第22話『ルイヴィス陣営の考察と願い』

「リイネ様、ルイヴィス様からのご報告は以上になります」


 皇室の一角にある隠し部屋にて、エリースはルイヴィスとのやりとりを包み隠さず報告。


 現在、この一室にはリイネ、エリース、ターナ、リィリの四名が滞在している。

 全員が机を囲み、ルイヴィスが移動した付近が描かれている地図を囲む。


「確かに、異様と言えば異様な事態ではあるよね。黒幕の考えは……このままじゃ、ルイヴィス様のお傍に駆け付ける事ができない……」


 未だにそんな未練がましい事を言っているリイネへ、エリースは間髪入れずに怒涛のツッコミを入れた。


「いや、ダメですよ。まだそんな事を考えていたのですか? ルイヴィス様は不要と仰っていたではありまでせんか」

「そ、そうだったかなー。それでも危険かも――」

「いいえ、ダメです」

「そ――」

「ダメです」


 リイネは「うぅっ」と半べそをかき、まるで小さな子犬がそこにいるかと錯覚するほどにしょぼくれ始めた。


 そんな情けない姿は大体いつも通りなのだが、ターナとリィリが無自覚かつ無慈悲なフォローを入れる。


「ほら、ルイヴィス様はお一人でも十分に大丈夫ですし。心配はご無用ですよ」

「そうです、ルイヴィス様は秀才なお方ですから、心配はご不要ですよ」

「ルイヴィス様にもスキルはありますし、もしもの事があったとしても問題ないと思います」

「その通りです。武術の心得こそありませんが、体術の練習は常日頃から行っていらっしゃいます。ちょっとやそっとの事で膝をつくこともないと思いますよ」


 それをずっと横で聞いているエリースは、鋭い矢がリイネへ突き刺さっていくのを眺めるしかなかった。


「えぇ……? それって、私はルイヴィス様には必要がないって事……? え? 戦う事しかできない私ってお役御免っていう話……?」


 リイネ以外は目を合わせ、あっちゃーっと額を抑える。

 いよいよリイネが泣き出しそうになった時、エリースが話題を切り替えた。


「ルイヴィス様は、自分の事よりもこちら側の心配をしてくださっていました」

「こっちの心配……?」

「はい。言ってしまえば、このような状況になったという事は、もはや内側に味方はいなくなったという事でもあります」

「確かに……こちら側から探りを入れている状況でもあるし、もしもそれがバレたとしたら言い訳の一つもできないわね」


 リイネは一瞬で真剣な表情に切り替わり、腕を組み始めて思考を巡らせる。


「そういう事です。それとルイヴィス様は、まさに『その情報収集は気を付けて』とも仰っていました」

「なるほど、そういうことか。今更なことを言うが、私達以外にもかなりの手練れが揃っている場所でもあるしな」

「はい。ですが、私達の行動が勘付かれてしまったとしても、どんな勢力だったとしてもすぐには手を出せないでしょう。――帝国の剣とまで呼ばれ、【剣聖】という栄誉ある称号を授かっているリイネ様がいらっしゃるのですから」


 その言葉を聞いたリイネは、完全に表情が明るくなっていた。


「――ま、まあねっ! 何かあったら私にドーンと任せなさーい! どんな相手だろうと、ルイヴィス様のためならば命を賭して戦ってみせるわよ!」


 そんな帝国最強とまで呼ばれている剣聖が、つい先ほどまで子供染みた感情の変化をみせているのだから、三人は随分と心配になってしまっている。

 これもまた、今に始まった事ではないのだが。


 だが、ルイヴィス配下は全員がリイネの強さを己の目でしっかりと確認している。

 一切の疑う余地すらない無類の強さは、嘘偽りないもの。

 ちなみに二つ名として、【無敗の剣聖】なんても呼ばれていたりもする。


「そうよね、私がしっかりしていないとみんなが危なくなってしまうものね」


 リイネは完全に調子付き、両手を腰に添えている。


「はい。ルイヴィス様が安心してお一人で現地に赴かれたのも、リイネ様がここに残ってくださっているおかげです。それに、私達にとってもリイネ様が最後の砦となっておりますので、どうかお気を強くお持ちください」

「……うん、そうね。めそめそしてしまってごめんなさい。私、ちゃんとするわ」


 リイネは方角が合っているかすらもわからないが、遠く離れているルイヴィスへ誓いを立て始める。

 その背後ではみんなが顔を合わせ、ひっそりとガッツポーズをとっていた。


 祈祷を終えたリイネが不意に振り返り、三人は咄嗟に平静を繕う。


「それにしても、誰がこんな恐ろしい計画を……それに、マーリエット様が姿を消して数日。皇帝様方の耳にはその情報が届いていなかったと見える。それに、今も。凄まじいほどの情報操作力よね」

「本当にその通りですね。ですが、こんな事ができるのは賊のような輩ではまず不可能。確実に内部の人間による犯行と結論付ける事もできます」

「背筋が凍るような恐ろしい話ね。身内の犯行……今回の一件は、かなり大きなことになりそうね。――でも、根が深そうだしすぐには解決は愚か、主犯を見つけ出すのはまず不可能でしょう」

「……ですね。マーリエット様が帝都に戻られたとしても、その後、再び襲撃されるのは目に見えています。ですが、ルイヴィス様も立場上、公に後ろ盾として助力する事はできない」

「うーん……騎士の一人でも傍に置いてくれれば話は変わってくると思うんだけどねぇ~」


 エリースが一滴の雫のような希望を漏らす。

 しかし悲しくも、この場にいる全員の思考は一致していた。


「正義感が強いのは間違いなのですが、それだけでは何も実現できない世の中ですものね」

「でも、難しい話でもあるわよね。名誉騎士の素質がある人間って、そう簡単に見つかるわけでもないし」

「なりたくてなれるものでもないしね。仕える主からの絶対なる信頼を勝ち取り、主を絶対に裏切らないという忠誠心も必要。そして、圧倒的な実力も必要……」

「その一人である私が言うのは違うかもしれないが、最高難易度とでも言っていいかもしれないな。それに、あの第一皇女がお気に召す人間なんてこの世に居るのだろうか」

「いくらリイネ様とはいえ、少しばかり言い過ぎですよ。まあでも、全員がその意味を理解できてしまうの本当になんとも言えないんですけど」

「はぁ……どこかに、お姫様を助ける救世主とか現れたら良さそうなんだけど」


 リイネは遠くへ目線を向けながらそう呟く。


「まあ、そんなことは絶対にありえないから、今回のようなことになったんだけど……」

「そうですね」

「ですね」

「その通りです」


 満場一致に全員が短くため息を零し、マーリエットの無事を祈った。

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