Secrets − 重なり合う6人の秘密 −

阿々 亜

Secrets

 人は誰しも秘密を持っている。

 友人にも、恋人にも、家族にさえも言えない秘密を持っている。

 ある者は社会のために、ある者は祖国のために、ある者は金のために、ある者は快楽のために、ある者は正義のために、ある者は平和のために……

 皆、秘密を隠し持っているのだ。



 Case1 公安警察


 彼の名は青月徹あおつき とおる

 警視庁公安部の捜査官である。

 これまでいくつかのテロ組織に潜入捜査を行ってきており、彼の活躍のおかげで解体された組織は少なくない。

 先日もある過激派組織の潜入任務を完遂したところだ。

 その業務内容ゆえに、彼は公安の職員であることを友人や家族に秘密にしなければならない。

 私生活では身分を都の公務員ということにして日々を過ごしている。


 その日、彼は新宿の繁華街を歩いていた。

 彼はまだ20代後半と若く、すらっと背が高い。

 顔立ちは人気俳優かと見紛うばかりに整っており、すれ違う女性たちが皆振り返るほどだった。


 彼は交差点の信号待ちで、ふと時計をみた。

 時刻は16時過ぎ。

 約束の時刻まであと3時間。

 今日、彼には重要な任務があるのだ。



 Case2 スパイ


 彼女の名は天宮百合あまみや ゆり

 といっても、その名前は偽名だった。

 本当の名前は祖国に置いてきた。

 名前だけではない。

 全てを祖国に置いてきた。

 顔を整形し、元の戸籍は死んだことになっている。

 偽装工作によって、祖国の家族も友人も自分を事故死したと思っている。

 全ては祖国のため。

 彼女は諜報活動のために三年前この国にやってきた。

 闇取引でこの国の同年代の女性の戸籍を買い、大学生に成りすましてこの国に潜伏している。

 もしスパイであることがバレて当局に逮捕されれば、すぐに祖国に強制送還される。

 祖国の政府は冷酷であり、決して失敗を許さない。

 役立たずは処分される。

 彼女は最後までこの国の人間を演じ切らなければならないのだ。


 その日彼女は新宿の繁華街を歩いていた。

 彼女の見た目は二十代前半。

 実年齢はもう少し上だが、買った戸籍の年齢に合わせて化粧と服装でそう見えるように装っている。

 一般人の目には青春を謳歌している女子大学生にしか見えない容姿で、この繁華街にきてからすでに数人にナンパされている。

 無論、彼女はそんな男どもを相手にはしない。

 余計な関りはリスクでしかない。

 問題は今夜だ。


 彼女は交差点の信号待ちで時計を見た。

 時刻は16時半。

 約束の時刻まであと2時間半。

 今夜はどうしても避けられない。

 だが、もしボロがでたら即当局に通報される。

 彼女は最後まで演じ切らなければならないのだ。



 Case3 殺し屋


 彼女の名は速水夜はやみ よる

 金さえ貰えば誰でも消す殺し屋である。

 彼女が殺し屋になったのは高校生のころに遡る。

 それまで彼女はごく普通の高校生だったのだが、ある日突然彼女の人生は狂った。

 父親の経営する会社が倒産したのである。

 多額の負債を抱えた父親は自殺し、母親は彼女を置いて失踪した。

 生きていくためには自力でお金を稼ぐしかなかった。

 だが、他人に何かを差し出してお金を得ることが、彼女はどうしても耐えられなかった。

 悩み苦しんでいた彼女はインターネットの深く深くに潜り、その仕事と出会った。

 殺人代行。

 彼女にとってそれは天職だった。

 それまで彼女は気づいていなかったが、彼女は人を殺すことになんの抵抗も感じない人格の持ち主だったのだ。

 殺人の知識や技術は、同じくインターネットの奥底にはいくらでも転がっていた。

 1年もしないうちに彼女はプロと言っても遜色ない域に到達していた。

 裏でそんな活動をしながらも、表ではそれまで通りの高校生活を送り、受験勉強をし、試験に受かり、大学に進学した。

 そして、その学費も、生活費も、全て殺人代行で得た金で賄っている。


 その日、彼女は新宿の繁華街を歩いていた。

 艷やかなストレートロングの黒髪とスレンダーな長身の持ち主である。

 その美しい体を包んでいるのは黒いワンピース・ドレスで、まるでモデルのような迫力があった。


 彼女は交差点の信号待ちで時計を見た。

 時刻は17時。

 約束の時刻まであと2時間。

 今日の獲物は3人。

 この日のためにお気に入りの狩場におびき寄せたのだ。

 彼女はこれから先のことを想像しながら、まるで蛇のように舌舐めずりをしたのだった。



 Case4 怪盗


 彼の名は山口海人やまぐち かいと

 数々の希少な宝石や芸術品を盗み出し、警察を翻弄し続けている怪盗である。

 彼は事前に予告状を出し、アルセーヌ・ルパンのような一人の天才的な怪盗がいるかのように演出しているが、その実態は彼を含めた計11人のグループで彼がそのリーダーだった。

 彼は数年前、怪盗モノのアニメや漫画について語るネット掲示板を立ち上げ、そこに他の10人がやってきた。

 だが、神のいたずらかそこに集まったのは、ハッキング、ピッキング、変装、詐欺、格闘術、工学、薬学など様々な分野のスペシャリストたちだった。

 この掲示板のメンバーの能力をフルに活用すれば、本物の大怪盗を現実世界に生み出せると考えた彼は、恐る恐るその話をメンバーたちに提案した。

 あろうことか全員が迷わず賛同した。

 そして、彼らは活動を開始し、数々の成功をおさめた。

 互いの連携はチャットと音声通話のみで、互いの素性は誰も知らない。

 無論、リーダーである彼の正体も……


 その日、彼は新宿の繫華街を歩いていた。

 歳は20代後半で、中肉中背、表情はニコニコしているが何を考えているのか底が見えない。

 特段に顔立ちが良いわけではないが、すれ違う人々が皆彼の顔に注目する。

 表の彼は心理学とマジックを組み合わせたパフォーマーで、最近ではテレビにもよく出るようになっていた。

 収入は本業で十分にあったが、世間を騒がせ嘲笑うのがただただ快感だったため、今でも裏の活動を続けている。


 彼は交差点の信号待ちで時計を見た。

 時刻は17時半。

 約束の時刻まであと1時間半。

 今日のターゲットは3つ。

 だが、3つ全て盗まなくていい。

 1つだけでいい。

 1つだけ確実に盗み出せばいいのだ。



 Case5 変身ヒーロー


 彼の名は桐山雅紀きりやま まさき

 悪と戦う正義の変身ヒーローである。

 彼の表の顔は興信所の所長で、あるとき失踪した家族を探してほしいという依頼を受けたのだが、その調査を進めていくうちにとてつもなく巨大な事件に巻き込まれることになった。

 失踪した人物は実は、防衛省と米軍が合同で極秘裏に進めていた兵器開発プロジェクトのメンバーで、なんとその兵器をテロ組織に売り渡そうとしていたのだ。

 桐山雅紀はその兵器の争奪戦に巻き込まれてしまうのだが、奇しくも兵器は彼の手に渡たり偶発的に起動してしまう。

 兵器の正体はナノマシン技術を使った人体強化システムで、彼の体は有機的なフォルムの超人に変身した。

 一方で兵器を狙っていたテロ組織は兵器の製造データを手に入れ量産を始めてしまう。

 正義感の強い桐山雅紀は手に入れた力を使って、テロ組織と戦うことを決意する。

 かくして彼は、悪と戦う正義の変身ヒーローになったのだった。


 その日、彼は新宿の繫華街を歩いていた。

 ストライプのシャツに赤いネクタイ、その上に黒いベストを着込んでおり、頭には黒い中折ハットをかぶっている。

 とてもキザなファッションだが、すらりとした長身で違和感なく似合っていた。


 彼は交差点の信号待ちで時計を見た。

 時刻は18時。

 約束の時刻まであと1時間。

 彼は拳を握りしめた。

 彼は今日も戦わなければならない。

 そして、勝利しなければならない。



 Case6 魔法少女


 彼女の名は要葵かなめ あおい

 世界の平和を守る心優しき魔法少女である。

 魔法少女……である。

 魔法少女……

 少女……


 彼女は今年で21歳だった。


 遡ること7年前、彼女が14歳のときのことである。

 ある日彼女は、猫のような犬のようなよくわからないマスコット的な生き物と出会った。

 そのマスコット的な生き物は人間の言葉でこう言った。

 魔法少女になって悪魔と戦ってほしいと。

 突然な上に、にわかには信じられない内容に彼女は驚いた。

 そして、拒んだ。

 悪魔と戦うなど、そんなの自分には無理だと。

 だが、そのマスコットが敵対する悪魔たちは彼女に魔法少女になる素質があることを嗅ぎつけてやってきた。

 悪魔たちの魔の手は彼女だけでなく彼女の家族や友人に及び、彼女は仕方なくそのマスコットと契約し魔法少女となって悪魔たちを撃退した。

 それからずっと彼女は人知れず悪魔と戦い続けている。

 だが、そんな彼女ももう21歳である。

 しかも、この7年の間に日本の成人は20歳から18歳に引き下げられている。

 彼女は、18歳の誕生日のときにも、20歳の誕生日のときにも、ハタチの成人式の日にも、マスコットに頼み込んだ。

 もう“少女”じゃないんだから“魔法少女”を辞めさてほしいと。

 だが、マスコットは、次の魔法少女が見つかっていないのでそれはできないと拒否した。

 そんなこんなで、21歳の彼女は今も魔法少女を続けている。


 その日、彼女は新宿の繫華街を歩いていた。

 身長150cm弱で、顔は童顔で幼さが全く抜けていない。

 なんとか年相応にみられるように20代らしいメイクや髪型、服装にしているが、知らない人間には高校生が少し背伸びしているようにしか見えない。

 魔法少女になったことで歳を取らない呪いにかかってしまったのではないかと、彼女はずっと心配しているが、ただ単に身長が伸びず童顔でファッションセンスが幼いだけだった。


 彼女は交差点の信号待ちで時計を見た。

 時刻は18時半。

 約束の時刻まであと30分。

 彼女には役割がある。

 たとえそれが周りから押し付けられた役割であっても、彼女はその役割を果たさなければならないのだ。










 19:00

 新宿某所のとあるダイニングバー


「えー、今日は来てくれてありがとうござまーす!! 幹事の青月徹でーす!! 都庁に勤めてる公務員でーす!! よろしくお願いしまーす!!」


「山口海人でーす!! もしかしたら知ってる人もいるかもだけどパフォーマーやってまーす!! 時々テレビとかにも出ちゃってまーす!! よろしくー!!」


「桐山雅紀でーす!! 興信所の所長やってるんですけどー、まあ、言い方変えると探偵ってやつですー!! よろしくー!!」


「天宮百合でーす!! 京王大に通ってる大学生でーす!! 学年は3年でーす!! よろしくお願いしまーす!!」


「速水夜でーす!! おなじく京王大の3年でーす!! 今日はとても楽しみにしてきましたー!! よろしくお願いしまーす!!」


「要葵でーす!! よく高校生に間違われるんですけどー、れっきとした大学生でーす!! その証拠に今日は盛り上げちゃいますよー!! よろしくお願いしまーす!!」




 彼らの運命は複雑に絡み合う……

 だが、彼らが互いの秘密を知ることは決してない……


 Secrets 完

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