小学校で憧れていた先生が、なぜか中学校にいるんですけど

生出合里主人

小学校で憧れていた先生が、なぜか中学校にいるんですけど

 僕は小学生の頃から、好きな人がいる。

 それは先生だ。


 六年生の二学期、その人は新任の教師としてやってきた。

 担任の先生が突然転任して、代わりに僕のクラスの担任になったんだ。


 大学を出たばかりというその人を見て、僕は一目ぼれしてしまう。

 歳は十一も上だけど、童顔のせいかとてもかわいらしかったから。

 しかもどことなく知的な雰囲気があって、そのギャップがまた僕の興味をそそった。


本秀もとひで君、この問題よく解けたわね」

進導しんどう先生の教え方がうまいんですよ」

「あら、小学生なのにお世辞がお上手ね」


 僕はそれまで勉強が嫌いだったけど、先生がやたらとほめてくれるもんだから、少なくとも先生の授業だけはちゃんと聞くようにした。



 だけど僕はまだ小学生。

 淡い初恋が実るはずもなく、僕は泣く泣く中学へ進学した。



 でも中学に入った時、僕は驚いた。

 進導先生が中学校の教員として、そこにいたからだ。


「なんで進導先生が中学にいるんですか?」

「わたしもともと中学の教師になりたかったの。中学校の教師に空きがなかったから小学校の教師になったけど、空きが出たんで移ったのよ」


 教師が小学校から中学校に移るなんて聞いたことないけど、両方の資格を持っていれば可能らしい。

 しかも進導先生は担任だったから、またたくさん会うことができる。

 僕の中学生活は、ときめきであふれることが確定した。


 小学生の時はまだガキだったから、先生が好きと言っても「なんとなく」という程度だった。

 でも思春期が本格的に始まって、僕の先生に対する恋心は日増しに強くなっていった。


 進導先生の担当は理科だ。

 白衣の中はミニスカートで、黒いタイツで……男子中学生には刺激が強すぎる。

 僕の頭の中はひわいな妄想でいっぱいだった。


「あら本秀君、どこを見ているの?」

「あっ、いやっ、いい靴はいてるなと思って……」


「まあ男の子だからしかたないけど……本秀君はやればできるんだから、もっと勉学にいそしんでね」

「はい先生っ」


 僕は勉強、特に理科に力を入れて勉強した。

 進導先生が顧問をしている科学部にも入った。

 休みの日も含めてほぼ毎日、進導先生と一緒だ。


 なめらかなボディライン、柔らかそうなふくらみ……服の中はどんなことになってるんだろ。


 僕は進導先生のダイナマイトバディが気になってしかたなかったけど、先生に気に入られたい一心で勉強に没頭した。


 進導先生は大学時代、遺伝子が専門だったらしい。

 だから僕は、どんどん遺伝子に詳しくなっていった。



 そうしているうちに、中学を卒業する時がきた。

 進導先生に対する下心のおかげで偏差値は急上昇、進学校への入学が決まっている。

 だけど僕の心は暗かった。


「進導先生、僕、先生と離れたくないです」

「そうね。先生も本秀君と研究を続けたいわ」

「そうじゃなくて、僕は先生と……」


 進導先生は人差し指で僕の唇をふさいだ。

 先生の指はスベスベしていて、気持ちよかった。


 先生は僕の気持ちに気づいてるんだ。

 でも中学生なんか、相手にしてくれるはずないよな。


 卒業式の時僕が泣いたのは、クラスメイトとの別れを惜しんだからではなかった。



「ウソでしょ? こんなことってあります?」


 高校に入った時、僕は中学の時以上に驚くことになる。

 なんと進導先生が、今度は高校の教師としてそこにいたからだ。


「わたし小学校と中学校と高校、全部の教員免許持っているのよ」

「いやだからって、そんなに勤め先の学校変わる人いないでしょう」

「わたしもっと遺伝子の研究がしたいの。だから理科全般じゃなく、生物専門の教師になろうと思ったのよ」


「先生本当は、僕と一緒にいたいんじゃないんですか?」


 僕は思ったことをそのまま言ってしまった。

 すると進導先生は、ちょっと意地悪な笑みを浮かべた。


「本秀君、大人をからかっちゃダメよ」


 僕と進導先生の歳の差は、永遠に縮まらない。

 でも僕の背は、すでに先生を越えている。

 十六歳になれば結婚だってできるんだ。

 僕はいつか必ず、先生を振り向かせてみせる。


 僕は髪型を気にしたり、スポーツでかっこつけてみたり……進導先生の気を引こうといろんなことをやってみた。

 でも先生が僕をほめてくれるのは、研究をがんばった時だけだ。


 しかもそういう時は、少し胸元が開いていたり、おもむろに脚を組み替えたりと、なんとなくサービスされているような気がする。


「先生、僕のこと誘ってます?」


 進導先生に体を密着された僕は、思わず言ってしまった。


「そんなわけないじゃない。わたしとあなたは教師と生徒なのよ」

「だけど僕と同じ中学にきて、高校までついてきて、明らかにおかしいじゃないですか。絶対おかしいよ」

「本秀君と研究がしたいのは本当よ。でも、それだけ」


 目と鼻の先に、情熱の赤に染まった唇がある。

 僕は自分の気持ちを抑えられなくなった。


「僕は先生のことが好きです! 先生も素直になってください!」


 進導先生は悩ましい表情で視線を巡らせた。

 その視線が僕の目に戻ってきた時、彼女の瞳は潤んでいるように見えた。


「本秀君。教師が生徒と付き合うなんて、許されないことなの。だから、わかってね」

「なら、気持ちはあるってことなんですね?」

「これ以上、言わせないで」


 進導先生が辛そうな顔をしている。

 僕はそれ以上なにも言えなくなった。


 先生は確かに僕のことを思ってくれている。

 だったら高校を卒業すれば、堂々と恋人同士になれるはず。

 だからそれまでは研究に集中しよう。


 放課後僕は、進導先生のいる生物学準備室で遺伝子の研究をした。

 休日には進導先生の自宅に通う。

 まるで実験室のような彼女の部屋で、朝から晩まで二人きり。


 揺れる胸、今にもパンツが見えそうな脚、開いてる唇……。

 なんてエロい体なんだ。

 早く先生とエッチなことして~。


 僕はいつでも心臓バクバク、下半身は爆発寸前。

 でも期待しているようなことはなにも起きない。

 ただ僕の妄想だけが、犯罪レベルに暴走するのだった。



 そうしているうちに、進路を決めなきゃいけない時期を迎える。

 僕は進導先生に相談した。


「進導先生、アメリカにいる両親が、僕にアメリカの大学へ進学しろって言うんです。日本よりアメリカの大学のほうがレベルが高いからって」

「そんなこと、絶対にダメよ!」


「やっぱり、僕がいないと寂しいんですね!」

「そ、そうね。わたしは本秀君に、どうしても日本の大学へ進学してほしいわ。本秀君の学力なら、東大でも余裕で受かるはずだから」


 進導先生が僕の腕をつかむ。

 体をすり寄せてくる。

 胸が当たっている。

 脚が密着している。

 吐息がかかる。

 耳元でささやいてくる。


「お・ね・が・い」


 あ~、頭がクラクラするぅ~。


「そっ、そうですよね。僕、日本の大学に進学します」

「ほんと? 先生嬉しいわ」

「僕が高校を卒業したら、やっと教師と生徒の関係じゃなくなる。大学に入ったら、僕と付き合ってくれますか? くれますよね!」


 進導先生はしばらく天井を見上げてから、深いため息をついた。


「それは考えておくわ。だからとりあえず東大に合格してね。遺伝子の研究をするなら、農学部がいいわよ」

「遺伝子工学を学ぶところって、農学部なんですか? 僕は人工知能にも興味があるんで、工学部に行こうかと思っていたんですが」


「本秀君の才能を活かすなら、東大の農学部で遺伝子の研究をするべきよ。そのほうが本秀君のためになるって、先生は思うけどな」

「そうですか。進導先生がそこまで言うなら、そうすることにします」



 僕は受験勉強そっちのけで研究をしていたけど、なんとか東大の農学部に合格することができた。

 そしてまたまた驚かされることになる。


「またいるんかーい!」


「わたしも東大農学部を出ているんだけど、講師として研究をさせてもらえることになったのよ」

「そんな話、もうどうでもいい! ようは僕と一緒にいたいってことじゃん! もういいかげん付き合いましょうよ!」


 進導先生は両手で顔をおおい、自分のほおを軽くたたいてから話し始めた。


「あのね本秀君。わたしとあなたはね、教師と生徒でいるほうがいいと思うの」

「なんでですか! もう大学生なんだからいいじゃないですか!」


「講師と大学生だって、教師と生徒ってことに変わりはないわ」

「いやいやいや、もうそういう言い訳よしましょうって。僕だってもう大人なんですから」


「本秀くぅん」


 進導先生が急に色っぽい声を出す。

 右腕を僕の腰に回し、左手の指で僕の腕をつつき、口は半開きのまま。

 僕の脳みそが、とろけていくぅ。


「わたしね……教師と生徒っていうシチュエーションに萌えるの」


 僕は自分の耳を疑った。


「なに言ってるんですか、先生」

「正直に言うとね、わたし生徒と微妙な感じになるのが、たまらないのよ」


「だいじょうぶなんですかそんなこと言って」

「だってそうなんだもーん。本秀君は違うの? わたしが教師だから、ひかれるんじゃないの?」


 そんなバカな……あれ?

 そう言われてみると、そんな気がしないでもない。

 だけどそれだけじゃない、とも思う。


「違いますって。そりゃ女性教師ってなんとなくエロいですけど、だからって教師なら誰でもいいってわけじゃない。僕は進導先生だから好きになった……んだと思います」


「でもわたし、今のままの関係を続けて、ずっとドキドキしていたいの」

「ずっと、ドキドキ?」

「そう。禁断の、関係。それがいいのよ」


 なんだかよくわからないけど、僕は進導先生に説き伏せられてしまった。


 僕たちは男女の関係にはならないまま、二人で研究を続けることになる。

 僕は講義が終わった後も休日も、進導先生と共に研究室にこもった。



 時間は光のように過ぎ去り、僕は就職活動をしなければならなくなる。

 できればこのまま大学に残って、進導先生との研究を続けたい。


 でもそのためには、アメリカでの就職を希望している両親を説得しないといけない。

 その説得は、大学の選択よりも難しいものとなるだろう。


「説得ならわたしに任せて」

「えっ、先生が僕の両親を説得するんですか?」


 進導先生はテレビ電話で僕の両親を説得した。

 先生があまりにも熱心に僕の才能をほめるから、僕はすごく恥ずかしかった。

 でもそこまで言われたら、僕は研究にかけるしかない。



 そして僕は大学院へ進んだ。

 進導先生は論文が認められ、助教となっている。


「進導先生、さすがにもう、いいですよねっ。僕と結婚を前提に付き合ってくださいっ」


 進導先生は僕の目を見ながら何度もうなずき、口を開いた。


「あのね本秀君。わたしあなたに話さなきゃいけないことがあるの」


 彼女の神妙な表情に、僕はいやな予感がした。


「なんですか」


「本秀君は小学生の時、IQテストを受けたよね」

「はい。まあまあできたと思いますけど」

「まあまあどころじゃないわ。IQ153。まさしく天才よ」

「153ねえ。自分ではピンときませんが」


「あなたは才能に恵まれた人間、いわゆるギフテッドなの。どうしてもこの国に必要な人材だわ」


 僕は「国」という言葉が引っかかった。


「は?」


「大学院生だったわたしは、大学と国に依頼されたの。能力はあるのに勉学意欲がまるでないあなたを、やる気にさせること。将来性のある遺伝子の研究に、関心を持たせること。優秀な人材が海外へ流出している現状を止めるために、あなたを日本の大学で研究させること」


 僕は驚きすぎて思考停止に陥った。

 そしてしばらく時間がたってから、悲しい気持ちで胸がいっぱいになった。


 あの妙にセクシーな動きは全部、僕に研究をさせるための芝居だったのか。

 そこまでして、僕を利用したかったのか?


「先生は偉い人たちに命令されて、僕に近づいたんですか? まだ子供だった僕に」


 進導先生が青ざめている。

 僕よりもずっと辛い思いをしていたのかもしれない、と僕は思った。


「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……」


 進導先生は泣き出してしまった。

 今までの僕に対する態度は演技だったのかもしれない。

 でもその涙は、それだけは本物だと信じたい。


「先生の気持ちはどうなんですか? 僕に対する気持ちは、全然なかったんですか?」


 進導先生は僕の問いには答えず……いや答えることができず、ポロポロと涙を落としていた。


 そこまで悲しそうな顔をされたら、これ以上責めることはできない。

 僕はこの人のために、研究に身を捧げよう。



 五年後、僕は大学の助教となり、進導先生は准教授となった。

 二人の共同研究が、大学で認められたんだ。



 さらに二年後、僕たちはノーベル賞を受賞する。

 僕たちが取り組んできた遺伝子の分析が、病気の克服とIQの上昇に貢献することが立証されたからだ。


 異例の出世で教授になった進導先生は、学部長就任が噂されている。

 僕も准教授になったが、教授への昇進は内定済みだ。



 だけど僕には悩みがある。


 二十代で学界の頂点に立った僕は、マスコミでも引っ張りだことなった。

 周囲の女性たちや女子アナ、テレビ番組で一緒になったアイドルまでもが、僕に色目を使ってくる。


 それなのに、こんなにモテるようになったのに、三十歳になった今でも僕は童貞のままだ。


 ここまでくると、僕は認めざるをえない。

 かつて先生が指摘したことは正しかったと。


 彼女が僕と付き合わないのは、僕に気がないからじゃない。

 彼女が教師プレイを楽しみたいからでもない。


 他でもないこの僕が、強烈な教師萌えだからだ。

 

 認めたくはなかったけど、僕は女性の教師に興奮する。

 他の女性ではダメらしい。


 実際どんな美人から誘惑されても、僕の体が反応しない。

 ところが教師という肩書の女性には、たとえ見た目が地味だったとしてもつい目が向いてしまう。


 一番興奮するのはもちろん進導先生だけど、他の女性教師に興味がないと言ったらウソになる。


 進導先生はそこに気づいているから、教師と生徒の関係を変えようとしない。

 一度でも結ばれてしまったら、それはもう教師と生徒の関係ではないからだ。

 だから僕たちはこのまま、清い関係を続けるしかない。


 これはもう、一生童貞で決まりだな。



 そして今日もまた、僕と進導先生、二人だけの授業が始まる。


「さあ本秀君、恋のレッスンを始めるわよ」

「あぁ僕の愛しい先生、今夜も熱い熱い授業をお願いします」

「本秀君っ」

「先生っ」

「本秀くぅーん」

「せんせーい」


 この国の未来は、大丈夫なのかな……。

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