雨の日 1
俺は電話越しに頭を下げた。まるで無能な営業のようだ。
だが俺は、ことデートに至っては無能としか言いようがない。
「一生のお願いだ! 服を選ぶのに手伝ってくれ!」
「うっわー、なっさけなーい! 聞いたかよ姉貴! 親友にデート服コーディネートしてもらう男ってどう思う?」
「そう笑笑 可愛くていいんじゃない笑笑笑」
「めっちゃ笑われてんじゃねぇか……」
くそ! この際健の姉貴に笑われたところで構わない。
デート当日に恥を掻かなければいいだけの話だ。
ちなみに俺のクローゼットを見ると、パーカーしかない。
いやパーカーでもデートに着ていけるだろうが、さすがにぼろぼろすぎる。
「どうか頼む! 一生のお願いだ!」
「……はぁ、わかったよ洋太。やれやれだな。にしても、デート相手が北沢あかねとはねぇ」
「く……そこには突っ込まないでくれ」
「はいはい。わかってる。本命女子にはもうアタックしないとね。明日、駅前集合ってことで、おけ?」
「お、おっけーだ。心の友だなお前」
「うわそういうのやめて気持ち悪いから」
「お、きたな」
「待たせたな」
「うわ、センスない。ふつう駅前の待ち合わせにジャージ姿で来るかな?」
「悪い。だが着替えるのなら、むしろビフォーアフターを意識した方がいいのではないかと思ってな」
「あのねぇ。重要なのはアフターであり、ビフォーじゃないでしょうに。
まぁいいや、ついてきて」
俺たちは駅ビルの中に入っていく。様々な商業施設が入っているのだ。
三階に着いた。
「ここか」
「そ。うちの姉貴が店員やってんだ。GAだよ。ここには男女問わず、いい服が揃う」
「なるほどGAな。初めて来た……」
「キミはいったいふだんなにを着てるってんだい。ほら、入るよ」
俺たちは入店する。すると一人の女性が、颯爽とこちらにやって来た。
両手をもみもみしながら、まるで小動物を見るような目で俺を見つめてくるこの人こそ、健の姉だろう。
「どうも~、初めまして~。お姉ちゃんの、三島いずなですぅ~~」
ずいぶんとおしゃれな人だけど、のんびりとしたしゃべり方をする。
「よ、よろしくお願いします」
「あらあら、ジャージ? ふふ、それじゃデート相手にも笑われちゃうわねぇ。ささっ、キミにはとっておきのコーディネートがあるから」
「じゃあね。僕は適当に買い物でもしてくるよ、姉貴、コーデ終わったら呼んで。試着には間に合わせるから」
「うん、わかったわ。気を付けてね」
「んじゃね!」
健は颯爽と去って行った。
マジか。この流れで置いてけぼり食らわされるとはな。
「ふふっ、じゃあ、始めましょうか~」
「お、お手やわらかに」
「身長が高いから、きっと洋太くんには白のシャツが似合うわね!」
「し、白のシャツですか……」
俺はシャツ売り場に案内される。正直、どれを選べばわからない。
「キミはぁ、この白のオーバーサイズ一択ね。そして黒のスリムパンツ。うん、これで決まり。あとは靴ね。洋太くん、予算いくらあるかしら」
「ざっと二万円ほど持ってきました」
「じゃあ余裕で足りるわね。革靴も買いましょう。黒の革靴」
「あ、あの――革靴って暑くないんですか?」
「まぁそうねー。けど、おしゃれは我慢も時として必要なのよ?」
そう言われるとぐうの音も出ない。俺は三島いずなさんに従うことにする。
「じゃあ、あの子呼び寄せるわね。あっ、もしもしぃ、終わったわよ」
おれは思う。べつにあいついなくなる必要なかったんじゃないの、と。
だがまぁ、思ったよりもいずなさんの手際がよかったってことだろう。
「今から試着するの?」
「そうよ。じゃあ洋太くん、こっちいらっしゃい」
俺は試着室へと案内される。
「三分以内に着替えられる?」
「まぁ……余裕かと」
「それじゃ、着替え終わるまで待ってるわね」
そう言って、いずなさんはカーテンを閉めた。なるほど、今から着替えろと。
俺は言われたとおりに着替えることにした。
「すっげ似合うじゃん!」
「あら素敵! これで彼女さんもうっとりしちゃうわねぇ……」
二人して、同じような感想をくれた。
だが、と俺は鏡を見て思う。
なるほどたしかに、似合ってるんじゃないか、と。
白のオーバーサイズシャツと黒のスリムパンツ。
なかなかどうして、おしゃれっぽい。
「なんか、意外と似合うな」
「似合うよ、洋太。そうだね、服装はできるだけシンプルな方がいいよ、洋太は。大人っぽく見える」
「本当か? その、服ってけっこうおしゃれっぽいもの選んだ方がいいんじゃないのか?」
「うーん、それはちょっと違うわね。男の人のファッションって、ガラとかデザインがない方が、基本的に異性受けがいいわ。
シンプルが一番なのよ」
そうなのか。俺は初めて知った。
プリントが入ったシャツとか着た方がいいのかとてっきり。
だがプロが言うのだから間違いないのだろう。
「で、買うの?」
「予算一〇〇〇〇いかないくらいか……、いや、靴を買うと一〇〇〇〇こえるな。だが予算内だ」
そのあと俺は靴も試し履きして、結局いずなさんが薦めた商品全部購入することにした。
服を選ぶ基準とか、そういう指導もみっちりしてくれた。
なんか、すげぇ安心した。自分が持っていたファッションの常識を、プロの肩に塗り替えてもらうと、すごい安心するんだよな。
これから服を選ぶときは、困らなさそうだ。
ありがとう、健。ありがとういずなさん。
「俺はしばらく姉貴と喋っていくから、じゃあね、洋太」
「ありがとね洋太くん。ふふ、また来てね。そうすればうちの利益になるからね」
それ言っちゃっていいのか。
まぁ、健のお姉さんと言えば、お姉さんぽかった。
この姉がいれば、この弟が出来上がるよな、って感じがしたぜ。
これでデート当日もバッチリだろう。
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