結城史郎 三

 七月八日(月)、担任からクラス全員に進路希望調査票が配られた。

 ああー……。

 俺の気分はゾンビに足を引っ張られるように沈んでいった。提出期限は翌週の三連休後の十六日(火)。一週間自分で考え、三連休で親としっかり相談しろ、とのことだった。

「おまえら、夏休みは受験の天王山だ。しっかり目標を立て、貴重な夏休みを無駄にするなよ。わかっとるな。返事は?」

 はい、とみんなが答える。というか、言わされる。

 俺も、はい、と言わされた。頭は真っ白だ。

「ちなみに天王山は京都の山で、標高は二七〇メートルだ」

 ちいせえ、しょぼい、などと笑い声が上がる。

 だが俺は笑えない。

 俺は勉強ができない。成績は平均よりもかなり低い。さぼってるつもりはないし、テスト前はみんなにつられてそれなりに勉強もする。少なくともアホの日合と法土よりはしているつもりだ。しかし結果を出したことは一度もない。わかっている。俺はきっと真面目系バカなのだ。

 このままいくと一番偏差値の低い普通校にも入れない。もう、進路のことを考えるだけで俺は憂鬱になり、ただひたすらみじめになる。俺は日合と法土をアホ扱いしているが、成績でいうと俺も同レベルのアホだということになる。腹立たしいが、他人から見れば俺たちはアホの三人組にしか見えないはずだ。

 しかし三連休直前の十二日金曜日、三人のうち俺だけがとびきりのアホだということが判明してしまった。

 給食後の昼休み、日合は法土のとなりへ寄ってきて、

「なあ法土ぉ、進路書いたけえ?」

と肩へ手を置いた。法土はその手を払いのけることもせず、

「ああ、とっくに書いたちゃ。じつは紙をもらった月曜の夜、進路のことで家族会議を開いたんちゃ」

と言った。

 俺は内心、まったく法土らしくないその行動の速さに驚いていた。

「俺はアホだから自分がどうすればいいのかさっぱりわからん。だから父ちゃんと母ちゃん、姉ちゃんに意見を求めたんちゃ」

 わからないから人に訊く──言われてみれば当たり前のことかもしれない。だが俺にはそれができなかった。反抗期でもないのに俺は勝手に親なんか信用ならないと決めつけて、一人で憂鬱になるだけで何も決められないでいた。俺はあの法土──ウチは地主だから自分がアホでもなんとかなるのさ、と言い放っていつも現実逃避していた金持ちのボンボン坊やよりも、さらに輪をかけてアホだったのだ。

「母ちゃんは俺にこう言ったっちゃ──お前は仮に普通校に行けたとしてもアホな大学しか入れんちゃ。そんなことをしても時間と金の無駄。無駄無駄無駄。いいか、お前はアホだが、それでも十八歳前後が、お前の人生で一番頭が冴えている時期なんちゃ。その時期にどれだけ脳みそへ貯金できたかで、お前の死ぬまでの人生が決まると思え。高校の間だけでもいい。一生懸命アホな脳みそを鍛えろ。だからお前はアホな私立じゃなくて、がんばって公立の商業か工業に行け」

「法土の母ちゃん、アホアホ言いまくっててすげえな」と日合が言った。

「母ちゃんにアホ言われてもぜんぜん腹が立たん。っていうか、むしろうれしい」

 法土は母親の顔を思い出しているのか、満面ニコニコしている。

「で、商業か工業を目指すんけ?」と俺は訊いた。

「ああ」

「どっちにするんけ?」

「父ちゃんの意見は商業一択。父ちゃんはこう言ったっちゃ──不動産を持っとるとハイエナがうじゃうじゃ寄ってくる。〈リフォームして資産価値を上げましょう〉とか〈アパートを建てて節税対策〉とか〈サブリースで安定収入〉とか、挙げればキリがない。そんな口車に騙されるアホな地主はたちまち身ぐるみ剥がされちまう。そうならないためには数字に強くならなくてはいけない。大丈夫、必要なのは足し算、引き算、掛け算、割り算だけちゃ。不動産を見て建物の外観じゃあなく、数字が見えるようになれ。経費と利回りと税金が見えるようになれ。そのためにはぜったいに商業ちゃ」

「お前んち、父ちゃんもすげえな。どうりで金が貯まるわけだ」と日合が言った。

「で、お前は商業を目指すんけ?」と俺は訊いた。

「ああ。とーぜんちゃ。今の成績じゃきびしいけど、俺はやるよ」

「姉ちゃんはなんか言っとった?」

「姉ちゃんも商業なんだけどさ、女子が多くて楽しいよ、って言っとった」

「決め手はそれかよ?」俺は茶化すように言った。が、法土は笑わなかった。

「俺さ、いままでやりたいことも、やれることも何にもなかったけど、なんか、本気で商業目指したくなってきたんちゃ。真剣に〈がんばろう〉なんて気持ちになるの、生まれて初めてかもしれん」

 これまで法土のアホさにイライラしていたはずの俺は、法土の改心をすなおに喜べないでいた。

「で、日合はどうすんけ?」と法土は訊いた。

「……笑うなよ」

「笑う」と法土は即答した。俺は笑ってしまった。

「じゃあ言わん」

「笑わんように、努力はする」

「じゃあ……。いや、やっぱ、どうしようかな……」

「なにモジモジしてんだよ、きもちわるい」と法土が言って笑った。

「商業?」と俺は訊いた。

「違う」

「工業?」

「違う」

「もしかして就職?」

「違う」

「じゃあ何なんだよお!」と法土がニコニコしながら両手で日合の肩を揺らした。日合の頭がぐらんぐらんと前後に揺れる。

「笑うなよ」

「笑わん!」

「……高専」

「えっ!」と、俺と法土がハモった。

「高専の商船学科……、だっちゃ」

「お前ちょっと待て。高専は成績が真ん中よりかなり上じゃないと入れんぞ」と、俺は驚きのあまりツイ強い口調で言ってしまった。

「……わかっとるちゃ。わかっとる……」

 日合は体も声も小さくなりながら、叱られた子どものようにぼそぼそと言った。

「なんで高専なんけ? 話してみい」と法土が今度は真顔で静かに言った。

 日合はうつむいてとつとつと話した。

「俺はさ、アホだし、法土んちみたいに金持ちでもない」

「……」

 日合んちは母子家庭で、二部屋しかない粗末なアパートに住んでいる。

「このまんまじゃ非正規まっしぐらちゃ」

「そうかもな……」と俺は呟いた。今の子どもの半分は非正規労働者になるとニュースの解説者も言っていた。

「じゃあどうすりゃいいんだ、って、ずうっと、もう何年も、俺はアホな脳みそで考えとったんちゃ。小学生の頃、みんなが〈ユーチューバーになりたい〉とか〈メジャーリーガーになりたい〉って言っとった頃からずっと、ずっと、ずーっと」

「それはぜんぜん知らんかった」と俺は言った。俺は法土の顔を見たが、法土も首を横に振った。

「で、あるときネットの記事で、北陸のカニの漁師は年収が一千万いく人がいるってのを知ったんちゃ。ああ、これこれこれ! これしかない! って俺はそのとき思ったわけだ。おまえら、ここが何県か知っとるけ?」日合はそう言って床を指差した。

「ここ、って、そりゃあ富山県に決まっとるやろ」

「そう。ここは富山県、日本一魚の旨い場所ちゃ」

「日本一かは知らんが、まあ、日本じゃかなりの上位だろうな」

「だから富山で船乗りになれれば、俺は非正規で苦しい貧乏生活をしたりせずに済むし、母さん孝行もできる」

「そうだな」と俺は言った。

「俺、思い切ってそのことを母さんに話したらさ……」

「うん」

「てっきり、お前何言っとんの、って呆れられると思っとったのにさ……」

「違ったんけ?」

「母さんったら、すまないね、って言ってさ……」

 そう言う日合の声が震えている。

「『すまない』なんて、言うなよな……。すまないのはアホな俺のほうなのに……」

 アパートの狭い部屋の中で、日合は何年も母親へ言い出せずに、明るく取り繕って言葉を飲み込んできたのだろう。母親も息子もたがいに心から〈すまない〉と思い、しかしそれすら口に出せないで何年もきたのだ。堰は切れてあたりまえだ。俺は日合のジョジョ立ちにすっかりだまされていた。

 俺と法土は日合の次の言葉が出てくるのをじっと待った。

「母さん、塾の夏期講習に、行かせてくれるって……」

 日合は絞り出すようにそう言うと、うずくまってぼろぼろと泣いた。

「いい母ちゃんだな!」

 法土ももらい泣きをし、涙が溢れるのをぐっと耐えていた。

「高専、ぜったい行けよ!」

「ああ!」

 いっぽう、何も言えなかった俺は二人に完全に取り残されていた。

 他の人が遠巻きに、驚いたような様子で日合を見ている。日合はそういうキャラではぜんぜんないのだ。

 しばらくして日合は立ち上がると、いやー、百年ぶりくらいに泣いちゃったよ、と照れ笑いをした。

 次はとうぜん俺の番だ。二人が俺の顔を見る。

「で、ゆきしろはどうするんけ?」

「じつは、まだ何も決めとらん」

「まだ、って……。夏休みはどうするん? 塾とかは行くんけ?」

「それもまだ……」

「ゆきしろは祈祷師になればいいちゃ」

「ゆきしろはいいよなあ」

 あはは……。

 俺は苦笑いしてその場をごまかすしかなかった。


    *


 翌日土曜日、あいかわらず進路の決まらない俺は、誠一おじさんたちといつものハイラックスで立山へ石使いの仕事に向かっていた。

 俺は法土と日合の進路のことを話した。

「いい友達をもったじゃないか」と誠一おじさんは運転しながら笑う。土日は護衛の自衛隊員が一人しかいないのでおじさんが運転することになっている。

「そうっスかねえ? まだ中三なのにサァ、そんなに大事な決断をしちゃっていいんスかねえ?」と、後部座席で三郎さんが言う。三郎さんは平日出勤、俺は土日出勤なのでふたんは鉢合わせになることはないのだが、残作業量の関係で今日はめずらしく出勤している。三郎さんはヤンキースのキャップを車内でもかぶっているのだが、ヤンキースにも野球にもまったく興味がないという。

「ほとんど無きに等しい人生経験だけで将来どうするかなんて考えて、あとで間違ったことに気づいたら、それこそ無駄な回り道になっちゃうじゃないスか。それだったら最初から、もっとゆるやかに、いろんな可能性を持たせるような決め方をした方がいいんじゃないか、って自分は思うんスけどねえ」

「自分の将来を真剣に考えるのはとてもいいことじゃないか。間違えたらそこで立ち止まり、もう一回真剣に考える。そんなことを繰り返して人間は成長していくもんだ」

 おじさんの言うとおりだ。法土も日合も、決断することで顔つきがガラリと変わった。

「はいはいごもっともでございます。ですけどね、いくら真剣に考えても、もっとたくさんの経験をふまえて、もっと深く考える人がいたら、その人の真剣さも決断も無意味になるんじゃないスか?」

「何を言いたいんだ?」

「いくら野球がうまくても、日本全体で上位百人くらいに入れなかったら、その人はプロにはなれず、無価値になってしまう、ってことっス」

「そうなったらそのときにまた考えればいい」

「それって無責任じゃないッスかね?」

「三郎くんは自分で何かを決断したことがないだろう」

「そうっスね」

 三郎さんはだいたいいつも堂々としている。

「その人はリスクを承知でプロ野球選手を目指したはずだし、納得しているはずだよ。逆にリスクをとらない人生は、その人には考えられない。それに、もしそんなことをしてしまったら一生後悔しか残らない」

「ずいぶん知ったような口ききますね」

「じゃあ三郎くんに訊くが、石使いがかなりリスクの高い職業だということは知っとるよな?」

「親類はみんなそう言いますが、自分はそうは思いませんね。コンビニ店長や居酒屋店長、長距離トラック運転手なんかよりずっと楽で割りのいい職業だ、というのが自分の認識ッス」

 コンビニ店長、居酒屋店長、長距離トラック運転手はいずれも三郎さんの家族の職業だ。

「まあ石使いは一見ホワイトだ。だが、僕のおやじも爺さんも山の事故で還暦前に死んでいる。僕も落石にぶつかって以来ずっと右肩に力が入らない。まあ、利き腕じゃないほうで助かったが」

「誠一さん、左利きだったんスか?」

「三郎君、長い付き合いなのに、そんなことも知らんかったんけ?」

「知らんです」

「ったく、かわいくねえなあ」

「まあとにかく、そういう自然災害リスクなら確かにありますね」

「山で動けなくなるのはとても大きなリスクだ」

「でも、過労死リスクはないんじゃないんスか。自分の親も兄貴たちも、いつ過労死したっておかしくないんスよ、ほんと。そんなのにくらべれば、石使いは楽勝ッスよ」

「自然災害リスクだけじゃない。わけのわからん連中が石使いの秘密を求めて襲ってきたりもする」

「自分はそんな目に遭ったことないッスけど、そういうのは自衛隊さんや公安さんが何とかしてくれるっしょ。現に今だって自分のとなりに石目さんがいてくれとるわけだし」

 石目あきらさんは腕組みをしてうんざりしたような顔をしていた。

 石目さんはムキムキ男で、足場の悪い斜面で五〇キロの石を運んだりしてくれたりする、ほんとうに頼りになる人だ。三郎さんと歳は一つしか変わらないのに、三郎さんよりもずっと大人に見える。加えて、手で触れた人の目を一分間開けたままにする不思議な能力も持ってもいる。一分間も瞬きをしないと、人は誰でも視界を奪われ、眼痛で身悶えするという。

「私は最善を尽くしますが、保証はできないんですよ、三郎さん」

「そうだぞ。極端な話、物陰からライフル銃で狙われたら、石目さんでもなにもできない」

「そんなこと言っとったらキリないッスよ」

 三郎さんはいいかげんに生きることに命をかけている人だ。すくなくとも俺にはそうにしか見えない。

 三郎さんは高校受験のときに受験勉強をせず、たんに落ちる心配のない高校を選んだという。大学受験のときもまったく受験勉強をしなかった。とうぜん成績はすこぶる悪かったので、地元の底辺大学にしか入学できなかった。そして何もしない四年間を過ごしたという。

 石使いは高校生の頃からアルバイトとしてやっていた。将来は石使いではない何かになろうとしていたらしいが、その〈何か〉が見つからず、結局就職活動もしないまま惰性で現在も石使いを続けていて、かれこれもう十一年になる。

「ゆきしろは受験どうすんの?」と三郎さんが訊いてきた。

「週明けの火曜日に進路希望を提出しないといけないんですけど、まだ決めてないんです」

「普通高校? 実業高校?」

「それもまだ決めてません」

「普通校ならさ、習う内容は一緒だから、自分のレベルに合うとこにすればいいよ」

「はあ」

「無理して〈中部〉とか〈富校〉とか入った連中で、けっきょく授業についてけなくて、ああこんなことなら無理しなきゃよかった、って人、大勢いるもん。もしそうなっても、じゃあ受験しなおしますってできないしね」

 〈中部〉は富山中部高校で、〈富校〉は富山高校。県内一位と二位の進学校だ。

「そうですね」

「だろ?」

「ただ、なんか、いいかげんに選んじゃいけない気がして。そのせいで俺、ぜんぜん決められないんです」

「久美は富校だ」と誠一おじさんが言った。

「へえ、中部じゃないんだ」と三郎さんが言った。

「中部は遠いから嫌なんだって」

 俺にとってはどちらも天上界の学校だし、そんな学校へ自由に出入りできる久美ちゃんは天上人だ。これからは〈久美ちゃん〉ではなく〈久美様〉とお呼びしなくてはいけない。

「理由はそれだけ?」と三郎さんが訊いた。

「富山大学理学部地球科学科に行きたいんだって。そこに行けるんなら高校は別にどこだっていいんだってさ」

「それって誠一さんの出たとこじゃん」と三郎さんが言った。

「立山のことをもっと知りたいんだとよ」

「ホント、久美ちゃんはファザコンだよな」

「ユキシロ君は将来、何になりたいのかな?」と誠一おじさんが尋ねた。「法土君も日合君も、久美だって将来から逆算して高校を決めている。ユキシロ君もそうするといいんじゃないのかな?」

「自分はそういうの、おすすめしないな」と三郎さんが言って、前に座る俺の肩を指でつついた。

「俺は、石使いの仕事は好きだし、おじさんみたいになれたらいいなって思っとるんですけど」と俺は正直な気持ちを言った。

「うれしいね」

「でも母さんが、命を懸けられないようならやめときな、って言うんです。俺、〈命を懸ける〉って意味がよくわかんなくて」

「姉さんはむずかしいことを言うなあ」と言っておじさんは笑った。「石目さんは〈命を懸ける〉って感覚、わかります?」

「じつを言うと、私はあまり死にたくないんです」

 そりゃ誰だってそうっスよ、と三郎さんが笑う。

「死にたくはないけれど、最善は尽くしたい。誰かを犠牲にして逃げてしまったら、きっと一生後悔するから、そういうことはしないだろうな、でも自分にも自分の知らない弱いところは必ずあるから、いざとなったら正直わかんないよな、といったところですかね。あくまで私個人の場合ですが」

「僕もおんなじだな。立山あたりで地震とかあったら、ああ、なんかマグマが変になっとったら嫌だなあ、何にもないといいなあ、ケガしたくないなあ、死にたくないなあ、なんて思いながら、でもやっぱ自分が行くしかないよなあ、ってな感じでしぶしぶ出発する。それが僕にとっての〈命を懸ける〉って意味かな」

「ほんとはもっと重たいんだけど、まあそれは中学卒業後のお楽しみっちゃ」と三郎さんは言った。三郎さんも命を懸けているのだろうか? とてもそうには思えないが。

 来年四月、俺と久美ちゃんは東京・市ヶ谷にある防衛省防衛研究所で、誠一おじさんが〈おやじ〉と呼んでいる人から石使いについての正確な情報を聞くことになっている。

「俺は事故にも、死ぬような目にも遭ったことがないから、そういうとき逃げ出さずにいれるのか、正直わかんないんです」と俺は言った。

「そりゃあ、なってみないとわかんないよな」と誠一おじさんは言った。

「自分はたぶん逃げ出しちゃうタチだろうな」と三郎さんは言った。「でも、いざとなったらどうなるのか、それは自分でもわからん。意外に勇気リンリンで立ち向かっちゃうかも」

「今はっきりしているのは、ユキシロ君が石使いになりたいということだ。だったらその方向に歩いていけばいい。途中でいやになったら、その時にまた考えればいい」

「誠一さんはつくづく卑怯な大人だなあ」

「卑怯でなにが悪い。僕はユキシロ君の人生に責任なんかとれないよ。大人はみんな責任逃れの卑怯者だ。だが敵ではない。知恵を与えてくれる。だからユキシロ君は大人を利用して、自分で決めていくべきなんだ」

「けどおじさん、石使いに向いている高校って、いったいどこなんでしょうか?」

「ひとつ知恵を与えよう。石使いの仕事に理科はけっこう役にたつ。だから広く理科を学べるところがいいと思う」

「誠一さん、それって自分が言ってた〈いろんな可能性を持たせるような決め方〉ですよね。じゃあ自分が勝ち?」

「ああもう。大事なのは結論ではなく、自分で決断するプロセスなんだ。三郎君には一生わかんないかもな」

「でも、それって結論ですよね! 誠一さんの」と三郎さんは嬉しそうに言った。

 理科といえば普通校か。しかし一番下の普通校でも俺には厳しい。それに、無理して自分のレベルより高い高校に行っても、俺はたぶん授業についていけなくなる──ああ、これでは三郎さんの意見そのまんまじゃないか。

 俺は三郎さんみたいになってしまうのか……。

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