雨の日 3

「ンで洋太、北沢さんとのデートはどうだったんだい?」

 

 その一日後、ほらやっぱり来やがった。

 親友の三島健が、この間のデートはどうだったかと聞いてくる。

 この間、というより、昨日か。

 外では昨日に引き続き雨が降っている。季節は完全に梅雨って感じだ。

 

「まぁ、下手は打たなかったな」

 

 正直な感想である。

 健は、ふーん、とつまらなさそうに息を吐き、

 

「失敗すれば面白かったのに」

 

 俺は無言で親友のほっぺたをつねり上げた。

 

「痛い痛い! けどよかったじゃないか。そこまでうまくいって」

「……あぁ」

「えぇなになに? お二人さんこの間デート行ったんだぁ」

 

 まためんどくさいのが来やがった。

 委員長だ。

 

「委員長が思ってるような展開はなかったな」

「へぇそう。なんかつまんない」

「おい。お前ら揃いも揃ってなんなんだ」

「べっつにぃ、北沢さんとお前が仲良くしてるところが気に入らなかっただけぇ」

 

 何だ嫉妬か。じゃあしょうがないな。

 北沢は俺の小説の弟子だからな。

 

「北沢さん、なんか最近熱心になにか考えてない? あれ、なにかしら?」

 

 そうか。委員長は知らないのか。北沢が小説を書いていること。

 

「さぁな。っていうか、雨降る窓辺で物思いにふける女子って、なんか、いいよな」

「うっわ」

「洋太、なんかちょっと、洋太が言うとキモいかな」

「なぜだ」

 

 俺は苦笑して言った。べつに変なことを言ったつもりはなかったんだけどな。

 



 その二日後、原稿が完成したから見て欲しいと北沢から連絡が来た。

 待ち合わせは喫茶室『ららら』だ。いつもの店、で通じるようになった。

 

「お待たせ。いやー、けっこう書き始めたら止まらなくてさ」

「ずいぶんと早かったな」

「まぁね。私も本気出しましたから」

 

 笑顔でピースを浮かべる北沢。なんとなくその笑顔は引き攣っているし、目の下にはクマも見られた。

 相当頑張って書いたのだろう。

 俺はその原稿を読むことにした。

 内容は、青春ミステリ。だがミステリと言っても、超常現象の方のミステリだった。

 これは意外だった。北沢が責め方を変えてくるなんてな。

 

「…………………………理科室の人体模型が………………妊娠している……?」

 

 物語の始まりだ。タイトルは『人体模型の子』

 読めば読むほどに面白かった。

 

 人体模型はある日、突然腹を膨らませていた。それに唯一気がついた女子中学生の主人公まなみ。だが、周りにそのことを話しても『もともとそういうものだったんじゃないの?』と信じて貰えない。

 

 だが、ヒーローである男の子だけは信じてくれた。二人はその謎を解くべく奔走する。

 結局、人体模型には昔自殺してしまった女子中学生の幽霊が入り込んでいた。その子は親に愛されない境遇の持ち主で、大学生との間に子どもをもうけてしまう。だがその大学生に子どもができたことを伝えると、

 

「わ、悪い、お前に任せる」

 

 と言われてしまう。絶望した女子中学生は妊娠中という精神状態もあって、自殺してしまう。

 だが、一つだけ未練を残していた。

 子どもを産まなかったことだ。

 結局その未練が彼女を霊体に替え、その霊体は人体模型に入り込んだ、という話だ。

 

 面白い。

 青春要素はかなり控えめになっており、代わりにミステリとホラーの面が強く押し出されている。

 

「お前……よく書けたな」

「学校のね。都市伝説が昔あったんだ。中学校の頃。ヒロインは私に似てるかな」

「この自殺した女子中学生にはモデルはいるのか?」

「うーん、それは完全にフィクションだね。けど、現実的な面も出てて、かなりいい感じだと思う」

「正直……………………予想以上だった」

 

 俺はうなずく。

 そしてゆっくりと舌なめずりをした。

 これならば、北沢の父親を納得させられるかも知れない。

 俺はゆっくりとコーヒーに口をつけた。俺の真似をするように、北沢もコーヒーに口をつける。

 

「どうかな?」

「正直、まだ甘い面もある。だがちょっと修正すれば直る程度だ」

「じゃ、じゃあこれで……」

「あぁ、いける。俺が保証する」

 

 俺は強くうなずいた。

 北沢は顔をぱあっと輝かせた。

 俺に褒められたことが相当嬉しかったらしい。

 

「文章も読みやすくなってる。間違いなく、お前の作品の中では最高の出来だ」

「ほ、ほんとに……よかったぁ」

 

 北沢はゆでたてのこんにゃくみたいに、顔をゆがめさせた。

 

「疲れたか?」

「正直、めちゃくちゃ」

 

 北沢はふやけた笑みを浮かべて、言った。

 ほんと、氷属性の北沢さんはどこに行ったんだろうな。

 その笑顔はもう、完全にとけきっていた。

 



「時間、大丈夫か?」

 

 この前北沢から聞いたのだが、帰りが遅くなると北沢父は怒るらしい。

 だから聞いた質問だったのだが、

 

「うん、まだへーき。運動部とか、まだ全然この時間までやってるくらいだから」

「そうか」

 

 俺たちはコーヒーをすするだけの時間を過ごす。

 外ではあじさいが咲いており、店の面構えを彩っている。

 このあじさいはたしか、俺の死んだ母親が植えたものらしい。

 店に彩りが出るからと、植えたそうだ。

 

「きれいな花だね」

「そうだな」

「私、窓際の席好きなんだ」

「景色が見られるからか」

「そう。授業中、ふと窓の外見ると、体育の授業やってたりとかで、飽きないんだよね」

「…………そうか」

 

 北沢らしい発言だなと思った。

 おれは思う。

 北沢あかねについて、今まで知らなかったことが多すぎた。

 それを一気に知ることができて、俺はどんな気持ちを抱いただろう。

 失望?

 違う。

 俺は好きな女の子の意外な一面を知られて、嬉しいと思った。

 

 そして、これからも知りたいと思う。

 ケド、この小説指導という関係性は、これで終わってしまうのだろうか。

 俺はあえて、北沢に聞かないことにした。

 これでおわりだね、なんて言われたくなかったから。

 代わりに、どうでもいい話をしよう。

 

「まるで、青春みたいだな」

 

 俺はなんとはなしに、そんなことを言った。

 北沢はふっと微笑んで、返した。

 

「青春なんだよ」

 

 この時間が永久に続けばいいのに、そう願わずにはいられなかった。

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