第25話 Valentine After hours



間もなく休憩時間も終わるだろう。

俺は教室の扉を開けて廊下に出た。


「イッチ!連れションならつき合う〜」

「今日はなんか冷えるからな〜」

「俺も!俺も!」


女子じゃあるまいし。

気持ち悪いったらないし。

まあ女子の行動も不明だが。


小西が歩いて来るのが見えた。

ランウェイ歩くようには見えない。

しょぼくれて肩を落としトホホ歩き。


「よお!」

「あによう!」


なんだこいつ酔っぱらいか!?


「元気そうでなにより!」


「朝からずっと元気でしょうが!」


「おしょうが…」


「もう!坊主いじり飽きた!」


なんかワンパターンですみませんね。

俺は気になっていたことを聞いた。


「松井さんに追いつけなかった?」

「私を誰だと?」


小西は小学校からバレー部だ。

俺とは違う小学校だったけど。

度々県のニュースにもなった。

当時は全国大会の常連だった。


その時のメンバーがスライドして。

全員うちの中学の女子バレー部だ。


県大会でも結果を残しまくっている。

しかしバレー部って足早くなるのか?


「拾って!拾って!拾いまくる!スタミナ!!そしてアタッカーにはラントレは必須!!!」


「さいですか」


それでもあのハンデ差を追いつくとは、

もうさすがと言うより他はない。


部活の先輩じゃなくて本当によかった。


「なんだよ〜部活とかだり〜」

「もう二年で引退して〜」


お前らこそ部活出るべきだ。

煩悩を汗で流したらどうだ。


「それで松井さんは…」

「帰ちった」


そう言っておどけ顔をするが。

さっきの肩を落した様子を見て。


「なんか言われた?」


おっせかい。

ほっといて。


あんたみたいな人。

私は一番嫌いだ。


「あんた線香くさいのよ!」


「最後のは聞き捨てならない!」


小西は首を横に振って言った。


「なんもないよ!」


そうだよな。

俺はともかく。


そんな話したら。

たちまち広まって。

あの子の居場所がなくなる。


小西ってのはそういうやつだ。


「まあ先生に頼まれただけだし!」

「うん」


「家にまで行ったりはしないよ」

「そうだな」


「それは先生がやるんじゃない?」


小西はさばさばした口調で言った。

切り替えの早さにこちらが救われる。


「ああ…松井さんの席そのままにね」


小西は他の女子に言った、


「いいの?小西の隣の席空いたままになるよ…」


うちのクラスの担任もそうだが。

こういうおせっかい者もいて。

たとえば俺の好きな工藤さん。


小西が松井さんのことを頼まれた時。


「どうして私じゃないんですか」


そんな顔でハンカチを握っていた。

校内の合唱コンクールで指名され。

クラスの指揮者に選ばれた。


最初は男子とかがふざけて。

歌わないやつが何人かいた。

彼女は何度も注意したけど。


結局彼女は皆の前で泣き出した。

その時もハンカチを握っていた。

そんなとこを見てたのは俺だけ。


けど工藤さんが泣いた理由。

それは男子の言動じゃない。


「引き受けたんでしょ?」

「ならちゃんとやってよ!」


そう言ったのが小西だった。

それで男子は大人しくなった。


工藤さんは世話好きで優しい。

けれと小西ほど心は強くない。


だから先生は工藤さんじゃなくて。

松井さんを小西に頼んだのかも。

俺にはそんな風にも思えた。


松井さんの件。俺は、先生と、小西と、工藤さんの姿を見ていた。


心がちくりとしたけれど。


それは誰にも知られたくなかった。


卒業前、工藤さんに人生で初めての告白をした。見事にふられて散った。

その時も小西と話をした記憶。


「あんた本当にあの子が好きだった?」


そんなことをふいに言われた。


「いつも見てるのは知ってたけど」


「なんだよ…お前、やっぱり俺ウォッチャーか」


そう言いかけて。無意識に話題を変えようとした。ふと工藤さんが座っている席を見た。その先を見てたと気がつく。


そのさらに向こうの窓際の席。

その席はいつも無人だった。


俺のすぐ近くの席に小西。

隣に用意された席は松井。


窓際の左から三番目の席。

赤い髪の肩ごしに見てた。

俺が見ていたのはその机。

その席の主を探していた。


「本当に工藤さんだけ見てた?」


あの子を見てると何だか幸せそう。

幸せになれる人って決まっている。

それで自分も幸せになれそうな。


「そんな気がしただけじゃない?」


小西の言葉は俺には辛辣でも。

それで少し救われた気がした。

やはりおせっかいなやつだ!


そしてそれはもう少しだけ先の話。

今すぐ声をかけてやりたいと思う。

そんな小西の背中に俺は言った。


「あの…小西…聞きたいんだけど」

「おせっかいって言いたいの?」


「いや」


俺は小西に聞いてみたかった。


「今日はバレンタイン」


「義理などない」


「知ってるさ」


俺はチョコは昔から食わないの。


義理の単位がその後でどう変動する。

小西のことだきっとそうに違いない。


「違くてさ…バレンタインにさ」

「バレンタインに?」


「女子の尻追いかけまわす女子」


その場が一瞬ざわついた。


「どんな気持ち?」


「な!?」


「ねえどんな気持ち?」


『どんな気持ちですか?』

『一言お願いします!』

『なんか言って下さいよ!』


ゲスの囲み取材の輪が出来た。


「イッチ…てめえ!」


俺は小西を指差して高笑い。

小西の口元も少し緩んで。


「ちょっと…ごめんよ!」


そんな俺たちの前に立った。

一人の男子か颯爽と横切る。


「お…菊池!」

「キクリン!?」


小西の大好きな菊池君が通り過ぎる。


「あの、菊池君!放課後…もし空いてたらお時間拝借…何言ってるの私!?私、昨日、手作りで、お母さんに習って…」


声が小さあい!貴様!それでもバレー部か!?応援する俺を『しっしっ!』と野良犬みたいに片手で追い払う仕草。


女子というものかくも冷酷な生き物…


「小西」


菊池は通りすがり小西に言った。


「気にするなよ!」


「うん!」


小西は瞳に星を輝かせて頷いた。


「愛には色んなかたちがあるってさ」


そう言い残して去って行った。


「は…が…」


人が言葉を失うとは。

こういうことなのか。

よく覚えておこう。


「は…が…ナイサー」


「歯がナイサー?」


ないさの活用ですか?

沖縄のご長寿ですか?

歯がない老人ですか?


「ナイサーブ!」


あナイスサーブのことね。


「ナイスキー!ナイシャ!ナイスカッツ!チャンボだ!ファイ!ぽっぽ…」


女子バレー部がよくやってるかけ声。

最後のぽっぽは意味不明だが伝統だ。

こんな時でも自らを鼓舞するために。

さすが次期主将だ!頭が下るぜ!


「ぽっぽ」


「小西」


俺もお前にエールを贈りたい。


「ファイ?」


俺は小西の前に両手をかざした。


「ちーん」


俺からのエールおりんだ!

遠慮なく受け取るがいい!


「この野郎!!!」


気色ばんだ羊が突進する。

ここはマタドールよろしく。

華麗なさばきで軽くいなす。


「この!!メエメエ野郎!!!」


「泣いてるのは君かい?子羊ちゃん!」


「めえー」


「君はめえじゃなくてぶー!」

「間違えちった!」


『はっはっはっ!』


「よこせや!」


俺も同じ牡羊座でした…思う隙もなく。小西が俺のポケットに手を突っ込む。


「男子の秘密のポッケに何をする!?」


何が出て来ても責任持てな…


「さあ鼻の穴開けや!突っ込んでやる!ぶー!お前は違う!そこの天パーのウールマーク100%糸クズ野郎だ!!!」


小西は俺のポケットから筮竹を奪うと、目の前でがしゃがしゃ振り始めた。


「・・・・今、うちの寺に代々伝わる…呪詛の呪文を唱えた!お前の人生はこれで呪われた!そしてお前の未来は…」


なんか占ってくれてるらしいです。


「お前は…残りの中学生活で、ひとつのチョコはおろか、誰からも愛されず!床を這いつくばって!!これから泥水だけを啜って生きろ!!!」


「もはや占いじゃなくなくない?」


それは全くもって顕在位置を示す。

現状維持が続くだけでしょうとの。

占いとはとても言い難いものだ。


「またもや、貴重な女子を怒らせてしまいましたな…」


お前らも余計に火に油を注ぐから。

小西はぷんすか怒って席に戻った


「チョコのひとつももらえんし」

「午後の部活も憂鬱だし」


小西の隣の席なら空いてますよ。

虎穴に入らずんばチョコを得ず。

火中の栗を拾うもまた良し。

人間万事塞翁が丙午。


そんな年じゃねえと怒られそう。


「あれ…ところでイッチってさ」


「なにかね?」


「イッチって部活入ってんの?」


義務教育の公立だから部活は強制。 

誰でも何某かの部に入らなくては。


「そう言えば俺も知らん」

「俺も」


確かありぽんは非モテたがバスケ。

ケタとぶーちゃんは卓球部だったな。


「何部なんだ?」


一年近く同じクラスにいて。

友人の部活も知らんとはな。

俺は笑ってお前らに言った。


「ケタがあだ名の由来教えてくれたら」


「へ?俺?」


「まあ教えてやらんこともないが!」


「それはお答え出来ない」


秒速で即答スマッシュ来た。


「対価としては安過ぎる」


俺の部活なんて聞いたら分る。

それは秘密でもなんでもない。


「いったい何の取引だそれ!」


「俺はサッカー部だぜ!」


突然扉から顔突っ込んで来た。

うちのクラスでもねえくせに。


顔は見かけたことはある。

面倒だから無視してたが。


「サッカー部の連中が!束になっても、俺の足には追いつけねえさ!」


なら入る部活を間違えたな。


うちの担任は陸上部の顧問だ。

そこに入って身の程を知れ。


秘蔵っ子に強化選手もいるぞ。

それがもし俺ならドラマだが。

現実はそうは上手く行かない。


「のろまのチビは?」


俺はそいつの言葉を無視した。


「のろまはどこだ!」


その俺に走り負けたやつ?

その顔なら覚えてるけどな。


まさか同じ中学で会うとは。

身長以外全然成長してねえ。

あの時のまま育ったみたいた。


「このクラスのはずだ!」


この場にいる俺たちは眼中になく。

他に誰か獲物を探してるみたいだ。


「なんだよ!びびって隠れてんな!」


いや逃げも隠れもしてないけど。


「なあ…お前ら!このクラスにいるだろ?ちびでのろまな…」


ようやくこちらに顔をむけた。

それでそいつと目が合った。


「ん?」

「ん?」


そいつは俺を指差して言った。


「お前…!確かあん時の!?」


そうです!あん時のノロマ君だ!

久しぶりだな!俺よりカメ野郎!


「の」


俺はので扉を閉めた。


「開けろ!」


なんか外から罵詈雑言。

さらに背中で扉を塞ぐ。


休み時間終了のチャイム。

午後の授業開始の合図。


「あいつは五組の大田…」

「いきなり乱暴で嫌な奴!」

「俺も…イッチ知ってるの?」


「まあちょっとだけね」


健脚自慢の冥途の飛脚かしら。

ならさっさと冥土に帰るがいい。


俺の敵にはまず違いないが。

その仇敵に比べたら雑魚だ。


せっかくの義務教育の恩恵だ。

次は倫理と社会の時間だった。

しっかりとその頭に叩き込め。


ただしお前のクラスはここじゃない。


「うるせえ!」

「さっさと帰れ!」

「ばーか!」


なんか城壁が閉じるや否や。

一気呵成の気炎が上がる。


『えいえいおー!』


この場合快気炎というよりも。

回忌炎という方が正しいかも。

お前らはこの後どうするのか。


「あいつ…しつこいってさ!」

「教室まで押しかけて来るとか!」

「目つけられた?どうしようか?」


皆の衆!早くも気がついたようだね!

松井さんも後小一時間いてくれたら。

ちょっとは面白いものが見れたかも。


あんなのがいるからお勧め出来ないが。

こんな風に未来ってものは戸を叩く。


こちらが望む望まないに関係なく。

今日半日過ぎただけでこの有様だ。


「イッチなんで笑ってるの?」


「さっきの質問だけどさ!」

「え?ああ…部活のこと?」

「俺は火星に所属してる!」

「火星部?あったっけ?」

「家政部の間違いだろ!」

「天文部すらないぞ!」


全部うちの中学にはない。

それくらい知ってるだろ。


火星。


ヘッドセットをカバンから出して。

慰めの失恋ソングを聞こうとしてる。

小西と同じ牡羊座の守護星のことだ。


火星の守護神はマースって言ってな。


「部活じゃなくて星占いの話?」

「この期に及んでロマンチスト?」


ギリシア神話の戦神って知ってた?

なんか面白くなってきやがったな。

その時ふと小西と目線が合った。


小西は耳にかけてたコードを外し。


「ナイシャ!」


俺に親指を立てて見せた。


「ナイシャ!チャンボだ!もう1ぽっぽん!」


まるで歌うように煽るのだ。


「みんな席につけ!」


倫理と社会の伝道師現る。

先生の声で授業が始まる。

扉を打つ音もいつか止み。


厄災の暴徒は忽ち退散した。

逃げ足だけは並み以上だな。

さて俺たちはどうするか。


因みにマース神は農業の神でもある。

戦で大暴れした後に種を蒔いて育てる。


「だから皆安心してくれ!」


「そげな親戚の友達のその友達の…」

「遥か太古過ぎる神のご加護とか…」

「この現実に妄想とか神話とか…」


「しかも俺は血液型はTYPE.B!」


『めっさくそ当てにならねえ!』

「日常に幻想ぶっ込むのなし!」


「まあ今日も退屈しない放課後だ!」


俺の適当な言葉に皆が苦笑している。


「イッチ…俺たちの明日は?」


「ここ」


俺は自分と友だちを指差した。


「それか」


小西の隣の席は今は空いてる。


そして数学の時間は終わった。

素数とかΠとか割り切れない。

それは幾何のかたちでもない。


そんなもの家に持ち帰れない。

少なくともあの娘はそう思う。


そこの迷えるお前たちよ。

求める解はそこにあるが。

対価は倍じゃなく乗かも。


甘くもほろ苦くもあるが。

けして安く手に入らない。


何か甘いものが欲しいの?


やはり小西には色気がある。

そんな目で手招きしていた。

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