赤影 三
Tシャツにステテコ姿の唐は林の部屋で炭酸水を飲んでいた。
「ったく、あのスーツのおっさん集団はなんだったんだ?」とジャージ姿の林は嘆いた。
「あっけなかったな」と唐は林に言った。
高橋家に設置した監視カメラの映像は設置した次の日に、とつぜん湧いて出たスーツ姿の集団を映したあと途絶えてしまった。今はどのカメラ映像にも野良猫の糞がドアップで映っている。自家用車につけたGPSもスーツ集団に気づかれて電源を落とされてしまった。
「クソッ」と林は言い、苛立たしげに腕を組んだ。指がピクピク動いている。
「ああ、まさにクソだ」と唐は言って炭酸水をあおり、大きくゲップした。
「俺たち、もしかして相当ヤバい連中を相手にしているのか?」と林は言った。
「あたりまえだ。〈ジーン〉だぞ、くそったれ」と唐は言って、空になった炭酸水のペットボトルをゴミ箱に投げ入れた。
「行くぞ」と林は唐に言った。
二人は李の部屋に入った。李はベッドに寝転んでスマホでアイドルの動画を見ていた。
「暇そうだな」と林は言った。
「期間限定無料配信中の動画を今日中にあと二〇本以上見ないといけない。目がまわるほど忙しい」
「〈冗談はよし子さん〉」と唐は言った。
「〈アイアムソーリーヒゲソーリー〉」と李は言った。
「やるな」と唐がつぶやいた。
「ああ。頼みもしないのに頼のやつが教えてくれた」
「あいつはいいやつだ」と唐は言った。
「お前ら以外みんな暇なんだ」と李は言ってスマホの画面を切った。
「状況はよくない」と林は腕組みをして言った。
「全員集めよう」と李は言って、部屋に来るようテレグラムで送信した。
「高橋スタープラチナは高橋誠一で間違いないんだな?」と李は念押しした。
「ああ」と、林と唐は同時に答えた。
「じゃあ、その高橋誠一ってのはどんなやつだ?」
「顔が丸くて、ずんぐりむっくりで、背は一七〇くらい。ちょうど俺をそのまま縮小したような感じの男だ」と唐は答えた。
「写真か映像はあるか?」
「ない」と林が答えた。
「ない?」
「あるにはあるがぜんぜん立ち止まらないので顔がよく写っていない。それに謎のスーツ集団が監視カメラをぜんぶもってっちまった」と林が言った。「だから高橋誠一の姿は唐の頭ん中にしかない」
「自家用車につけたGPSもスーツ集団に気づかれた」と唐が付け加えた。
「そうか。それにしても、なんだその〈謎のスーツ集団〉ってのは?」
「まったくわからない。映像から察するに、おそらく五人くらいで、昼過ぎにとつぜん現れた」
「自衛隊か?」
「そうではないと思う。だいいちスーツ姿だし、身のこなしも軍隊のようではなかった」
「逆探知はされてないだろうな」
「監視カメラのデータは全部クラウド経由だから、それは大丈夫だ。こちらの場所はわからない」
「そうとしても、カメラやGPSが使えないとなると状況把握がなかなかきついな」
「いや」と林は言った。「通勤で使っているハイラックスのGPSだけは生きている」
「本当か?」
「ああ」
「で、車はどこに?」
「立山駅のすぐ近くにある立山砂防事務所の駐車場だ。毎日そこに停まっている」
「そこは自衛隊の施設なのか?」
「いいや、国土交通省の施設だ。自衛隊とは関係ない」
「だが、高橋誠一は自衛隊の人間なんだろ?」
「ああ、やつは自衛隊員だ。間違いない」と唐は言った。「やつの護衛は〈ジーン〉だ。〈ジーン〉を必要とする組織なんて自衛隊しか考えられねえ」
「なんだって? 自衛隊に〈ジーン〉だって? 本当なのか?」
「ああ。俺は三人の護衛に飛びつかれた。俺はすぐに振り解いたが、そのわずかな間に俺は体を乗っ取られた。俺は目が閉じなくなり、口が閉じなくなり、肛門が閉じなくなった。乗っ取られている最中は何が何だかわからなかった。じきに元に戻ったが、そこでようやく、あれは〈ジーン〉以外考えられねえ、って確信したんだ。〈ジーン〉にしちゃあ控えめだが、それでも〈ジーン〉であることに変わりはねえ」
「高橋誠一は何者なんだ? ヤバい奴なのか?」
「そうらしい」と林が言った。
「范冰冰に伝えるか?」と唐が尋ねた。
「ちょっと待て」と言って李は考え始めた。
「状況を整理しよう。高橋誠一には三人の〈ジーン〉が護衛についている。彼らには唐の顔を見られているが、林の顔は高橋誠一の妻にしか見られていない。そして唐と林が何者なのかはまったくバレていない。それでいいな」
「ああ」
「彼らは毎日駐屯所ではなく、立山砂防事務所に通っている。そして彼らとは別に、謎のスーツ集団が支援に動いている」
「そうだ」
李は頬杖をついて考える。
「いま撤退すれば、我々の足はまったくつかない」
「范冰冰なら『撤退しろ』と言うだろうな」と林は呟いた。
「だが、なんだか獲物は大きそうだよな?」と李はみんなに尋ねた。
「ああ、でかいぜ。ここで逃げるのはバカだ」と唐はニヤけながら言った。
「ああ、高橋誠一の情報はかなりの高値で売れそうな気がするんだよ」
李もニヤけている。
「やるのかい?」と林は李の顔を覗き込みながら言った。
「せっかく集まったんだ。やれるだけやってみようじゃないか。女性陣のみんな、期待してるよ」
立山砂防事務所に車を停めるということは、高橋誠一は事務所で内勤をしているか、あるいは立山カルデラで何かをしていることになる。それを調べるには偵察しかないのだが、そこで困難が生じる。立山カルデラは全体が関係者以外立ち入り禁止で、人通りが皆無だからだ。工事現場を除けば、周囲はあまりに静かなので、尾行はおろか、軍の虫型ドローンですらうるさすぎて使えない。
「内勤ってことはないだろう。立山カルデラのどこかで何かをしているはずだ」と李は言った。
「その〈どこか〉はどうやって調べる?」と林は尋ねた。
「カルデラ内は一部を除いて自動車が通れないようだから、彼らはおそらくトロッコと徒歩で移動しているはずだ」
「じゃあ、その停車場所の近くの森に張り込むのか?」
「それしかない」
「そこまでどうやって移動する? 徒歩か? 部外者が歩いてたらすぐバレるぞ」
「夜、徒歩で移動する」
「そりゃあ無理だ。何キロあると思ってる? 虫もすごいだろうし、熊だっているぞ。俺には無理だね」と林が反対した。
「ああ、無理だな。〈ゲロゲーロ〉だ」と李は言った。
「じゃあどうする?」
「もうさ、いっそのこと本人に訊いちゃおうか?」
「李、正気かよ? 俺たちゃスパイだぜ。顔が知れたらどうしようもない」と林が呆れて言った。
「いいや。顔がバレても、素性がバレなけりゃいいんだよ」
「誰がやる? 俺と唐は無理だぞ」
「俺がやるよ」と李は言った。
「ちょっと待て」と林は言った。「そういや俺は、娘にはまだ顔を知られていない」
「おお、忘れていた」
「男一人じゃ不安だ。陳に来てもらっていいか?」
「ああ、いいよ」と陳は言った。
「やるなら同時にやろう」と李は言った。
「そうだな」と林は同意した。
「連休明けの七月十六日はどうだ?」
「〈OK牧場〉」
「じゃあ砂防事務所に向かう唐、頼、周は前日から抗ヒスタミン剤を飲むように。抗ヒスタミン剤は眠くなるから、当日はカフェイン剤もな。頼と周は見たことないだろうが、張のやつをまともにくらったらどんな野郎でも痒くて頭がおかしくなる」
「痒い?」周がはじめて口を開いた。
「〈かいーの〉」頼もはじめて口を開いた。
「痒さをバカにしちゃあいけない。人間、痛いのは我慢できるが、痒いのは我慢ならねえんだ」
*
七月十六日午前七時、林と陳をのぞく赤影メンバーはハイエースで立山砂防事務所に到着した。ハイエースはどこにでもある車だが、相手がナンバープレートを覚えている可能性もあるので、事務所敷地内の駐車場の目立たない隅のほうに停車した。
高橋らは八時すこし過ぎに立山砂防事務所に着くことがこれまでのGPS情報でわかっている。
「飯を食おう」と李は言って、袋からコンビニのおにぎりとウーロン茶を出してメンバーに配った。「トイレは立山駅にあるからな」
「李、おまえほんとうに一人で大丈夫なのか?」と唐は米を噛みながら言った。
「週刊誌の記者が何人もゾロゾロ引き連れていたら、そっちのほうがおかしい」
「いや、バレないかって心配なんだよ。おまえさん、諜報は素人だろ」
「バレたら援護たのむな」と李は笑って言った。
王を運転席に残して他のメンバーは徒歩で駅のトイレに向かい、その足で事務所へ向かった。
ハイラックスは事務所の西の十数台分しかスペースのない小さな駐車場にいつも停まることがGPS情報でわかっている。李はこのあたりをぶらぶら歩き、他のメンバーは駐車場そばにある小屋のような建物の裏に隠れた。
八時一〇分にハイラックスは現れた。車から降りたのは一八〇センチを超える若い大男三人と小柄な女が一人、そして一七〇センチ程度の中肉中背の中年男──高橋誠一だった。男四人は小屋のほうへ、女は事務所のほうへ歩いていった。
李は小走りに高橋のほうへ駆け寄って言った。
「すいません、週刊文春のものですが」
高橋はとつぜん現れた文春記者に少し驚いていたが、疑っているようには見えなかった。
「ああ、いつも読んでいますよ」
そう言って高橋は愛想笑いをした。若い大男三人は無愛想な顔で遠巻きに様子を伺っていたが、うち一人は忘れ物をしたのか、ハイラックスに戻ったので、護衛は二人に減った。
「ありがとうございます。高橋誠一さんですね」
「……ええ、そうですが」
よし、これで確認はとれた。
「立山砂防ダムの談合疑惑について、三分ほど取材をさせていただけないでしょうか?」
談合疑惑とは?、と訊かれると思い、李はあれこれ設定を用意してきた。なにしろそんなものは存在しないからだ。が、高橋はそれにはかまわず、
「ここじゃアレなんで、中に入りましょう」
と李を小屋の方へ促した。
「ありがとうございます」
よし、これならうまくいきそうだ。
高橋が鍵を開けて扉を開き、照明をつける。と、中は倉庫のようになっていて、土埃のにおいが充満していた。
「むさくるしいところですいません」と高橋は李を中へいざなった。李のあとに護衛の二人がついてくる。
十メートル四方のだだっ広い空間の両脇にスチール棚があり、よくわからないこまごまとした道具が置かれていた。椅子も机もない。
「ここは?」
「来賓用の応接間です」と高橋はにこやかに言った。
「……」
「取材許可証は?」
「え?」
「『え?』じゃねえよ、てめえなんでオレの名前知ってやがるんだ!」
高橋が豹変した。
護衛二人が李の腕をとる。
「大口君、こいつの口を開けてくれ」
すると李の口は、自分の意思とは無関係に大開きになった。
(口が閉じない……)
「顔を上に」
高橋がそう言うと、大口と呼ばれた護衛が李の髪を引っ張って顔を上に向かせた。
「お口に合うといいんだが」
高橋はそう言って、棚から七味唐辛子のビンを手に取り、中身をぜんぶ李の喉にぶちまけた。
「えほっ! えほっ!」
「おお、むせちゃったか。いま楽にしてやるからな」
高橋はそう言うと、焼酎いいちこのビンを開け、中身を李の喉に注いだ。
「げをっ! ごおっ!」
そしてわさび、からしのチューブの中身をぜんぶ絞り出して喉へ入れ、残りの焼酎を注ぎ入れた。
「開門さん、結束バンドでこいつの手足を縛ってくれ」
李の口はずっと開きっぱなしだ。開門と呼ばれた護衛が棚から結束バンドをとってきて手早く李を縛る。そのときに李の体が傾き、焼酎が胃から逆流して床にこぼれ落ちた。喉をふたたび辛み成分が通る。李ははげしく顔を歪め、とめどなく涙を流した。辛味成分が目にも回ったらしい。
「猿ぐつわを」
「窒息する可能性が」と開門が冷静に言った。
「そうだな」高橋はそう言って李を床に転がすと、腹を足の甲で蹴った。李は胃の中の焼酎を吐き出した。
「服を全部脱がしてくれ。何か持っていないか調べる。パンツもな」
高橋はそう言って懐からジャックナイフを出し、開門に手渡した。開門はナイフで服を切り裂き、たちまち李を丸裸にする。
「おやじに写メしてくれ」
開門はジャックナイフを高橋に返すと、スマホで写真を撮った。
と、大勢の足音が響いてくる。
入口から唐俊亮、周克華、頼昌星、そして張于静が入ってきた。
「李被生擒了!(李が生け捕りになっている!)」と頼昌星は叫んだ。頼は右手に刃渡り二〇センチのナイフを握っている。
「我们必须生擒高桥!(高橋を生け捕りにするしかない!)」と周克華は応じた。その両手には
「李被打倒在地。将车辆靠近。(李がやられた。車を寄せてくれ)」と、唐はハイエースに残る王にテレグラムで伝えた。そして、
「頼、周、那是高桥(あれが高橋だ)」
と指を指した。
間髪おかず、周は振りかぶって縄鏢を高橋に投じた。
刃物は一直線に高橋へ向かう。
すかさず大口が高橋の前に立ち、縄鏢をいいちこのビンで払う。
だがこれは悪手だった。
ビンは割れ、飛び散る破片に大口は一瞬ひるんだ。
その一瞬の隙に頼がナイフを持って大口に飛び込む。
大口は体勢を立て直せず、右手でナイフを受けるだけで精一杯だった。
大口は壁まで吹っ飛ばされた。
頼も大口の手のひらに押されてその場に転んだ。
大口の体幹は防御したおかげで無事だった。が、右手はナイフが貫通し、血があふれ出た。
いっぽう頼にダメージはない。
しかし頼は、
(手ではダメだ。足をやって動けなくしなければ)
と判断し、すばやく立ち上がってナイフを握り直すと、大口の足を狙って飛びかかろうとした。
が、背後から開門にさすまたで制された。
「こいつは熊用のスタンガンだ!」
開門はそう叫んで電流を流した。
バチバチという轟音とともに、頼の全身は魚のように跳ねた。そして動かなくなった。
開門は大口のもとへ駆け寄ると、結束バンドで大口の右手首を縛って止血した。
「高橋さんが手薄だ」と大口は言った。
二人は高橋から二メートル離れていた。
密着していないと──。
だが一歩を踏み出そうとしたとき、周の二投目が開門の右太ももに命中した。
「ぐうっ……」
開門は苦悶し、床に膝をついた。が、持っていたさすまたを左手に持ちかえると、縄鏢が刺さったまま縄を右手に一巻きして、ありったけの力で手前に引っ張った。
周も腰を沈めて引っ張る。
互角だった。
が、そのとき三人目の護衛が入ってきた。
「石目!」
石目と呼ばれた護衛は唐と張の後頭部を背後から蹴り倒した。不意をつかれた二人は顔面から床にダイブした。
石目は倒れる二人を飛び越え、つま先で周の顎を蹴り砕き、縄鏢を奪い取った。
そして開門のそばへ駆け寄ると、周から奪った縄鏢を渡し、さすまたを受け取った。
石目は振り返り、立ちあがろうとする唐めがけてさすまたを構えて突進した。
「このやろう!」
巨漢の唐はよろめき、さすまたと壁に挟まれた。
「よっしゃあ!」
石目は電流を流した。
が、唐は痺れるどころか、さすまたを両手に握って破壊した。
電流は切れ、二つに引き裂かれたさすまたはともに唐の両手に握りしめられている。
驚いた石目はさすまたから手を離し、いったん高橋のところまで引いた。
唐はようやく立ち上がった張の元へ行き、
「你还好吗?(大丈夫か?)」
と訊いた。張は額から血を流しながら、ニヤッと笑ってうなずいた。
唐は背後に張を守る形で、じわじわと高橋らとの距離を詰めた。
アルミ製のさすまたは引き裂かれて先端が鋭利になっていた。その一本を、砕かれた顎の痛みでうずくまる周に投げ渡す。
(頼を助けないと……)
頼は李のとなりで部屋の左隅に無防備に転がっていた。その側には縄鏢が右太ももに刺さったままの開門が傷を抱えて座り込んでいる。
周は引き裂かれて先の鋭利になったさすまたを開門に突き刺した。
開門は左手を犠牲にしてそれを防いだ。
周が開門の左手に刺さったさすまたを右に振る。
「うがっ!」
開門は手を持っていかれ、たまらず左に転がる。
これで邪魔がいなくなった。
周は頼と李を両脇に抱え脱出を試みる。
が、開門の右手が頼のくるぶしをきつく掴む。
(頼、すまない……)
周は頼を抱えていた手を離し、李だけを抱えて出口に向かった。開門はがくりと床に突っ伏した。
大口は高橋から離れ、動けない開門のそばへ寄る。
この位置からだと唐が庇っている張がよく見える。
大口は開門の左手に刺さったさすまたを引き抜き、張の足めがけて投げた。
さすまたは張の左太ももに命中した。
「うっ……」
張はそのまま崩れた。
「くそっ!」
唐は吠えた。唐の気が張にそれている隙に石目は唐の懐に飛び込み〈ジーン〉を発動した。
大口は開門に
「足のやつ抜いてもいいか」
と尋ねた。
開門はうめくように
「ああ」
と小さく答えた。
大口は開門の太ももから縄鏢を抜く。
「があっ!」
血がどっと出る。
「こりゃひどい」
右手の使えない大口は、右ひじと左手を器用に使って結束バンドを四つ繋げ、開門の右足付け根をしばって止血した。
縄鏢を手にした大口は唐に苦戦する石目の応援にあたった。
石目は唐が暴れるのを止められずにいた。唐の右手に握られたさすまたももぎ取れない。
が、唐の開きっぱなしの目にはもう何も見えていなかった。
大口は縄鏢を両手に持ち、唐が振り回すさすまたを避けながら唐の四肢を手当たり次第に突き刺した。
唐の体から血が流れ出る。
それでも唐は止まらない。
埒の開かない大口は縄鏢の縄で唐の首を絞めた。
が、逆に唐の怪力で縄鏢を奪われてしまった。
石目と大口は唐に意識が集中するあまり、張が自分の足に刺さったさすまたを引き抜き、それを杖に立ち上がるのが見えなかった。
張は
「はあああ」
と、腹の底から息を吐きかける。
すると石目と大口はその場に倒れて悶え苦しんだ。
高橋はその光景にあぜんとしていた。
いま二本の足で立っているのは、目の見えない唐、杖をついた張、そして高橋の三人だけだ。
高橋はジャックナイフを手に、二人を迂回して部屋から脱出しようとした。
が、部屋の出口に周が戻っていた。
周は高橋のナイフをかわすと、そのまま首根っこに腕を絡めて高橋の背中を床へ叩き落とし、柔道の横四方固めで動きを封じた。
「張! 过来!(こっちへこい!)」
張は杖をつき、足から血を流しながらゆっくりとやってきて、高橋に息を吐きかけた。
たちまち高橋も悶え苦しむ。
周は唐から縄鏢を受け取ると、高橋の体を縛った。
そして頼の元へ駆け寄った。
頼の脈はなかった。
周は頼と高橋を両脇に抱え部屋を出た。遅れて、杖をついた張が目の見えない唐を手引きしながら部屋を出た。
と、小屋に入ってくる一人の若い男がいた。男は高橋の姿を目にすると、周に体当たりして高橋を奪った。そして棚にあった小物を手当たり次第に投げつけて手負いの三人を追い払った。
「誠一さん! どうしたんだい!」
が、男は非力で高橋を抱え上げられなかった。
「くそっ」
三人は男に近づく。
そして周は柔術で冷静に男の動きを止め、張は男に息を吐きかけた。
三人と高橋が小屋の前のハイエースに消えたのは九時すこし前だった。敷地の隅にある、事務所からもっとも離れたこの小屋は自衛隊員しか利用しておらず、騒動に気づく砂防事務所職員はいなかった。
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