第33話 偏見と月贔屓ルナティックⅢ



太陽燦々。

月皓皓。


月の対義は太陽に非ず。

天体上は無関係である。

しかし陰陽ならば対極。


わが牡羊座の守護星は火星。

では火星の対極となる星は。

そんなものはないなと思う。


どうでもいいことを考える。

そんな日々を過ごしていた。

それは午の微睡み凪の刻か。


不幸な日和ではなかった。

後になってから思うこと。



田舎ということもあり。

小学校は生徒が少なく。 

生徒たちに目が届いた。


先生の性格にもよるが。

けして見逃して貰えず。

かなり苦労もした記憶。


中学に上がった途端。

その緩さにまず驚く


それだけ人数が多く。

先生も手一杯だった。


生徒一人一人になんて。

とても目がゆき届かない。


まず学校にさえ来てくれたら。

やることさえやってくれたら。


それで御の字いい生徒なのだ。


だから秋山桂花は悠々として見えた。

自分の泳ぎたいように生簀の中でも。

ただ一人悠然と泳いでいたのだろう。


俺は人間が嫌い。

先生には嘯いて。

教室を追い出され。


けれど彼女はそのレンジが広く。

そして俺よりもっと徹底していた。


少し冷静になって考えてみたら。

彼女は子供の頃から変わらない。


自分が心を許せる。

好きな人だけしか。

その側に置かない。


その人たちとは疎遠になったのか。

それでも今の彼女が心地よいなら。

俺は近くでそれを眺めているだけ。


小学校の時は皆同じクラスだった。

もしもクラスがひとつでなければ。

彼女は同じことをしただろうか。

たまたま選択肢がひとつだった。


友だちはずっとそこにいた。

彼女自身がむら雲に隠れた。

それは望んだことではない。


俺は人に対しては無関心ではない。

無関心でいられないというべきか。


いつか彼女は俺に話した。

卒業までの時間を過ごす。

今の俺たちのこのクラス。


「つまらない」


そんな言葉を聞くことになった。

俺はそれに反論などしなかった。

けれどそれを言うにはまだ早い。


ふとしたことで変わることもある。

それを見つけることだってあるさ。

だからそのためにも話したいんだ。


夜空に浮かぶのは月。

月を隠すのが雲なら。


月を見てあれこれ思う。

それは人のすること。


彼女は月ではなく人だ。

月の仙木を名に宿す。


花ならば触れることも。

人なら話だって出来る。

俺は彼女と話がしたい。


願わくばエゴと知りながら。

月から引き摺り下ろしたい。


焚きつける言の葉には。

ただ情熱と書いてある。

裏返せば劣情なのかも。


幸いなことと言えば時間。

また三年も同じクラスだ。

まだ時間は残されている。


そんなことをつらつら考える。


「なあイッチってさあ…」


俺は教室の中で顔を上げる。


「先生にひいきされたことある?」


面白くないとはほど遠い顔。

同級生たちに囲まれている。


「ひいき?んなもんねえよ!」


「だよなあ…俺もないな!」


お前らは皆一様に頷き合う。


そんなことされて得なことあるか。

まわりからはおそらく妬まれるし。


実家では贔屓の引き倒しだった。

でもそれで得をした訳でもない。

寧ろ甘やかされは後々苦労の種。


気まずさより舞い上がっちゃうとか?

そんなことを考えているうちに。


「あるな」


ふいに思い出すことがあった。

それをひいきと呼んでいいものか。


「あんただけは特別よ!」


俺にそう言ってくれた。

先生が唯一人だけいた。


「私が好きな本だけど」


俺のことはけして見逃さない。

ものすごく厳しい先生だった。


「どうかな?」


放課後その先生が手にしていた本。


「銀河鉄道の夜」


親友のカンパネルラ。

水の事故で亡くした。

それは自分のせいと。

深く悩み苦しんだ。


少年ジョバンニが主人公。


当時を思い出して。

俺は苦笑してしまう。


「リエコ先生」


あの時俺はまだ先生のクラスで。

二年生になったばかりでしたよ。


「どうかな?」


汽車とレールが星の宇宙へ向かう。

黒い表紙の本を先生から渡された。


親友のジョバンニに会うために。

カンパネルラは銀河鉄道に乗る。

乗り合わせた死者たちが駅を降り。

やがてただ一人になったとしても。


探して求めるもの。

開いた本のページ。


ほんとうのさいわい。


そう書かれていた。

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