デート 1

「正式にエリカちゃんとは別れた」

「そうか、そりゃよかったな」

「まぁ、こうなることはわかってたさ。次の恋愛に行こう!」

「前向きだな」

 

 三島健。

 俺の親友にして悪友である。

 いや悪友か? まぁとにかく、こいつは女たらしというか何というか、とにかく遊びまくる。

 まったく、ほどほどにしておけよ、といいたいところだが、俺も現在ちょっと生活が春色を帯びてき始めているので、なんとも言えない。

 

 昨日のことを思い出す。

 思い出す度に、胸が締め付けられる。

 北沢あかねが、俺にだけ笑ってくれたのだ。

 あの北沢が。

 あんな笑顔初めて見た。

 

 おかげで昨日はあまり寝付けなかった。仕方がなかろう。

 今日はまだ、北沢は登校してきていない。

 八時二十分。ホームルームが始まるのが、八時四十分だ。

 

「洋太? おーい、どうしたんだよ洋太」

「ん、すまん聞いてなかった」

「いやべつになにも喋ってないけど、っていうか、どうしたのその鞄? なんかやけに角張ってないかい?」

「あぁこれか? いやまぁ、ちょっと色々あってな」

「中にはなにが入ってるの?」

 

 俺は迷う。言っていいのかどうか。

 

「パソコンだ」

 

 けっきょく言うことにした。まぁ「誰の」とは言ってない。

 

「パソコンかー、今日パソコン使う授業なんてあったっけ?」

「ないな」

 

 パソコンの持ち込みは、うちの学校では許可されている。

 但し休み時間に使うのは禁止だ。

 調べ授業や、放課後などには使っていいという決まりだ。

 

「イケないことでも調べようとしてるの? やめなよ? ポルノは身を滅ぼすよ?」

「べつにポルノは見ない」

 

 中学生くらいの時は見ていたが、高校生になったらめっきり減った。

 おれ、大丈夫だろうか?

 ポルノを見ない高校生って、意外と同性からバカにされたりするからな。

 

「あんまその手の話題は出すな」

「そうだね」

 

 クラスには一応女子だっている。委員長がいぶかしげな視線でこちらを見てきたが、とりあえずは無視しよう。

 

「おっ、見ろよ。北沢あかねだ。ひゅぅ、今日も氷みたいな顔してる」

「……そうだな」

 

 正直、あまり北沢のことを話題に出されるのは、気持ちのいいものではない。

 彼女は『氷属性』などと言われているが、実際はよく笑うし、よく喋る。

 どうして学校でそんなことになってしまうかというと、単に緊張しているかららしい。

 本当はクラスメイトと打ち解けたい、だけど不器用だからそれが出来ない。

 俺はその、手助けをすることになった。

 

「げっ、見ろよ。北沢さんこっち見てる」

「………………」

 

 北沢あかねがこっちを見ていた。すごい視線だ。

 おれ、もしかして怒られんじゃないか?

 北沢は昨日、俺の家にパソコンを置き去りにした。

 だが、もしかしたら北沢は、俺にパソコンを『盗まれた』と勘違いしたのではないか?

 だとしたら、ヤバい。

 北沢と目を合わせられない。

 いやべつに、俺が悪いわけではない。というか、忘れた北沢の方が悪いに決まっている。

 だが、俺は北沢に嫌われたくない。繊細な男心である。まったく女々しい。自分が自分で情けなくなってくる。

 

「おい……おいおいおい、北沢がこっち来てるぞ」

「え?」

 

 本当だ。北沢がずんずかずんずか、こちらに近付いてくる。

 その顔は真っ赤だ。どっちだ? 怒っているのか? それとも、恥ずかしがっているのか?


「あ…………………………あの……………………………………」

 消え入りそうな声で、北沢は言った。

 どうやら後者だったらしい。

 

「お、おう……北沢か。おはよう」

「お、……………………おはよう」

「えーっと北沢さん、僕らになにか用かな?」

「あなたは黙ってて下さい」

「ひえっ!」

 

 北沢のいつものが出てしまった。

 

「落ち着け、北沢。わかってる。パソコンのことだろう」

「…………………………や、やっぱり置き忘れちゃってたんだね。ご、ごめん……」

「あぁそのことなんだが、今日持ってきたぞ。ほら」

 

 俺は鞄を開けて、ノートパソコンを取り出す。大丈夫。傷がつかないように、ちゃんとケースに入れてきた。

 

「…………あ、ありがとっ! わざわざ持ってきてくれた、ってことだよね?」

「まぁな。べつに、大した荷物じゃないぞ」

「ご、ごめんね。私のミスで」

「いや、まぁ中身は見てないから安心しろ」

「うん! よかった!」

 

 北沢は天使のように微笑む。

 そのやり取りを、隣の健は口をパクパクさせながら見守っていた。

 気づけば、クラス中の奴らも騒ぎ始めていた。

 

「お、おい……見たか!」

「北沢が………………あの北沢が…………………………笑った!」

「嘘だろ……小島の奴、どんな技使ったんだ!?」

 

 と、あちこち無責任な発言が飛び交っている。

 べつに、俺はどんな技も使ってない。真っ向から北沢と話しただけだ。

 

「え、えっと、二人はお知り合いなの?」

「だからあなたは黙ってて下さい」

「……はい」

 

 氷のような一言。あまりにも冷たすぎる。塩対応も極めると冷たくなるのだと改めて思った。

 

「ね、ねぇ小島くん?」

「なんだ?」

 

 北沢はスマホを取り出した。

 

「れ、連絡先交換しようよ」

「お、おう………………」


 俺は戸惑う。び、びっくりした……。まさか北沢から連絡先を交換しようと言われるとは!!

 でも考えてみれば、俺は北沢の小説の師匠なのだ。

 連絡先くらいは、持っていても不思議じゃないだろう。

 

「QRコードでいいか?」

「う……………………うん、ごめんやったことがなくて」

 

 そうだった。北沢には友達がいなかったのである。

 

「家族とは交換しなかったのか?」

「で、電話番号で勝手に登録されてたみたいで」

 

 ……あぁ、そっか。そうだったな。

 ラインの機能として、電話番号を持っている人同士が勝手に『知り合いかも?』のところに出てくるんだったか。

 俺はすっかり忘れていた。

 すっかり忘れてしまうくらい、緊張していると言うことらしい。

 

「ほら、これを、今出てきたコードリーダーで読み取る」

「こ、こう……かな?」

「ん、出てきたな」

「で、出てきたね」

 

 なんだか卑猥な会話に聞こえないでもないが、至ってふつうの会話である。

 もっとも、北沢にとってはふつうじゃないかも知れない。

 初めてライン交換した友達が、おれ、なのだから。

 マジか。

 改めて考えるとすげーな。

 悪い北沢、お前で五十三番目だ。

 

「あ、ありがとねっ、それじゃ!」

「お、おう……」


 北沢は用は済ませたとばかりに、とととっ、と自分の席まで戻ってしまう。

 

「ちょ、ちょっと洋太! あれはいったいどういうこと!?」

「さ、さぁな。まぁ色々あってな」

「色々の部分を教えてよ。あの、氷属性の北沢さんを、どうやって溶かしたんだよ」

「と、溶かした? ま、まぁパソコンのモーターじゃないか?」

「そういう冗談いいから? って、ていうかパソコンって? なんで洋太が北沢さんのパソコンを持ってたんだよ?」

「あー………………」

 

 俺は言うのをためらった。

 まぁでも、昨日の一件くらい話してもいい気がする。べつに恥ずかしい話ってわけでもないしな。

 というわけで、俺は昨日起こったことについて、親友に聞かせた。

 親友は聞き終わると、両手を頭の後ろにやってにやけづらを浮かべた。

 

「へぇ、洋太の家にねぇ……。そりゃよかったねぇ」

「そうだな」

「でも不良を撃退したのが洋太とあっちゃ、文句は言えないなぁ……」

「?」

 

 一体なんの文句だ、といおうとしたが、その前に健が言った。

 

「んま、うまくやりたまえよ。洋太、これはチャンスだぞ」

「………………否定はしない」

「おぉ! しないんだ! なら応援するよ。頑張りたまえ」

 

 この会話は北沢までは聞こえなかっただろう。

 だが聞こえていたのが一人いた。

 

「へぇ、なかなか面白そうな話じゃない?」

「委員長……、お前まで話をややこしくするつもりか」

「だって面白いじゃない? あの氷属性の北沢さんを、クラスの平凡男子である小島くんが狙おうって言うんですもの」

 

 平凡男子って何じゃわれぇ……。

 と突っ込んでやろうかと思ったが、やめておく。

 委員長は人脈がすごいからな。敵に回した瞬間、終わる。

 俺は委員長を見ながら、女ってのは恐ろしいな、とつくづく思った。

 

「まぁ、私も応援するわ。期待して待ってるからね」

「いや、いちいち報告するつもりはないぞ」

「あらいいじゃない、聞かせてよ。委員長として心配な部分もあるからね、あの子。友達少なそうじゃない?」

 

 その言い方はどうなんだ……。

 事実だろうが、女同士だからって、言っていいことと悪いことがある気がする。

 

「まぁ、頑張って頂戴。もし付き合ったら連絡頂戴ね」

「そうそう。ってことで洋太。面白い話聞かせてくれよ。あの氷属性の北沢さんと、どこまで行くのか」

「………………」

 

 まぁどこまで行くのかおれにもよくわからない。

 ひとまずは北沢と、小説のことでやり取りすることになるだろう。

 俺は手元のスマホに目を落とした。

 ラインの友達のところに、『北沢あかね』が追加されている。

 

 子犬の写真。背景は藤の花の写真だ。

 この藤の花には見覚えがあった。たしか江ノ島とかで見たような気がする。

 誰と行ったんだろうか。ものすごく気になるが、聞けやしないだろう。

 とりあえず、俺から連絡するのはよそう。がっついてると思われたくないからな。

 北沢からの連絡を待つ。師匠から弟子に連絡するのは、なんかおかしいモンな。

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