二章 1

 昼休み。俺が購買から教室に戻っていく最中、廊下で荻原を見かけた。

 友達と楽しそうに談笑している。

 しかしわざわざ横に広がる理由は何なんだ。

 俺にはよくわからない。女子という生き物が。

 多分トイレからの帰りなのだろうな。それくらいはわかる。

 だがわざわざ横に広がって歩く必要があるのか?

 

「あ! 石上くんじゃん。どうしたのこんなところでぼーっと突っ立って」

「ちょうどいいところにいた。なんであいつらはあんなに横に広がって歩いているんだ?」

 

 俺の近くにちかげがやって来たので、俺は訊ねた。

 ちかげは「あーあれね」と呟いて、

 

「女子の権力を誇示するためだよ。アタシ達はカースト最上位だから、お前らそこ退けってね」

「なるほどな。他者を威圧するためか」

「それもあるし、あとは縦に歩いてたら、誰かが後ろになって、誰かが前になっちゃうでしょ? んで、基本的に女子って見栄っ張りだから、自分が上だって思ってる子ほど前に行きたがる。そうなってくると、自然と上下関係が生まれちゃうでしょ?

 だからああやって、横並びに歩いてるんだよ。

 誰も前に行かせないために」

 

 怖いな。

 俺は素直に戦慄した。いや素直に戦慄って言葉もおかしいだろうけど、女子っていちいちそんなことを気にして生きているのか。

 驚きだ。

 女子社会の闇を見た。

 そのグループの中でも、荻原は生き生きしているように見えた。

 

 あの公園でリストカットに走っていた荻原とは、まったく違う姿。

 すごいな、とは思う。

 だがそうやって振る舞っていることで、疲れたりとかしないんだろうか。

 まぁ俺は荻原じゃないからわからない。

 けっきょく、他人のことなんて、ほとんどわからないのだ。

 

「お前は群れないのか? あんな風に」

「うーん、あんな大所帯にはならないかな。いっつも友達三人組くらいで行動するから」

 

 なるほどね。なら上下関係もさほど気にする必要はないか。

 俺が前方の女子集団を眺めていると、会話が聞こえてくる。

 

「ねぇ美琴、美琴ってそろそろ誕生日でしょ? なにか欲しい物とかないの?」

「あはは! そうだねあやせ。うーん、アタシが欲しいのは~、なんだろ、マフラーとかかな」

「マフラーね。ケド美琴への誕生日ここにいる全員が聞いてるわけっしょ? んじゃ、マフラー渡したら絶対誰かと被るね」

「うーん、そうだなー。マフラーは自分で買うことにするよ。それぞれでアタシへの誕生日プレゼント見繕ってきて、それをアタシが受け取る。それでどう?」

「おっけー。いやー楽しみじゃん」

 

 楽しそうに会話している女子六人組。

 どいつもこいつもド派手な恰好をしている。そこまでピアスつける必要あるのか、と突っ込まずにはいられないくらい耳に穴開けまくっている。

 髪の色も派手だ。金、茶、果ては銀までいる。銀髪ギャルって奴か。あとは黒だな。

 

 ちょっとメンタルが弱い男子だったら、まず近づけない。

 女子でも近付きづらいだろうな。あんなクラスのイケイケ男子からモテそうな奴らに、なかなか近付きたいと思う奴はいないだろう。

 

「誕生日パーティーいつにする?」

「あぁうん。誕生日自体は二十七日なんだけど、その日咲花と晴海が部活なんだよねー。だから違う日にしようかなって話なんだけど」

「平日は厳しい感じ? んじゃ、休日にする?」

「うん。二十九日とかどうかな」

 

 荻原が全員の顔を見渡しながら、誕生パーティの予定を聞く。

 全員がうなずいた。どうやら予定はみんな空いてるらしいな。

 

「どこでやるん? 荻原の家?」

「あー、アタシの家はちょっとね。喫茶店とかがいいな、って思ってて」

「喫茶店? 荻原、あんた以外と趣味変わってる?」

「そうかな? へへっ、けど誕生日くらい、自分の好きなところで祝いたいじゃん?」

「んまーそっか。美琴が言うんならしゃーないね。よしっ、じゃあどこの喫茶店?」

「カフェ『アルマジロ』ってところがいいな。調べたんだけど、アップルパイがめっちゃうまいんだって! もう行きたくてしょうがなくてさー」

 

 ぶっちゃけた話、荻原の料理センスならアップルパイくらい自分で焼けるだろう。

 だが自分で作って一人で食べるのと、大人数でお店で食べるのではわけが違う。

 きっと荻原は、みんなで誕生日パーティーをやりたいのだろう。

 荻原の意外な……いやそうでもないか。しかし人間的な側面を見た気がした。

 

 しかし、誕生日は二十七日か。

 

 荻原には色々世話になった。だから日ごろの感謝をいつ伝えたらいいかと常々悩んでいたのだが、まさかここに来てちょうどいいチャンスが巡ってくるとはな。

 

「ちかげ――」

『お前今週末空いてるか?』

 

 と聞こうとしたところで口を閉じた。

 今ここで、ちかげに『女の子向けの誕生日プレゼント階に行くの手伝ってくれ』なんて言ってしまったら、もうあからさまに学園の女王様にプレゼントをあげようとしていることがバレてしまう。

 

 それはマズい。

 バレたらバレたで、俺が女王陛下のこと好きみたいな感じになってしまう。

 困ったな。俺はべつに女王陛下に貢ぎ物をする働きアリじゃない。

 

「どしたん?」

「いやなんでもない」

 

 俺はちかげに頼むことはやめにした。女性へのプレゼントとあって、できれば女性からのアドバイスも欲しかったのだが、この場で頼むのは少々気が引ける。タイミングが悪い。

 仕方ない。たつきに頼むことにしよう。

 逆にあいつなら、『女性へのプレゼント』を熟知してそうだ。



 

「プレゼント?」

「そうだ」

「鍵がかい? いったいどういう風の吹き回し?」

「いや、知り合いがいてな。そいつに日ごろお世話になっているから、感謝の思いも込めてプレゼントしようかと考えた。なにか問題が?」

「いやべつにぃ。ケド珍しいね。鍵は誰かになにかをあげられるタイプの人間じゃないと思っていたんだけど」

 

 失礼だな。俺だってなにかをあげるときくらいはある。

 と思ったのだが、今の今まであんまりそういう経験はなかったな。

 思い返せば年賀状だって大して出してない。もらったら返す、位のスタンスでしか、今まで年賀状は出したことがない。

 

「まぁたまにはな」

「ははーん、もしかしてご近所さん? 鍵の家、たしかマンションだったよね」

 

 鋭いな。こいつはセンサーでもついてるんだろうか。

 それともこいつ自身がサイコメトラーなのか? いや違うな。テレパスか。サイコメトラーとテレパスは全然違う。

 こいつにテレパシーが使えたことは驚きだが、今はそんなことを話している場合じゃない。

 集中しろ、集中。

 なるべく荻原のことはバレないように、慎重に話を進めていく。

 冷や汗が垂れる。さぁ緊張の一瞬だぞ。

 

「そうだ。近所さんに、たまに料理のお裾分けをもらっててな。そのお返しに」

「なら料理で返せばいいんじゃない?」

「は。お前はバカか? 少なくとも、料理で彼女にはかなわないな」

「なるほどね。じゃあべつのものがいいね。んじゃあ、なにか形として残るものがいいってかもね」

「そっちの方がいいな。消耗品だと、大事にされないだろうからな」

「……? けっこう重たいプレゼントなの?」

「あぁいや……。そういうわけでもないんだが……」

 

 俺は動揺する。

 あまり贈り物というものをしたことがないせいで、けっこう話にガタが着始めている。

 

「その女性はいくつなんだい?」

「俺と同年代だ」

「ど、同年代なんだ……。そんな彼女が、お裾分け? 鍵、その人に好かれてるんじゃない?」

「どうだかな。とにかくその女性にプレゼントを贈りたい」

「それ、女性じゃなくて、女子って言うべきだと思うよ。高校生位ってことでしょ?」

「そうだな。なにか案はあるか?」

 

 俺は思わず、前のめりになってしまう。何度も言うが、あまり贈り物の経験はないんでな。

 あからさまにダサい男の子になってしまっているような気がするが、今さら気にはすまい。むしろこういうのは女性慣れしている人に、謙虚に意見を聞くのが最善だ。

 だから俺はこいつの意見をまともに聞こうと思った。

 

「そうだなー。ちかげに聞いた方がいいんじゃないか?」

「いやだめだな。なにがだめっていうわけでもないんだが、ちかげにはできれば聞きたくない」

「なんでだい?」

 

 何でもなにも、ちかげは先ほどのやり取りがあって、荻原が近々誕生日だと知っている。

 荻原の誕生日が近いことと、俺がプレゼントを贈りたい、と言う話は、簡単に結びつけられることだからだ。

 

「できれば男からの意見が欲しい。お前はちかげに、誕生日プレゼントなに送ってるんだ?」

「……んーそうだなー。無難にぬいぐるみとかじゃないか?」

 

 ぬいぐるみか……。ほう。想定の範囲内の答えだった。

 

「どんなぬいぐるみがいいとかあるのか?」

「無難にクマちゃんとかじゃない? もしその人の好みの動物がいるのなら、そっちの方がいいとは思うけどね」

 

 なるほどな……。こいつ頭いいな。たしかに、好きな動物聞いて、そのぬいぐるみ買えばいいのか。

 こいつ天才じゃないのか。

 ジーニアス。

 

「な、なんだいこの手は」

「いや、お前は天才だと思ってな」

「あ、あの鍵? これくらいの案は、誰でも思いつくと思うけど……」

「意外とアイディアというものは身近なものに限って出てこなかったりするんだ。ありがとな」

「お、おう……ユーアーウェルカム。だけどあんまり高すぎるのは止めといた方がいいよ。引かれるから。まぁ、僕には相手の人がどんな人かわからないから、できるアドバイスとしてはこれくらいかなぁ」

 

「手紙とかは書いた方がいいのか?」

 

「……え、鍵マジで言ってる……? いらないに決まってるでしょ。ご近所さんなんでしょう?」

「そうだよな。……いや、色々とわからないことが多かったものでな」

「鍵って、思ってたよりも残念な奴?」

 

 それを言われたら、今後の学生生活に支障が出るな。

 

「ザンネンかどうかはさておいて、ありがとな、参考になった」

「うん。微妙に話逸らされた感じがするけど、まぁ頑張って。あ! もしかしたら恋仲に発展とかしたりするカモよ?」

 

 ないな。

 さすがにあいつと恋仲はありえないだろう。学校でも一番人気の女子だし、狙ってる男子は数多くいる。

 おまけにその告った男子は全滅らしい。かわいそうに。南無阿弥陀仏。

 俺がそんなわかりきった勝負に出るわけがない。

 

 負けるとわかっている勝負は、受けない。それが俺の基本スタンスだ。

 恋人なんて今まで一人もいたことがないが、これからも作るつもりはない。

 一人の方が便利だし、自由だ。

 

「かっこいいぬいぐるみがいいのか? それとも、かわいいぬいぐるみがいいのか?」

「……………………鍵って残念なやつなんだ。今それを限りなく実感したよ」

 

 俺は何故だか、親友に引かれてしまった。

 そんなつもりはなかったのだがな……。

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