デート 2
「………………ん?」
昼休みになって、北沢から連絡が来た。
チャットルームを開くと、『今日喫茶室「ららら」に十六時に向かいます』
とのメッセージが入っていた。
クマのキャラクターが、ぺこりとお辞儀しているスタンプもついてきた。
「わざわざ連絡してこなくてもいいだろうに……」
そこでわざわざ連絡をよこす辺り、北沢らしいな。
俺は「了解」とだけ打ち込むと、窓際の席が慌ただしくなった。
それから北沢は、おれの方をちらちら見ながら、「ありがとう!」と返してきた。
なにが「ありがとう」なんだろうか……
と思っていると、またメッセージが飛んできた。
『メッセージ返してくれて! 既読無視しないでくれて!』
あいつどんだけ心配性なんだ……
俺は迷ったあげく、けっきょく返信しないことにした。
むりに返信すると、メッセージがおかしくなってしまうからな。
しかし、北沢は自分のスマホと睨めっこしたまま固まってしまっている。
おい、これ俺が連絡しないと、北沢ご飯食べ始めないんじゃないか?
困ったな。俺は返信する。
『既読無視は基本的にはしない。忙しいときにはするかもな』
三秒で返信が戻ってきた。
『そうなんだ! よかった! 今返信来なかったから、嫌われたかと思ったよ!』
そして、ウサギのキャラクターが泣いているスタンプが帰ってきた。
うーん、もしかしたら小説のことを教えるのと一緒に、ラインのことも教えてやらないといけないかも知れない。
俺はひとまず連絡バンバンよこされても困るので、こう返した。
『とりあえず飯食え。あと、連絡返すの俺基本的には遅いから、よろしく』
またしても三秒で返ってきた。こいつの将来の彼氏はたいへんな思いをするだろうな……。
『うん! わかった!』
まったく、世話の焼ける奴だ。
「ん、なにしてるんだい?」
「いや、ラインをな」
「……ほぅ、さっそくですか」
「やかましい、さっさと飯食うぞ」
「はいはい。いいねー、青春だねー」
「俺より遥かに青春してる奴に言われたかないな」
「そうかなー。あの氷属性の北沢さんを攻略できそうな洋太の方が、遥かに青春だと思うけどなー」
まぁ、確かにそうかも知れない。
だがこれだけで青春と言われても、ちょっと困る。まだ始まってすらいない。
おれはため息をつきながら、弁当のおかずを突っついた。
内容は卵焼きにから揚げ、ウインナーソーセージに、ブロッコリーのゆでた奴。俺が今朝作った奴だ。
ちなみに我が家に母さんはいない。俺が幼い頃に亡くなった。
だから親父も、店の切り盛りをするのはたいへんなのだ。
しっかりと手伝ってやりたいと思うのに、北沢の小説指導もしなくちゃいけない。
まぁこれに関しては、北沢が悪いわけじゃない。
時間くらいは取れるだろう。
それにしても、北沢は果たしてクラスメイトを感動させられる小説を書けるのだろうか?
それは俺次第か。まぁ、何とかする。
クラスメイト全員を感動させられなくても、委員長とか、健とか、そういう身近にいる奴らに最悪読んでもらって、みんなで「すごいね」って言ってやれば、何とかなりそうじゃないか?
え? しない?
だが、まぁ最後の案として取っておこう。
きっと素の北沢をみんなに見てもらえば、北沢のことがなんとなくみんなにも認められるはずだ。
俺は大きく息を吸って、吐いた。
やっぱ、やるからには本気でやろう。
三時五十分頃、北沢あかねが来店した。
俺はすでに休憩をもらっている。
服装については悩んだが、家にいるってことで、パーカーで問題ないだろう。
ふつうにパーカー姿で来店するお客さんもいっぱいいることだしな。
「座ろう」
「うん」
俺たちは窓際の席に着く。
ヤバい。緊張してきたな。
なにから話したらいいんだろうか。
そういえば、まるでこれってデートみたいじゃないか?
デートだな。うん、向かい合って座ってるって、デートだなこれ完全にな。
「な、なにか頼むか?」
「お、おすすめとかってあるのかな?」
俺の自意識が一気に肥大化した。ヤバい。これどうすりゃいいんだ!
俺は異性とデートした経験なんてない。果たしてこれでいいのか?
北沢は今、壁際の席に座っている。
これでいいのか?
もしかしたら、男が壁際にいかなきゃならなかったんじゃないか?
うわー! マズい。
失敗したかも知れない。
俺が壁際の席に行くべきだったんじゃないのか……。
そういえば、風の噂で聞いたことがある。
二十代男性の四十パーセントが、デート未経験だと言うことを。
この時点で、俺はこの四十パーセントに勝利していることになる。
ま、マジか……。四十パーセントに勝ってしまってるとか、俺けっこうすごいのではないか?
俺は冷や汗をだらだらと流しているが、北沢には悟られないようにする。
ポーカーフェイスだ、ポーカーフェイス。いつも通りを気取れ。
そうだ、多分席は、合ってる。たしか昔読んだネット記事に書いてあった。
壁際に女性を座らせろ、とかなんとか。
いや、ソファー席だったか?
まぁいい。ソファー席も壁際の席だから、壁際には女性を座らせろと言うことだと思う。
粗相をしないようにしよう。
じゃないと、二回目のデートがないかも知れない。
そ、そんな……。
俺は小説の師匠なんだぞ。師匠がそんな理由で弟子に拒否されたら、泣くにも泣ききれない。
ここは慎重に、北沢と会話を進めていくことにしよう。
って、ていうか、我が家で何やってんだ、おれ。
自分のホームなのだから、もっとリラックスしていいだろうに。
そんなに緊張することはないのだ。学校での会話と、似たような会話をすればいい。
「……とりあえず、ミルクティー頼むか? うちの店のおすすめだ」
「いいね! じゃあ頼もっか」
「お、俺が頼むぞ。…………………………すみません、ミルクティー二つ」
「はい、ミルクティー二つですね。ご注文は以上でよろしいですか?」
「以上で」
「かしこまりました」
ふぅー。あの大学生のバイトとはもちろん顔見知りである。っていうか、うちで働いてるわけだしな。
しかし、大学生から見て今の対応はマズかっただろうか? 『あ、あいつ女性経験ないんだなぷぷっ』とか思われてないだろうか。
北沢の反応を見る。どうやら、そんなにマズいことにはなってないらしい。
メニューを見ながら、鼻歌を歌っている。
「もしかして、他に頼みたいものがあったのか?」
「ううん、そうじゃないけど。ここのお店って、なんか昔ながらって感じがして、いい雰囲気だよね」
「そうか? まぁ、そうだな。ありがとう」
「あれ? 小島くんちょっと照れてる?」
「うっせーよ」
とかいいつつ俺は照れてる。素直に店が褒められて嬉しかったからな。
店の雰囲気は、横浜の昔ながらの喫茶室……みたいな感じだ。馬車道とか、そこら辺にある喫茶店に、店の造りはよく似ている。
ちなみに俺が住んでいるのは川崎市だ。川崎市にも似たような喫茶店を作ろう、と意気込んだ父親が開業した。
店の雰囲気の良さは、色んな人たちが評価してくれている。
お会計の時に、「ここのオムライスおいしかったわ。店の雰囲気もいいし」と言ってくれるお客さんも少なくない。
「ちょっとたばこ臭いけどな」
俺は苦笑しながら言った。
「そうだね。まぁ私はそんなに気にはならないけど」
「……そうか? まぁ、喫煙席と禁煙席で、あんま距離離れてないからな。気になるようだったら言ってくれ」
「ううん、大丈夫だよ」
北沢は笑顔で言った。
北沢の笑顔、俺はここ最近何回見ただろう。
彼女の笑顔を見ているだけで、今日一日生きててよかったなと思ってしまう。
「さて、ともかく本題に入ろうか。パソコンは持ってきたか?」
「う、うん。もちろん持ってきたよ。け、けどここで小説は書けないかも」
「それは承知している。あの作品は一応完成ってことでいいんだよな?」
「せ、青春ミステリの方だよね。……う、うん、推敲はまだ終わってないけど」
「終わってる。あれで充分だ」
「あ、あれでいいの!?」
北沢が驚いて聞いてくる。
「いや……むしろあれ以上推敲しろって言う方がどうかしている。誤字脱字もないし」
「け、ケド、作品の質はもっと上がるかも知れないし……」
なるほどそういうことか。
こいつは推敲すればするほど、作品がよくなると勘違いしているタイプらしい。
「ザンネンだが、推敲は三回までだ。それ以上はよくならない。
かのスティーブンキングもそう言っている」
「き、キングもそう言ってるんだ……。小島くん詳しいね」
「う……まぁな。キング好きなんだ」
「そうなんだぁ。キングも読んでるなんて、小島くんはやっぱり勉強熱心なんだね」
尊敬の眼差しを向けられる。正直キングは、有名作に至ってはチェックしているが、小説読んでるだけで、映画は見てない。
いつぼろが出るかわかったもんじゃないので、この話題はなるべく早く避けたい。
なので俺は話題転換を図ることにした。
「と、とにかくだ。推敲はやり過ぎても意味がない。
だいたい、作品の内容なんぞ、初稿の段階で決まってる。
そこから二十パーセントも三十パーセントも原稿がよくなることは、まずないと思え」
「そ、そうなんだ……」
がっくりと肩を落とす北沢。まぁ、初心者が陥りやすい罠だ。
「お前、次はどんな作品を書きたいと思ってるんだ?」
「つ、次はね、一応決めてて。
純粋な青春小説が書きたいな、って思ってる」
「ほう。最後ヒロインが死ぬ奴か?」
「しゅ、主人公が死んじゃうパターンの奴もあるけど、だいたいそんな感じの、恋愛青春小説? を書きたいと思ってる」
メディア○ークス文庫とかがよく出してる奴だろう。
なるほどな。北沢は次はそういう作品を書きたいと。
「いいんじゃないか?」
北沢の顔がぱーっと華やいだ。どうやら、俺に認められたことが嬉しかったらしい。
だが問題なのは、もっと練り込んだアイディアの部分だ。
「一つ確認だが、お前の小説はクラスメイトだけに見せるんだよな?
ネットとかには上げないのか?」
「ど、どうしうようかな……って考えてる」
一転、北沢の顔が暗くなる。
「ネットに上げようかな、とは考えているんだけど、じ、自信がなくて」
「すると、クラスメイト以外にも読んで欲しい、と考えてるわけだな」
「そ、そうなんだ……」
北沢は自信なさげな表情で、俺の方を見ている。
「ね、ねぇ小島くん、わ、笑わないで聞いてくれる?」
俺は首を傾げた。
「なんだ? 内容による」
「うぅ……きっちり約束してくれなきゃ、い、言いたくない」
「悪かった。なんだ? 笑わないで聞くと約束しよう」
「そ、その……私、プロの小説家になりたくて……」
「……」
まさかそんなことを言うとは思わなかった。
現状、北沢あかねの実力だと、むりだろう。
むしろ出しちゃいけないレベルだ。
そんな彼女が小説家デビューするとなると、相当な時間が掛かるかも知れない。
「現状は、むりだな」
「……う、やっぱりそうだよね。け、けど……頑張りたい……っていうか。
デビューして、お金もらって、みんなに読んでもらいたいな、って、いずれはそう思ってる」
「……」
努力すれば、むりじゃないだろう。
俺だってできたのだから。
だが、裏を返せば努力は必要だ、ということだ。
「険しい道のりだと思うぞ」
「わ、わかってる。けど、小島くんと同じ舞台に立ちたいな、って。思ってる」
「そうか」
想像はつかない。北沢がどんな作品でデビューするのかも、わからない。
だが、俺は北沢の夢を笑いたくはなかった。
むしろ応援したいと思っている。
「俺から言えるのは一つだけだ。……『頑張れ』。正直お前次第だからな。
こればっかりは、俺が保証できることでもない」
「そ、うだよね……。うん、もちろんわかってるつもり」
北沢は自分に言い聞かせるように言った。本人にも、それなりの覚悟があるのだろう。
俺は顔を上げた。天井の照明が眩しい。
「なら、ひとまず今日は、その作品の大まかなプロットを作るところから始めるか。
お前なりのやり方があるかもしれんが、ひとまず俺のやり方に合わせてもらう。
最終的には、お前が書きやすいやり方でやれ。だが当面の間は、俺の指導下で小説を書いてもらう」
ま、じゃなきゃ小説の師匠になった意味がないからな。
「う、うん、わかったよ。よ、よろしくお願いしますっ」
北沢は恭しく頭を下げた。こういうところが律儀で、北沢らしい。
俺は水を飲んだ。気づかないうちに喉がカラカラになっていたらしい。
様子見……だな。北沢が書く内容がたとえひどかったとしても、そこからどう改善できるかをちゃんと見るようにしよう。
少なくとも見捨てたくはない。
俺が師匠になった限りはな。
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