第20話『調査報告通信』

 宿屋に辿り着いたルイヴィス。

 偶然にも角部屋を確保でき、隣部屋にも客がいないという好条件を確保できた。

 誰かとにはかなり適している。


 一応、細心の注意を払って部屋を一瞥し、ベッドの下や机の下や裏などを警戒して見回るも至って普通で何もなかった。


「――まあ、警戒しすぎよね」


 帝都なら兎も角、こんな辺境の地にてそのような工作を疑っていては気が休まらない。

 と、判断したルイヴィスは早速コートを脱いで壁のフックに掛けた。


「さてさて……ベッドは――」


 そう呟いては一目散にベッドへと飛び込む。


「うわあ、ふっかふかー! 良い匂ーい!」


 残念ながらバウンドすることはなかった。

 だが、蝋の灯だけでもキラキラと輝く白銀の髪をあちらこちらに乱しても気にならない程、ベッドはお気に召すものだったようだ。


 ある程度は見た目から察する事はできるが、もしもカチカチだったらどうするのかと質問したくなる勢いだったが……。


 ルイヴィスは時折、遠出をした際にはこのようにベッド評論をしている。

 評論といっても、悪かった場合その酷評を店主にクレームを伝えたりはしない。

 目的があるにしても、やはり旅は楽しいものだ。

 だが、一人の時はやるべき事が非常に少ないというのもある。だからこうして無駄な遊びを覚えてしまった。


「むむむ……枕は柔らかいカバーだけど、中身は藁がパンパンに詰まっているのね……ちょっと残念。でも、ガッチリしてるから良しとして――さて、と」


 枕の頬ずりをし、ベッド周りの確認をある程度終えるとクルリんっと体を反転し、顔に絡まった髪を解しながら天井を眺める。


 もちろん、早々に就寝するわけではない。

 目を閉じ、自分の内の意識に集中する。

 すると、


『ルイヴィス様、ご苦労様です。通信を開始しても差し支えないでしょうか』

「エリースね。うん、今は大丈夫よ。それに、周りには誰もいない」

『承知致しました。では、まずはこちら側の現状報告をさせていただきます。――現在、マリカのスキル【擬態】、サイサの【複製】、ムイムの【共有】を使用してマリカとロニカがルイヴィス様とマーリエット様に成り代わり、今回の件が公にならないよう隠蔽しております』

「流石、私の配下達ね。鼻が高いと言うものよ」

『お褒めにあずかり光栄でございます。間違いなく皆喜びます。――では、続いてここからが本題です。セアラの【無色化】により各方面へ探りを入れたのですが……お望みの情報を手に入れる事はできませんでした。申し訳ございません』

「そうだったのね……でも、それは仕方がないわ。少なくとも各兄妹に関しては騎士が付いているから、接近しようものなら非常に危険だもの。無理は禁物よ」

『私達の個々のスキルの熟練度が高ければ、もう少しお力になれたのですが……』

「いいえ、今でも十分に責務を果たしてくれているわよ。だから、これからもお願いね。……でも、まだあまり時間が経過していないにしても、拉致したはずのお姉様が姿を現したとなれば黒幕は焦って何かしらの行動を移すと思っていたのだけれど……簡単には尻尾を出さないというわけね」


 ルイヴィスは考察を続けるも、内心では少し安堵していた。

 だが、まだ結果はわからない。

 もしも、身内である兄妹が黒幕であったのであれば、一大事どころの話では済まされない。


 反逆――。


 それが引き金となって起こりうる国内での内戦。

 もしもそんな事になってしまえば――どちらが、いや、誰が勝利したとしても悲惨なものになるだろう。

 それだけではない。

 疲弊し、復興作業を進めようにも、情報を聞きつけた他国が攻め込んで来るかもしれない。もしものそうなってしまえば、帝国は一夜もかからず陥落してしまうだろう。


 ――本当に、それだけは一番避けなくてはならない。


『ルイヴィス様、何かございましたか? ご気分が優れないのでしたら――』

「い、いえ、ごめんなさい。大丈夫よ、少しだけ考え事をしていただけだから気にしないで」

『わかりました、では続きを報告致します。マーリエット様に擬態しているロニカからの報告によりますと、恐ろしいぐらいに接近してくる者がいないとの事でした』

「そう、ね。いつも通りと言えばいつも通りね。なんせお姉様は第一皇女ですもの。一度でも睨まれようものなら、地位が危ぶまれるものね。――わかったわ、引き続き情報収集をお願いね。後、今は大丈夫かもしれないけど、奇襲のようなものがあるかもしれないから全員でしっかりと連携をとるように」

『わかりました。――では最後に、数日分のお召し物をベッドの裏に転送しておきましたので、是非ご活用ください』

「さすが気が利くわね、ありがとう。……今後は、体の転移先ももう少しだけ工夫してくれるよう伝えておいて」

『そうですね、今回で伝達するのが十回目ぐらいになりますので、またしても次に反映されるかは定かではありませんが……』

「もうそんなになるのね……そろそろ運が尽きて迷子になってしまいそうだわ」


 二人はおかしなやりとりに肩を小刻みに震わせ微笑する。


「では、そろそろ店主のおばちゃんが料理を振舞ってくれるらしいから、通信はここまでにするわね」

『はい、ではごゆるりとお楽しみください』

「ここの村のお肉は今後絶対に忘れられないぐらい美味しいのよ! 別の機会にみんなでこの村に立ち寄りましょう」

『そうですね。ルイヴィス様がそこまで絶賛されるのでしたら、私含めみんな喜んでお供致します』

「それではまたねっ」


 目に見えない何かが繋がっていた線が途切れるのを感じた。


 ルイヴィスはとんでもないほど空腹を刺激する、肉が焼ける匂いにゆっくりと目を開ける。


『ぐ、ぐぅ~ー』

「っはぁ!」


 盛大な空腹音を鳴らしてしまい、つい周囲を確認するが誰もいない。

 先ほど自分で確認したのだから当たり前なのだが、帝国の第二皇女ともあろう人間が醜態を晒すわけにはいかない、とつい反射的に起こしてしまった行動だった。


「そうだった……誰もいないんだった……よかった」


 息を漏らして胸を撫で下ろし、一安心。


「よぉーし、お肉ちゃん達ー! 今行くわよー!」


 ルイヴィスはベッドから勢い良く立ち上がり、腹から体内にこれでもかと肉の匂いを吸い込んだ。

 そして「みっともない姿を見せられないんじゃなかったのかいっ!」と、ツッコミを入れたくなるほど涎を垂らし、目をキラキラと輝かせながら勢いよく部屋を後にした。

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