菓子付けチェック!

鳥尾巻

美味しい勝負

「じゃあさ、勝負しようよ、風花ふうか


 隣に住む幼馴染の理久りくが、あたしに勝負をしかけてきた。ふわふわの茶髪と優しそうな垂れ目の大型犬ぽい見た目に反して、理久も相当の負けず嫌いだ。同い年で何かと張り合うことも多いあたし達は、事あるごとに勝敗を賭けて下らないゲームをする。


 その日は、理久の部屋でゲームをしながら、新作お菓子の食べ比べをしていた。洋菓子の会社に勤めるお兄ちゃんが、試供品を沢山くれたのだ。理久と一緒に食べていたら、芋と栗の味の違いが分からないなんて言うから、ちょっと小馬鹿にしてしまったのが発端だった。


「勝負?なんの?」


「ふうは味覚に自信あるんでしょ?よくテレビでやってるみたいに目隠しして、利き菓子してみてよ」


「あたしにメリットある?」


「うーん。俺が負けたら一日奴隷になる、とか?」


「なんで疑問形?別にいいけど、あたしが負けたら何すんの?奴隷はやだよ」


「俺が何言ってもYESって言え」


「何それ。シンプル過ぎて逆にあやしい」


「で、やるの?やらないの?もしかしてビビってる?」


 理久が煽ってるのは分かってるけど、ちょっとムカついたので勝負に乗ることにした。


「やる!」


「おー。わかんないって言ったり、目隠し取ったりしたら風花の負けな」


 理久が口の端をちょっと持ち上げて、嫌な感じに笑う。腹立つ男だな。理久はいつも寝る時使ってる、変な目の描いてあるアイマスクをあたしに渡してきた。

 早速、それを着けて、やる気満々で勝負に挑む。


「変な物食べさせないでよ」


「分かってるよ」


 理久の声と共に口の中に何か押し込まれる。もう始まってた。これはチョコレート。噛むと中にプラリネが入っているのが分かる。ほんのり焦げた砂糖の苦味とアーモンドの風味が舌の上に広がる。


「チョコ」


「正解。中身は?」


「アーモンドプラリネ」


「すげえ」


「ふん。こんなの簡単」


 お兄ちゃんの会社のお菓子はだいたい食べ尽くしてるあたしに死角はない。得意になって胸を張るあたしのすぐそばで、理久がふっと笑う気配がした。視界が完全に塞がれてるから、理久の動きが分からなくてちょっとドキドキする。

 利き菓子は続く。オレンジピール入りのフィナンシェ、ヘーゼルナッツのジャンドゥジャ、酸味と甘味が絶妙なラズベリーのマカロン、食感が楽しいカヌレ。


「ほら、次は?もう降参?」


「なんだよ、つまんねーな」


 次々正解するあたしに、理久が不満そうな声を漏らす。見えてないけど、口を尖らせて不貞腐れている様子が目に浮かぶ。アイマスクの下でニヤニヤ笑っていると、理久が何かを近づけるのが空気の動きで分かった。


「……じゃあ、これは?」


 あーんと開けた口の中に、甘いバターとココアの香り。む。これは、お兄ちゃんの会社の定番商品シガレットタイプのラングドシャ。新作のココア味だ。簡単簡単。

 それにしても甘いものばっかりで口がおかしくなってきたな。そろそろ塩気が欲しい。サクサク齧って行くと、何かにぶつかって行き止まった。勢いでモグモグとそれを食む。柔らかくてグミみたいだけど、なんだか妙に温かい。今まで食べたことない食感。


「ん?にゃにこえ?」


「……」


 くそう、負けたくない。理久が答えないので、意地になってはむはむして舐めてみる。さっきまで食べていたココアとバターに混じって、塩気も少し。と、冷静に分析できたのはそこまで。

 頭の後ろに回って来た理久の手が、あたしの首を引き寄せて、むにむにと柔らかい感触が唇にぎゅっと押し付けられる。

 ちょっと待って、なにこれ!思わず目隠しを取ったあたしの視界いっぱいに、理久の睫毛がぼやけて広がる。意外と睫毛長い。じゃなくて、なにこれ何これナニコレ!?


「はい、風花の負け」


 額と鼻先をくっつけて、耳を赤くした理久が笑う。いや今のお菓子じゃないでしょ!?一瞬叩いてやろうかと思ったけど、衝撃がすごすぎて何もリアクションが取れない。


「これから俺が言うことにYESって言ってね」


「……お、おう。風花様に二言はない」


おとこらしいな……。えーと、順番逆になりましたが、俺の彼女になってください」


「……い、いえす」


 いつも偉そうな態度なのに、こんな時だけ敬語使うのずるくない?心臓がドキドキしすぎて痛い。自分でも顔が赤くなってるだろうなと思いながら、小さく頷くと、理久は嬉しそうに笑ってあたしの唇に食いついた。


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