第2話 ミツル


 高校三年目にして、初めての遅刻をした僕は、先生に珍しいなと言われながら昼休みに罰として生徒会の備品の運搬を手伝う事になった。

 他の事だったら、ちょっと調整してもらおうかと思っていたのだけれど、この罰は僕にとっても都合が良かったのだ。


「ヒトシが遅刻して罰を受けるっていうのは随分と珍しいこともあったもんだな」


 そう穏やかな笑顔で笑いかけてくるのは、少し色素の薄い茶色がかった髪に、眼鏡をかけた長身の男子だった。

 その笑みに見惚れながら、隣にいる女子が「誰だこの親しげに話しかけられているやつは」と言わんばかりの目線を送ってきている。

 僕に読心術の心得があるわけではなくて、あまりにも邪魔だアピールが強いこの子は、学校始まって以来の秀才と言われ、見た目も整っているこの幼馴染にぞっこんという噂が一般生徒の僕にも聞こえてくる副会長だ。


 ただ、普段であればそそくさと退散するところなのだけれど、今日の僕は一味違っていた。

 いや、目をそらしているだけなんだけどね。


「今朝ちょっとね。ミツルにも無関係じゃなくてさ……その、これ運ぶついでに少し

話せない?」


 そして、僕のそんな言葉に、ミツルは少し驚いたようにした後破顔して、大きくうなずいて言った。


「あぁ、良いよ。あ、笹原さん、悪いんだけどちょっと友人と話しがてら出てくるから、力仕事はこちらに任せて程々に休んでね」


「…………わかりました」


 その殊勝な言葉と態度とは裏腹に、僕に向けられた視線が強まった気はしたけれど、スルースキルを全開にしてやり過ごす。


 改めてこの罪作りな穏やかイケメンはミツル。

 僕にとっては幼少中高と同じ幼馴染と呼ぶべき相手。


 だが、一般人代表の僕と比べてミツルは輝いている。

 中学高校と生徒会に所属。三年生では会長を務めていて、進学校というわけではないうちの高校にいながらにして、全国模試は上位常連。家庭の都合から近隣の公立高校に通っていて、更には国公立狙いで東大も既にA判定。

 完全に教師受けも良く、性格もガリ勉でもないリーダー気質で、男女問わずモテモテだ。


 だからといってミツルが僕に対して邪険であったことなど一度もなく、中学でも幼馴染として接してくれていたのだが、もう一人の幼馴染のことと含めて、思春期を拗らせた僕には気が重くて避けているうちに、ミツルにも様々な付き合いがあることから、中学も高校も一緒ながらに疎遠になっていた。


 なのに、こうして物凄く久しぶりに訪れたかつての幼馴染に対して、まるで変わっていないかのように接してくれるミツルはやはり良いやつだった。



 ◇◆



「それで? 話って何さ? こうして話するのもいつぶりかなって感じだから、こっちとしては嬉しいけどさ」


 ミツルがそう言ってくるのに、僕は朝あった出来事と、そしてタイムカプセルのことを話す。

 すると、少しだけ遠くを懐かしむ目をして、ミツルは頷いた。


「わかった、放課後の予定はキャンセルするから、俺も一緒に行かせてよ」


「え……? いやそりゃ俺は助かるけどさ、忙しいんじゃないのか? 場所とかだけ思い出すの手伝ってもらって、俺だけで行こうかと思ってたんだけど」


 ミツルの言葉に、僕は少し耳を疑うように聞き返した。

 最近は受験のために引退する前の引き継ぎで、生徒会も随分と忙しいと聞いている。今日の今日で即答で来るとは思っていなかったのだけれど。


 だが、意外そうな僕に不服そうな顔で、ミツルは言った。 


「何言ってんのさ、ツヨシには声かけた? あいつも二つ返事で来るんじゃないかな?」


「いやいや、あっちこそ練習が忙しいでしょ……一応四人で埋めたんだから許可は取ろうと思ってたけどさ」


 そして話の中で出たもう一人についても、これまた意外なことを言う。

 思いつきで一緒に行動するなんて、住む世界が違ったことに気づいてなかったあの頃みたいで。


「聞いてないなら聞いてみるよ……送信っと」


 ミツルはそう言いながらスマホを手早く操作して送って、そしてすぐに来た返信が僕にも届いた。


『(ツヨシ)行く』

『(ツヨシ)ミツルさ、ヒトシに水臭すぎるんだよってはたいといて』

『(ツヨシ)いや自分でやる、ヒトシお前最近全然話しかけてもスルーしやがるしよ』


「……な」


「ほらな?」


 そう言ってやれやれと笑うその目は、今朝見た夢の中のそれと変わっていないようで、そんな風に会話して、僕らは放課後にツヨシとも合流することを約束して別れた。


 ――――午後の授業は、全然頭には入ってこなかった。

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