一章 3

「だいぶきれいになったんじゃない?」

「だな」

 

 見違えるほどにきれいになった。

 床に散らばっていたものはすべて片付けられ、足の踏み場がちゃんとある。

 というか、ここでバレエを踊っていても全然問題ないレベルだ。

 

「悪いな、手伝ってもらって」

「あぁ? 手伝ってもらって、じゃないでしょうが。ほとんどアタシの指示!」

「……返す言葉もないな」

 

 正直、助かった。

 俺一人で片付けるとなると、どうにも甘えが出てきて途中でやめてしまうからな。

 こうやって荻原が手伝ってくれると、サボらずにすむ。

 

「お礼にカップ麺でも食うか?」

「………………ねぇ、もしかしてあんたいっつもカップ麺食べてんの?」

「お前はカップ麺嫌いなのか?」

 

 荻原は、はぁ、とため息をついた。

 まぁたしかに、女子からするとカップ麺だけで夕食を済まそうとする男子は、ドン引きものなのかも知れない。

 

「あんたさ、常識ないの?」

 

 うぐっ……。

 さすがにそこまで言われるとは思ってなかったな。

 

「食べたくないのか?」

「食べたくない。当たり前でしょ? いっつもご飯なに食べてんの?」

「そうだな。朝はヤマザキのパン、昼は購買のパン、夜はコンビニ弁当かカップ麺だな」

「あんた本当に体調崩すよ? ヤバい。マジで心配になってきた。正気? あんたよくそんなんで一人暮らしできたわよね」

「うるさいぞ」

「あぁ? うるさいぞじゃないし。だいたいあんた、だからそんなに顔色が悪いんじゃないの?」

 

 俺は言われてしまう。

 たつきにも散々言われてることだ。

 お前っていつも死んだ魚みたいな顔してるよな。って。

 なんでだ……。

 死んだ魚の『目』をしている、といわれるならまだわかる。

 だが死んだ魚の『顔』って。

 生鮮食品部門涙目のジョークである。

 おれ、泣きそうだ。

 

「聞いてんの?」

「聞いている。だが作るのも、なんか少し面倒でな」

「……はぁ。あんたそんなんでこの先どうすんのよ」

「べつに。金を稼げるようになったら、外食ばかりすればいいんじゃないか?」

 

 荻原は額に手を当てて、やれやれと首を振った。

 

「あんたちょっとそこで待ってなよ。アタシ今から何か適当に作るから。冷蔵庫開けていい?」

「開けてもいいが、大したものは入ってない。ジュースとアイスくらいだぞ?」

「もうっ、なんなのよこの家! じゃあアタシの家から食材持ってくるから、あんたちょっとそこでまってて!」

 

 もうなんなのよっ! と荻原はプリプリ怒って出て行ってしまう。

 なんかごめんなさい……。

 俺はしょぼくれてしまう。ちょっとショックだった。

 まさかあそこまでひかれるなんてな。

 言い忘れていたが、俺は一応料理はできる。

 野菜炒めくらいなら作れる。あと目玉焼きとかな。

 

 能力自体はあるのだ。

 そこ間違えちゃいけない。

 だが、面倒くさい。

 

 どうせ作るのなら、三分で完了するカップ麺とかの方が、やっぱりいいな、と思ってしまう。

 いかんな。

 ところで荻原は料理ができるのだろうか。

 ギャルってなんか、誠に勝手なイメージながら、料理下手な感じがある

 これは俺の偏見か?

 だが世の中全員にアンケートを採ったとして、似たような意見を持っている人は多いと思う。


 ギャル、すなわり料理できない。

 

 もしかしたら俺が料理できないと言ったことに対して、「まったくもうしょうがないわね、アタシ作ってあげるわ。ウワーン失敗しちゃった。てへぺろ」

 みたいな展開にならないだろうか。

 ちょっと心配になってきたな。

 そんなことを考えていると、荻原が部屋に入ってきた。

 ビニール袋を手に持っている。どうやらあの中に食材が入っているらしい。

 

「いったいなにを作るんだ?」

「肉じゃが。一時間くらいでできると思うから、その間にあんたご飯炊いといてくれる? ……ねぇ、まさかご飯炊けないとか言うんじゃないでしょうね?」

「それくらいはできる。わかった。飯をたけばいいんだな」

 

 俺は席を立ち、炊飯器をセットする。

 いくらずぼら男とは言えど、まぁこれくらいはできるぞ。

 俺が米を準備している間に、荻原は鼻歌を歌いながらエプロン姿に大変身していた。

 彼女の料理の腕前がどのくらいあるのか。

 俺はちょっとばかし楽しみだった。



「ほら、できたわよ」

 俺は少々うとうとしてしまった。

 荻原の声で目をさますと、そこには料理が並んでいた。

 肉じゃが。ほうれん草のおひたし。炊きたてのご飯。お味噌汁……。

 どれもおいしそうだ。

 っていうか、見た目完全に定食屋の定食レベルである。

 

「お前が作ったのか?」

「は? あんた作らずに寝てたでしょうが」

「いやそうなんだが」

 

 まさかこんなにおいしそうな料理を作れるなんてな。

 ギャルイコール料理できないってのは、俺の偏見だったかも知れない。

 

「いっただきまーす」

「いただきます」

 

 ぱくり。う、うまい……!

 俺は肉じゃがの詳しい調理方法は分からないが、ジャガイモにも肉にもだしが見込んでいてものすごくうまい。


「お前、料理うまいんだな」

「そ、そうでもないわよ……。一人暮らしするための最低限のレベル」

「いや最低限はカップラーメンだと思うんだが」

「それはあんただけよ。あんたなんかと一緒にしないで」

 

 まぁそうだな。その通りだ。

 カップラーメンと、この料理では天と地ほどの差がある。

 

「うーん、まぁ正直五十点ってとこ。あんたお腹空いてるだろうから、早めに調理済ませたのがマズかったのかもね」

 

 こいつうざいな。

 素直にそう思った。

 だが荻原は自分に対して厳しい方だと思う。

 だから五十点って言うのも、あながち嘘ではないのかも知れない。

 百点になったらいったいどんな味になるんだろうか。

 それはそれで食べてみたいものだ。

 

「あんた、高校から一人暮らし?」

「まぁな。お前もか?」

「うん」

 

 二人して、無言で箸を動かしていく。

 荻原の料理はうまかった。

 箸が止まらなくなる料理を、俺は初めて食べたかも知れない。

 おいしい。

 温かい。

 なんて幸せな食卓なんだろうな。

 

「あ、あんた……ちょっとがっつきすぎじゃない? もうちょっとゆっくり食べたっていいのよ?」

「うまいもんは勝手に箸が進むんだ」

「そ、そう……。ならよかった。アタシ誰かに料理振る舞うなんてことなかったから、ほ、褒めてくれて嬉しいって言うか……」

 

 荻原は照れくさそうに、自分の髪の毛をいじった。

 ヘアアイロンとか使ってるんだろうか。

 その姿は、ギャルママっぽくて可愛かった。

 

「料理とか習ってたのか?」

「ううん。昔実家にお手伝いさんがいて、その人に色々教わった」

「お手伝い?」

 

 あまり聞き慣れない言葉だ。

 お手伝い? メイドとか、執事とかか?


「その人にお世話になって、それで今のアタシがある」

「親御さんとかからは教わらなかったのか?」

 

 荻原は首を横に振った。暗い顔だ。

 これはなにかあったな、と思わせる表情だ。

 女子高生の一人暮らし。

 そして親の話題をした途端に暗い顔をした荻原。

 親との間に何かしらの確執があるんだな、とは理解できた。

 

「こんなうまい料理学ばせてくれるお手伝いさんなら、さぞ優秀なんだろうな」

「そうね。あの人はアタシの先生って言うか。尊敬してる人」

「お手伝いさんがいるってことは、お前のうちは金持ちなのか?」

「まぁねー。金持ちだからこそ、こうやって一人暮らしさせて貰えてるって言うか」

 

 なるほどな。たしかに、よっぽどの金持ちじゃなければ、高校生で一人暮らしなどさせて貰えないだろう。

 俺の親も、それなりに裕福だ。

 俺の場合、おそらく荻原の場合と違って、親との確執はない。ゼロではないが、世間一般と比べてもそこまで大差ないと思う。

 

「寂しいとか思ったことはあるか?」

「……ん~~、そうでもないかな。学校に友達一杯いるし。まぁ肩肘張って疲れちゃうときもあるけどね」

「そりゃそうだろうよ。今のお前と、学校でのお前、違いがありすぎるぞ」


 俺と荻原は別々のクラスだが、荻原が有名人だってことくらい知ってる。

 こいつは目立つ存在である以上、ふだんから気を抜けないのだろう。

 

「あんたの前だと、なんかちょっと素が出ちゃうって言うか」

「まぁ、いいんじゃないのか? そっちの方が自然体で、好きだぞ」

 

 俺が言うと、荻原は頬杖を突いてる顔をこちらに向けて、目をまん丸く見開いた。

 

「どうした?」

「……い、いや。そうよね。好きってそっちの意味じゃないわよね」

「恋愛的な意味じゃないぞ。人間的に好ましいって言う意味だ」

「うわ。あんたってちょっとめんどくさいよね。ひねくれてるって言うか、友達いなさそー」

「ほっとけ。食器片付けるぞ」

「はーい」

 

 実際、俺には友達が少ない。

 っていうか、たつきしかいないんじゃなかろうか。

 今まで考えてこなかったが、俺本当に友達いないな……。

 たつきが休んだら、案外学校生活たいへんな目に遭うかも知れない。

 俺はそんなことを考えながら、荻原と並んで食器洗いをしていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る