がった姉妹なの」

「え? でも、あんまり似ていないように見えるんだけど」

「まあ、言いたい事はわかる。全見渡しても似ている部分がないからね。だけど――だからこそ、急に姿を消しちゃったお姉ちゃんを探して旅をしていたの」

「……なるほど。確かに、大事な家族が行方不明になったら心配するよね」

「そうそう、そういう事なの。ね、お姉ちゃん」


 ルイヴィスはマーリエットへ顔を向け、アルクスに見えない左目でウインクをした。


 ――……なるほど、いろいろと理解したわ。アルクスが楽しそうに会っていたのが、まさかルイヴィスだったなんて。


 ある程度の状況を理解したマーリエットは、ルイヴィスが用意してくれた子芝居に便乗する。


「ええ、そうなの。本当に、ある日突然……知らない人達に誘拐されちゃって」


 アルクスにも伝わりやすいよう目線を下げて表情暗く――悲劇のヒロインを演じた。


「そうだったんだね……僕があの時、偶然にも助けられて本当によかった」


 アルクスはルイヴィスへ手を差し出した。


「さて、これからどうしよっか?」


 と、マーリエットが話を切り出す。


「お姉ちゃんを助けられた事だし、このまま歩いて村へ戻る?」

「そうするしかなさそうね」

「……参考までに訊いておきたいんだけど、あの人達って死んでるのよね……?」


 マーリエットは、恐る恐るアルクスへ質問する。


「いいや、たぶん誰も死んでないはずだよ」

「……凄い」

「いやいや、僕なんかは全然だよ。なんていうか、僕なりに心の中で一歩止まって考えてみたんだ。ここに居る全員を無力化できたら、後から尋問できる。僕にはできないけど、ミシッダさんならできるだろうから――って」

「なるほど――」


 ――これが、ミシッダさんの言っていた事で間違いないんだ。当の本人は無自覚であの強さなんだから、背中を追いかける身としてはこれから苦労しそうだけど……。


「あ。そういえば馬が二頭、近くに居たはずだよ」

「もしかしたら、私を二度も誘拐した人達のじゃないかな。ほら、あの時の」

「ああ、あれかな。後ろに牢が固定されている荷馬車のやつかな」

「そうそう、本当にそのままのやつだったよ」

「じゃあそれで戻る事ができそうね」

「……ごめん、僕は乗馬の心得がなくて」

「なら大丈夫。私とお姉ちゃんができるから」

「そ……そうね。私達なら大丈夫よ。牢は外せるかわからないけど、アルクスは荷台で休んでちょうだい」

「お言葉に甘えさせてもらうしかなさそうだ」


 アルクスは、どうにか別の策を考えたり、来た時同様に走ろうとしたら足がもうガクガクと悲鳴を上げていた。


「でも、この人達は目を覚ましちゃうんだろうから拘束できれば良いんだけど……」

「たぶん大丈夫だと思う。マーリエットはわかるんだけど、僕と一緒に暮らしている保護者みたいな人が居て、僕が村に戻ったら全て対処してくれると思う」

「そうね、こればかりはミシッダさんに任せた方が良いと思う」

「ふぅーん? そんなに頼れる人が居るんだ」

「うん、僕より圧倒的に強い人がね」

「え」

「ここへ来る途中、何本も木がバッサリとなくなっていたの見なかった?」

「……言われてみれば、そんなものがあったような気も」

「あれ、やったのがミシッダさんなんだ。帰りに通るだろうし、みんなで見よう」

「私はそれを聞いてなんとなくわかっちゃうんだけど」


 マーリエットは、顔を引きつらせる。

 あの、苦行としか言えない訓練の時間を思い出しながら。


「じゃあ、行こうか」


 皇族の教育として習っていた乗馬の経験を活かす、マーリエットとルイヴィス。

 出発して早々、アルクスは荷台で眠りについてしまった。


「ねえ、お姉ちゃん。これからどうするの? 一応、私の部下に変身してもらって時間稼ぎしている状況だよ」

「そこまでしてくれるなんて……ルイヴィス、本当にありがとう。あなただけが、ずっと私の味方でいてくれるのね」

「そんな、大袈裟だよ。血の繋がった姉弟でいがみ合っている方がおかしいんだよ」

「……その通りね」

「でも忘れないでね。私にも大切な人達は居る。その人達に危害が加わるというなら、今までの関係性は維持できない」

「うん……わかってる。ここ数日で、その言葉の意味を自分の体と心が痛いほどわかった。大丈夫。これから、ちゃんと変わっていくから」


 ルイヴィスは、マーリエットの目を見て言葉だけではない事を理解した。


「なら良かった」

「私を気遣って、ちゃんと言葉で伝えてくれてるんだよね。ありがとう、ルイヴィス」

「いえいえ、どういたしまして!」

「それでなんだけど……わがままを言っているのはわかってるんだけど、ルイヴィスの力を貸してほしいの」

「なんでしょうなんでしょう」

「私はまだここに残ろうと思うの」

「ふーむ。まあいいんじゃないかな?」

「私から言っておいてだけど、以外な回答」

「まあね。普通だったら、このまま強引にでも連れ帰らないといけないんだろうけど。今しかできない事だったるんだし、やってみたい事をやってみたら良いんじゃないかな」

「ありがとう……」

「そんな言葉を聞いて、私もやってみたい事をやってみようって思ったから。お互い様って事で」


 荷台で眠る、アルクスへ互いの想いを胸に宿す。


「こんな事を言ったら、心配してくれてここまで助けに来てくれたルイヴィスに悪いんだけど……私、今回の一件があって総合的に良かったなって思ってるの」

「辛い思いをした張本人がそんな事を言うぐらいなんだから、そうなんだろうね~」

「ルイヴィス。今、私の事を馬鹿にしなかった?」

「いいや~? そんな事はありませーん。ほら、こんな言葉もあるじゃない? 『丸く収まれば全て良し』って」

「そんな言葉あったかしら?」

「あるある、たぶん」


 馬を走らせ、マーリエットの黄金の髪とルイヴィスの白銀の髪が風になびく。

 その幻想的で美しい光景を、揺れで一時的に目を覚ましてしまったアルクスは半眼の状態で目の当たりにした。


 ――ああ、こんな僕なんかの力で大切な二人を護る事ができたんだ。良かった。本当に良かった。


 自身の力量を、未だに理解していないアルクスは無自覚にそう想う。


 ――これから先、もっともっと強くならないと。


 再び目を閉じ、心地良い……とは言い難い揺れに再び身を任せる。


 ――明日の朝も……訓練を……がんばら……ない……と――。

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転生兄妹の英雄譚―いずれ世界を救う兄妹は、それぞれのユニークスキルで無自覚に無双する― 椿紅 颯 @Tsubai_Hayato

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