第四章

第21話『フード男と仮面男』

 帝都の某所にある教会の一室にて、フードを被った男と高価な装飾の付く服を身にまとい仮面を被る男が密会していた。

 この間、館内や敷地内には信教者の一人も居ない手筈となっている。

 それどころか、低位の修道士でさえおらず、完全に人払いが済んでいるという状況。


 厳重に情報隔離が行われている最中、懺悔部屋という薄い壁一枚に隔たれている場所で二人は言葉を交わしている。


「状況を報告してください」

「現在、頂きは行方を完全に晦ませました」

「わかりました。では、こちらからも報告をします。――その頂きは姿を現し、座についています」

「――なっ! そ、そんなことがあるのですか!? まさか、全ての計画が露呈して――」

「いいえ、それはありません。落ち着いてください、頂きは自由であると当時に不自由です。ですが、それにあれは本人でない可能性が高いのですよ。あなたより早く帝都に戻るなどありえないことでしょう?」


 フードを被った男は焦りの色を浮かべていたが、仮面の男の言葉にハッと我に返った。


「確かに、言われてみればそうですね。それに、随分と痛めつけられたみたいですから、もしも辿り着けたとしてもその時点で騒ぎが起きている……ということですか」

「そうです。それに、周りが騒がなくとも頂きが騒ぎ立てるでしょう。そう、天に願いを乞うように。――だが、天は容認しない。そして、頂きは力を持たない」

「……まるで人形じゃないですか。外から見る印象と内から見る印象というのは、そこまで違うものなのですね」

「ただ居座り続けるだけの人形なんて邪魔なだけですよ。いつまでも幼子のような立ち振る舞いをされては、この国の未来が危ぶまれてしまう」

「だから、早々に退場していただく……と」


 その言葉を聞いた仮面の男は、身にまとう服装にはこれでもかというぐらい似合わないニタァっと下衆な笑みを浮かべる。


「そうです。私の野望の前にはキラキラしているだけのお飾りは邪魔で邪魔で仕方がない! 我々という高貴な血筋の中で、どうしてあのような出来損ないが誕生してしまったのか疑問で仕方がない。スキルも大した力を有していないと話は聞いている。――なら、やることは決まっているのですよ」


 どうか、演技の範疇であってくれと思うフード男。


(うっわ、おっかねえ。言ってることは理解できるし、行動原理もわからなくもない……だが、それを行動に移すってのは正直な話――よっぽど怖え。だってよお、第一皇女の排除を行った後は? 決まってらあ、皇帝の首だ。そして、自らがその座に就く。……願望だけじゃない。その器も持ち合わせているときた。なら、この人だけは絶対に敵に回しちゃあならねえ)

「そうですね。貴方の皇道に付き従います」

「ふふふっ、そんな大それたものではないですよ。……少しばかり、大きくも脆い器をひっくり返すだけです。ですが、そう言ってくれて嬉しいですよ。これからも末永くお付き合いしていくと思いますので、お体には気を付けてお過ごしください」


 仮面の男が発する言葉は酷く冷静なものだった。

 先ほどは感情の起伏を見せていたものの、今はまるでそのような気配が感じられない。


(利用価値がある内は使ってやるが、もしもヘマをすれば、いつでもお前を切り捨てられる。――っていう風にしか聞こえないぜ。ああ怖えぇ怖えぇ)

「こちらこそ貴方の下でずっと仕事をさせてもらえるよう、精進していきますので今後ともよろしくお願いします」


 だが正直な話、両者とも他人の事を言えたものではないぐらいには常人が持つ感情からはかけ離れている。

 力もまた同じく、権力もまた同じく。


 この状況を他人が目にすれば、間違いなく悪魔の会合と言葉にするだろう。

 それほどまでに覆い隠された二人の顔は、冷えた笑みを浮かべている。

 まるで、慈しみという名の感情が欠落しているかのように。


「しかし困ったものです。以下の帝国は余計な決め事が多すぎる。そして、それがあまりにも邪魔すぎる」

「名誉騎士制度ですか」

「そうです。それが、一番の厄介事とも言えますね」

「各皇子皇女は『絶対的に守護する騎士を任命する事』、でしたよね」

「あればかりはどうしようもありませんからね。たとえ主が罪人になろうとも、降りかかる全ての悪意を力で薙ぎ払ってしまうのですから」

「実際に手合わせしたことがありませんからなんとも言えませんが、どれぐらい強いものなんですか?」

「半端じゃないぞ。一人で国を亡ぼせるぐらいの強さはありますから。どうやっても主を手に賭ける事はできなのです」

「そりゃあおっかねえ。だけど、だからこそってわけですか」


 そう、そんな皇子王女の絶対防御がない人物がいる。

 帝位継承権第一位にして、唯一専属の騎士を任命していない【第一皇女マーリエット・ヴァイ・アールス】が、その唯一。


 表面では慕われているが、権力者からは一番距離を置かれている存在でもある。

 だから、だからこそ。


「世間知らずもいいところなお姫様は、そろそろご退場願いたいというわけです」

「まあたしかに。国のトップがそれじゃあ、今後が怖くて仕方がありませんしね」

「そういう事です」

「援軍の話、どうぞよろしくお願い致します」

「ですね。内密に進めていきますので、少しばかり時間が掛かります」

「わかりました。それでは、お先に失礼します」


 そう言ったフードの男は音もなく姿を消した。


 対する仮面の男はゆっくりと立ち上がり、ドアノブに手を差し伸ばし、懺悔部屋を出る。

 そこからゆっくりと歩き出し、大部屋の扉へ向かう。

 最中、部屋の中央に立ち止まり、仮面の男は不敵な笑みを浮かべる。


「全ては私の手の中に。全ては私の意思のままに。――私が全てを凌駕するのだ!」


 両手を広げ、天井を見上げてはステンドグラスから差し込む陽射しを一身に浴び、優越感に浸るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る