二章 2

「好きな動物?」

 

 俺は単刀直入に、本人に聞くことにした。

 タッパで野菜の煮物を受け取ったときだった。扉の前で、おれたち二人の影が伸びる。

 荻原はピンクのジャージ姿、俺はスウェット姿だ。寒くないのかと言いたくなるが、隣人に料理渡しに来るだけだから、これくらいでいいと思ったのだろう。

 

「お前のこと、ちょっと知りたいと思ってな」

 

 ちょっと質問としておかしかっただろうか。

 まぁ、これくらいなら世間話レベルだろう。多分な。

 俺の変な質問に対して、荻原は真剣に考えてくれているようだった。

 人差し指をアゴに当てて、思案する。

 

「うーん、なんだろう。イルカとか、ペンギン」

「イルカとペンギンか……。なんか水族館にいそうなメンツだな」

「あ、あんたなんなの本当に……。いきなり聞いてきて……」

「いや。べつにバカにしてるつもりじゃない。ただお前のことだから、ライオンとか虎とか言うのかと……」


 言った途端、荻原は顔を真っ赤にした。

 

「あんたはあたしを何だと思ってるわけ!? ライオン!? 虎!? 女の子の口から、『あたしの好きな動物はライオンです!』なんて出てくると思う?」

「思わないな。たしかに。だがお前ならあり得るかと」


 はぁ、と荻原はため息をついてうつむいてしまう。

 

「あんたって、意外と変人?」

「いや……自分ではそうは思わないが、お前から見て俺は変人なのか?」

「そりゃそうよ。なんでいきなり好きな動物なんか聞いてきたの?」

 

「世間話だ。べつに他意はない」

「ふーん。まぁいいわ。アタシ、イルカとペンギンだったら、イルカの方が好きだから」

「わかった、イルカだな」

「なにその反応の仕方……? あんたなんか隠してない?」

「隠してはない。俺はいつも通りだぞ」

「いつも通りって自分で言っちゃう奴って、たいていいつも通りじゃないんだけどなぁ……。んま、いいわ。どうでも。とりあえず、タッパは洗って返してね」

「理解した。いつもありがとな」

 

 俺は礼を言った。まぁ、礼を言うのは当然のことだろう。

 

「ん、じゃね。お休み」

「あぁ。また明日な」

 

 こうしておれたちのやり取りが終わった。いつもみたいなやり取りだが、今日のやり取りはいつもとほんの少しだけ、違った。

 



「石上くんってさー、なんか最近顔色よくなった?」

「そうそれ! 僕もずっと思ってたんだよ! やっぱりご近所さんのおかげ?」

 

 おい……。ちかげがいる前でその話題を出すな。

 教室にて。俺は冷や汗を掻いていた。

 

「え、なになに? ご近所さんって?」

「鍵、言ってもいいかい?」

「ダメだ、なんて言ってもお前は聞かないんだろう?」

「まぁねー。あのね、鍵のご近所の女の子が、鍵に料理分けてくれてるらしいよ」

「わーなにそれ! なにそれなにそれなにそれ! すごい! うわー、ロマンティック!」

 

 だからなんで色恋に結びつける。

 これだから恋愛脳は……。

 俺ははっきり言って、ちかげが苦手である。簡単に人の内面に踏み込んでくるとかがものすごい苦手だ。べつに嫌いではないのだが、正直四六時中一緒にいたいとは思わない。面倒くさい。

 

「どんな子どんな子!? 可愛い!?」

「可愛い部類には入るだろうな」

「いいなー。青春って感じ」

「お前らよりは青春してないと思うがな」

「それでもだよ。はぁ、ようやく石上くんにも春が来たんだね!」

 

 まぁ春が来た、なんて実感はないけどな。

 むしろいつも通りの冬が今年も来るんだろうな、と思っている。

 

「そのご近所さんに、鍵は近々プレゼントをあげようとしてるんだって。日ごろの感謝にって」

「へぇー、プレゼントかー。なに渡す予定なの?」

「考え中だ……」

「もうこの間の鍵ったら面白くて! 僕に『女性にプレゼント渡すならなにがいい?』って聞いてきて! なかなかあんなおどおどする鍵、見られないよ」

 

 おどおどしていただろうか? 記憶にない。


「見たかった! 私超見たかった! そうなんだ! 石上くんそれは恥ずべきことじゃないからね!」

 

 肩を叩かれた。悔しいが、恋愛経験がない俺からすると、彼らはちょっとばかし遠く眩しく見えてしまう。

 まぁべつに、荻原と恋愛関係になりたくてプレゼントを渡すわけじゃないけどな。

 親しき仲にも礼儀あり、って言う言葉を遂行するだけだ。

 

「それでねー、『手紙とかつけた方がいいかな?』とか聞いてきて!」

 

 俺はすかさずたつきの頬をつねり上げた。

 

「わあーったわーった! ごめんって鍵! ケド面白かったんだよ!」

「あっっはは! なにそれ! て、手紙! ご近所さんに手紙! 面白い! け、けどやりがちだよね……。どこまであげたらいいんだろうって、意外とわからない部分あるし。これがもし親友とかだったら、手紙とかもありかもね。ケドご近所さんって……」

 

 大爆笑された。

 ふぅ。ここに来て女性の扱いのわからなさ加減が露呈してしまった、って言う感じだろうか。まぁ笑われてもべつに悔しくはない。

 悔しくは……ないはずだ。

 



 俺はプレゼントを買いに、大型のショッピングモールへと足を運んだ。

 広い。頭がクラクラする。

 俺は今までこのような場所に来ることはなかった。っていうか、ふだんからこういう場所を利用する高校生というのは、決まってスクールカースト上位勢である。


 俺みたいな日陰者は滅多に利用しない。

 俺はパーカーと、黒のパンツ姿でやって来た。足にはスニーカー。

 無難な恰好なので、周囲からの視線を集めることもない。

 まぁおしゃれってわけじゃないが、周りから浮かないレベルだ。正直、服装に関してはこのくらいで充分だと思っている。

 

 俺はエスカレーターに乗って、ぬいぐるみ専門店を目指す。

 否、正確に言えば、ぬいぐるみがたくさん置いてあるファンシーショップ、みたいな感じだ。

 YOSHIDAとか、そういう感じの店だな。

 店内は明るく装飾されていた。

 客層はまちまちで、女性客が多い。カップルもチラホラいるし、彼女へのプレゼントを買いに来たらしきマッシュヘアーの大学生も見かけた。

 正直気後れしてしまうな。さっさと目的の物を見つけて帰ることにするか。

 

 しかし、あるだろうか。

 イルカのぬいぐるみ。

 もしかしたら、メルカリとかで買った方が安かったかも知れない。

 それか水族館とか動物園で買うとか。

 しかしわざわざ入園料、入館料を払うのは馬鹿げているし、荻原への誕生日プレゼントがメルカリで買ったものとなると、彼女は大泣きするどころか怒り出すかも知れない。

 

 なにせ彼女はかなり乱暴になるときがあるからな。時々マンションの部屋の壁を一人で殴ったり蹴ったりする音が聞こえてくることもある。

 病んでるのか……。俺は時々彼女のことが心配になる。

 

「イルカのぬいぐるみはありますか?」

 

 俺は店員さんに直接聞くことにした。こういうのは自分で探すより、店員に頼った方がいいことは経験から学んでいる。

 

「あ、はい! ありますよー」

 

 店員さんに案内され、ぬいぐるみコーナーの一角へとやって来た。

 なかなかに色んな動物がいる。ちょっと安っぽいかも知れないが、値札を見るとそこそこする。

 

「八百円か……買えないレベルじゃないな」

 

 予算は二千円くらいにしようかと思っている。

 荻原は友達でも、恋人でもないので、これくらいの値段が妥当だろう。

 予算に収まるだけ万々歳だ。

 俺はぬいぐるみを購入し、店を出た。最後に店員さんに「彼女さんへのプレゼントですか?」なんて質問をされたので、めんどくさくなって、「まぁそうです」と答えた。

 

 すると店員さんはニコッと笑って「頑張って下さいね」と言ってきた。

 はっきり言うが、よけいなお世話だ。

 店を出てすぐに、ケーキ屋へと移動した。ちなに冷蔵食品は基本的にはモールの一階に設置しておくらしく、ケーキ屋も一階にあった。

 なにを買おうかはなんとなく決めていた。

 

「これ、もらえますか」

 

 俺は品物を注文し、店員さんがそれを袋につめてくれた。

 

「ありがとうございます」

 

 俺は礼を言い、今度こそモールをあとにした。

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