第2話 二人の始まり

 僕たちが付き合うきっかけの話でもしよう。


 それは、中学三年生の秋だった。

 高校受験の本番がじりじりと近づいてきて、何かと慌ただしさと焦り、未来への淡い希望が増していたあの季節に。


 放課後約一時間教室で自習してから帰ろうとしていた僕の靴箱に、一通の手紙が入れられていた。一瞬果たし状かと思ったが、封を開けて清楚な青の小花柄の便せんには飾らずに、



 あなたが好きです。息吹いぶきくんさえよければ付き合ってくれませんか?



 ブルーブラックのインクでつづられた可愛らしい文字に、目が釘付けになった。

 肝心の差出人の名前が無い。ラブレターで一番それ忘れちゃだめだろという部分である。


 一応僕を『息吹くん』と下の名前で呼ぶ人物には心当たりはあったのだけど。


 人生初の告白イベントにあんぐり口を開けながらも、内心誰かのイタズラかドッキリかと考えたその時。

 靴箱の向こう側で、誰かが転んだような鈍い音がした。


「あいたっ」


 二重の意味で慌てた僕が駆けつけると、和花わかさんが尻餅をついていた。シンプルイズベストな中学時代の紺色ブレザー制服は、今思いだすと懐かしい。


 和花さんとはもともと、ある程度は友達を介して他愛無い話をする仲ではあった。互いに『和花さん』『息吹くん』と下の名前で呼び合うくらいには仲良くはしていた。


 とはいえ和花さんは学年どころか学校中の誰もと気さくに話せてしまうような超人である。僕のことは仲の良い一人として見てるのだろうなんて思っていた。

 ついでに言えば成績は学年トップ、生徒にも教職員にも大人気の氷室和花ひむろわか


 そんな彼女が尻餅を付くというドジっ娘成分を摂取できたことに密かな喜びを感じながら、僕はおそるおそる片手を差し伸べた。


 普段なら絶対できない行動だった。家族と仲良く親しい友達も何人かいる僕だけど、それ以外の人とは性別年齢問わずに話すと緊張してしまうのだ。特に相手が女の子だと。


 でも告白された高揚感も手伝って、素直に手がのびた。


「だいじょうぶ?」


「あ、うん」


 なぜかあわあわとした様子の和花さん。

 その視線は僕がもう片方の手に握った手紙に注がれていた。青い小花の恋文に。


「もしかして、この手紙、をくれたのは」

「…………わたし、です」


 そうしてなんやかんやあって、僕たちは恋人同士となった。


 けどみんなのアイドル和花さんに男ができたとなれば、みんな大騒ぎするに決まっている。


 下手したらショックで受験に失敗する生徒が男女問わずして発生する可能性すらあった。それが大げさでないくらい和花さん人気はすごかったのだ。


 だから僕から提案して二人で約束した。

 しばらくのあいだ、付き合っていることは秘密にしようね、と。


 その『しばらく』が高校に入ってからも続くだなんて、思ってもみなかったけど。

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