第3話 ツヨシ


 パコンッ


 乾いた音がした。

 宣言通り、丸めた教科書で頭を叩かれた音だ。


 痛くはないけれど、笑いながらそうして、僕の肩に手を回して振り回すツヨシと、それを見て笑うミツルという組み合わせに、周囲がどういう組み合わせなの?と呟いているのが聞こえる。


「全くよ、勝手に拗れて距離取りやがってからに……まぁ俺も忙しかったのはそうだけどよ。行くに決まってんだろ?」


 練習があるはずだけれど、どうしても外せない大事な用事だって言って来たらしいツヨシは、ミツルとはタイプの違う、ワイルドさにあふれるイケメンだ。

 背も高いけれど、ミツルが線の細いモデル体型に対して、ツヨシは明らかに引き締まった筋肉とわかる体格をしている。

 背が高いと言うよりは、でかいと形容されるだろう体躯。


 サッカー部のエース。

 U-18の日本代表候補にも名を連ねるこの幼馴染は、ある意味で生徒会長のミツルよりも有名人だ。

 元々比較的強豪と言われていたサッカー部だが、入部してからすぐに司令塔としてレギュラーを獲得。

 体格に恵まれ当たり負けしない上に、足元のセンスもパスのセンスも良いことからスカウトの目にも止まり都のU-16イレブンに初選出。

 二年生では全国大会に出場して準決勝まで進出し旋風を巻き起こし、そのルックス・プレースタイルからSNSでも人気となり、高校内に収まらない人気を博していた。


 生徒会長とも幼馴染であることは知られていて、うちの高校の文武両道の両輪としてコンビで知られている。

 実はそこに、かつては一般人代表の目立たない男子生徒がかつて加わってトリオだったことは歴史の闇に葬られていた。

 ――いや、葬られてはないけどね。


 でもだから。


「本当にこんなにあっさりと来ると思わなかったよ。練習は良いの?」


「……実際良いか悪いかで言えば良くはねぇけどよ。理由が理由ってのも実際のとこだろ。なぁ、ミツル」


「そうだね、ヒトシが声かけてくれなかったら、一生恨むところだったかもよ?」


「んな大げさ……でもないか」


 二人の言葉に、自分がもしも同様に声をかけられなかったら、仕方ないよりも先に恨み言が出ていただろう。

 それくらい僕にとっては印象的で、大事な日々だったのだ。


 そしてそれは、僕だけではなかったようで。


「……もう10年も経つんだよなぁ」


 校門を出て、いつ以来かもわからない、三人で並んで歩きながらのツヨシのそんな言葉に、僕とミツルもまた無言で頷いた。


 その出来事があったのがこれから探しに行くタイムカプセルを埋めてすぐだったことだけは、覚えている。



 ◇◆



 少子化と言われながらも、育てやすい街という噂と、一気に建った住宅街の中で生まれた子供達が僕らだった。


 当たり前のように同じ幼稚園で出会った僕らは、その頃から頭の良かったミツルと、その頃から足が早かったツヨシ、そして折り紙が上手だった僕という最後だけよくわからない三人で気が合って。

 そして、ミツルよりも頭が良くて、ツヨシよりも足が早く、そして僕よりも折り紙の上手い一人の少女がそこに加わって四人でいつも遊んでいた。


 いや、加わって、という言葉は間違っている。

 その少女の魅力に惹かれて、僕らがつどっていたというだけだった。


 いつも僕らの中心にはその彼女がいて。

 僕らは三人とも彼女を笑わせたり、びっくりさせたり、喜ばせたりするのが嬉しくて。ただ、日々が楽しかったんだ。


 幼稚園を出て、小学校になってもその関係は変わらなかった。

 でもそんな日々が続くと思っていた僕らは、ある日突然少女がいなくなってしまったことを知る。


 昨日まであんなに楽しくて、未来の自分たちへなんていう手紙なんかを書いて、宝物も一緒に入れたりしていたのに。

 もう二度と会えないということを僕らは否応なしに理解させられることとなったんだ。


 居眠り運転だったらしいとは、後で聞いた。

 それは当時8歳だった僕らにとっては初めての身近な『死』というもので。


 それからだったと思う。

 ミツルが勉強に打ち込むようになって。

 ツヨシがサッカーにのめり込むようになって。

 そして、僕がそんな二人を見ながら無力感を感じるようになったのは。


 

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