タイムカプセルと彼女の秘密
和尚@二番目な僕と一番の彼女。好評発売中
第1話 ヒトシ
懐かしい、夢を見ていた。
『みんな約束ね? ここは私たちだけの秘密の場所なんだから』
昔の夢だ。ただ毎日が楽しかった頃の。
あれは、どこの事だっただろうか?
『ねぇみんなさ、タイムカプセルって知ってる?』
『俺知ってる!』
『何それ何それ?』
そういえば提案したのは僕だったなと、夢である事を理解しながら俯瞰している自分がいた。
あの頃の僕らはいつも四人でいて、紅一点ともいうべき彼女を中心に遊んでいたんだ。
タイムカプセルは、テレビで見て知ったのを、彼女が喜んでくれるんじゃないかと提案して。
(何、入れたんだっけな)
そんな事を考えていると、遠くから呼ばれている声がした。
「ヒトシ! まだ寝てるの!? 早く起きないと遅刻するわよ!?」
その声に、僕は覚醒していく。
起こしてもらっているのに、どこか不快感を呼び起こすそれに「わかってる!」と答えながら、僕はスマホの時間を見た。
なるほど、なかなかの時間だった。
成績も運動も特筆すべきところのない、一般的な地味で目立たない男子高校生としては遅刻による悪目立ちは避けたいところである。
「……急ぐか」
ともすればサボらせようとする悪魔の心を、小心者が故に今のところ勝率が良い天使の心が打ち倒すのはいつものことだ。
起き上がり、手早く制服を着ると下に降りる。
在宅勤務になった父親はまだゆっくりとスマホを見ていて、穏やかにおはよう、と言ってくるのに答えつつ、僕は用意してくれている朝食をかき込むように食べた。
◇◆
特別な進学校というわけでもなく、かといって荒れているわけでもない高校が歩いて通える範囲にあるというのは幸運なことなのだろう。
程々に勉強も部活動も活発で、良く言えば文武両道、悪く言えば中途半端なうちの高校は、小学校・中学校と同じ方向にあり、僕は通学と言えば常にこの道を歩いていた。
12年目になると思うと感慨深いものもあるが、変わったものもあり、変わらないものもある。
その中でも少し足早に通り抜けるいつもの場所で、僕はその日に限って足を止めてしまった。
一軒家の前を、見覚えのある髪の長い女性が掃き掃除をしている。
そして、立ち止まった僕を見て少し訝しげにしたあと、気がついたように言った。
「……もしかして、あのヒトシくんかしら? ふふ、久しぶりね」
「ご無沙汰しています」
かつて見かけた時から、時間以上に年を取ったように見えるその女性に対して、何となくおばさんと呼ぶのも憚られた僕は、それだけ言って会釈をする。
そんな僕を眩しそうに見て、その先の別の何かを見るようにして、女性は微笑んだ。
「あれから10年だから、もう高校三年生よね? 勉強も捗っているかしら?」
「……ええ、はい、おかげさまで」
「そっか、他の……えっと、確かミツルくんとツヨシくんも元気?」
「はい……最近はもう全然話もしないんですけど、目に入ってはくるんで」
あれから成長するにつれて、どんどんと世界が変わっていった彼らとは疎遠になって久しいが、元気そうなのは毎日見ている。
そして、そんな僕を見て何を思ったのか、女性は「少しだけ時間あるかしら、すぐ戻ってくるから」と言って、家の中に入っていった。
(え? これ以上話してると遅刻しそうなんだけど…………でもいいか)
そして、本当にすぐに、女性は戻ってきて、僕にあるものを渡す。
「これは?」
それは一枚の絵のようだった。
そう言えば、今では小学生低学年にしてはという枕詞がついてしまうけれど、彼女は絵が上手だったし、字も上手かった。
「ふふ、もう10年になるでしょう? 私達もね、今度引っ越しをすることにしたの。それで掃除をしていたら出てきたのがそれでね……そこに書かれてるの、君たちでしょう?」
「え?」
僕は引っ越しという単語にも引っかかりつつも、続けられた言葉に改めてその紙を広げる。
古くなっていてクレヨンが掠れていたりもしたけれど、確かにそこに描かれていたのは三人の男の子と、一人の女の子。
間違いなく僕たちだった。
そして、真ん中に1つの丸い箱が描かれている。それが何なのかも、僕は知っている。
「タイムカプセル」
「……ふふ、覚えてくれているのね。ええ、好きな人のことも書いた手紙を入れたんだって、大はしゃぎで教えてくれたから。それにそれが……あの子があんなに楽しそうにしていた最期だったから――――」
そうしてふっと言葉を切って、女性――僕らの友人で、この後すぐに事故で亡くなってしまった少女の母親――は透明な笑顔で僕に続けた。
「見つけた日の翌日に、あなたを見かけてね…………こんな事を今更言うのもと思うのだけれど、私には場所は分からなくてね―――――」
「行ってみます。その、お引越しはいつですか?」
最後まで言わせること無く、僕の口はそう動いていた。
それに、とても嬉しそうな、それでいて切なそうな表情を見せた彼女が、「明後日にはもう、荷物を運び出してしまうの」と言うのに頷く。
正直完全に場所を覚えているわけではなかったけれど、僕は今日のうちに探すことに決める。
そうと決まると、声をかける相手が二人いた。
疎遠になった僕の言葉なんかで来るかどうかもわからないけれど。
「ありがとう」
背中にかけられた小さな言葉が、僕の背中を押してくれている気がした。
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