第36話 笑いって、命を張ってまで取るものなんですか!?


「……ん」


 目を開けると、無数のライト瞬く武道館の高い天井だ。

 俺は目玉だけ動かして、観客の様子を伺った。


 染み付きパンティ自認おじさんの言う通り、ウケてはいない……けど。


「はは、いい感じに緊張したやがる……」


「っ!? ラビくん、ラビくん、良かった!!!」


 すると、俺に必死に回復魔法をかけていた悠里さんが俺の顔を覗き込む。

 どうやら泣かせてしまったようだ。俺はバリバリ音を立てながら首をもたげ、自分の身体を見てドン引きした。


「うわ……」


 これは、なかなか厳しいな。残りの魔力は少ないが、この身体ではどうやったって笑いは取れそうにない。背に腹は変えられない、か。


「タッくん、腰巻き、借りていいか?」


「え? しかし、それではオレのチ○ポが丸出しになってしまう」


「チ○ポは外してそこら辺に埋めとけよ。ツチノコと勘違いされて新聞に載るかもしれないぜ?」


「そ、そうか。その時は発見者はオレになるんだろうか」


「なるどころか所有者だろ」


「それもそうか!」


 タッくんは嬉しそうにチ○ポを地面に埋めると、俺の腰に腰巻きを巻いてくれた。 


 俺は自身の身体に回復魔法をかけてから、黒焦げの身体を手で払うと、綺麗になった肌が表れる。悠里さんが「すごい……」と目を丸くした。


「悠里さんの回復魔法と比べると、副反応が怖いですけどね、っと」


 俺は腰巻きを抑えながら立ち上がると、悠里さんたちの静止を振り切って反対側のコーナーへと歩き出す。


 案の定、生命エネルギーを使ってまで渾身のエクスカリバーを放った二宮は虫の息だ。【不知火】は見当たらない……消し飛んだか。


 セコンドたちが必死に回復魔法をかけているが……。


「二宮がぶっ倒れているのは外傷ではないから、いくら回復魔法をかけても無駄だぞ」


「は? あ、あんた、死んだんじゃなかったの!?」


 ああ、こいつ、よく見たら俺たちの同級生のギャルエルフだ。全く、二宮のやつ、俺に友達がいない、なんて言っておきながら、こんな低レベルな回復術師にセカンドを任せていたのか。


「どきな」


「はっ!? あんた、何言って……」


 生命エネルギー。生物なら誰しもが持つエネルギーで、そのエネルギーが生命の器からこぼれ落ちたものが、魔力となる。長命種の魔力が軒並み多いのはそう言った事情があるわけだ。


 今、二宮の生命の器は空っぽに近い。二宮の身体にはあくまで問題はないので、いくら回復魔法をかけてもなんら意味がないのだ。


 魔力の器に魔力を捧ぐには、非常に繊細な魔力コントロールが必要になる……ま、朝飯前ならぬ爆笑前だがな。


 俺は、魔力を凝縮し、二宮に注ぎ込む。


「………ごほっ、ごほごほごほっ!?!?」


 二宮の身体がびくんと跳ね、咳き込み始めた。


「アレン!!! よかった!!!」


 ギャルエルフの歓喜の声を背に自分のセコンドに戻ると、マネージャーさんが信じられないとばかりに目を見開いて叫んだ。 


「おパンティンさん、まさか、まだやるつもりじゃないですよね!?」


「? はい、やりますよ」


 俺が断言すると、マネージャーさんは何かをグッと堪えるように顔を顰めた後、俺を睨みつけた。


「ダメです。あなたのセコンドとして認められません。今すぐギブアップすると《ROUJIN》に伝えてきます」


「恥ずかし固めを、やります」


 俺が宣言すると、悠里さんとタッくんの顔がハッとなる。


「……だからなんですか? 行きますね」


 しかし、マネージャーさんには響かなかったようで、フィールド外に歩き出そうとしたところで、悠里さんが彼女の目の前に立った。


「なんですか?」


「ちょっと、待ってほしい」


「……まさか、まだ続けさせようなんて言わないでしょうね」


「……ああ、続けさせるつもりだ」


「信じられません!!!」


 噛み付かんばかりの勢いで身を乗り出すマネージャーさん。


「今、おパンティンさんは死にかけたんですよ!! 何も思わないんですか!?!?」


「…………当然、辛いよ」


「そりゃそうですよね!! なんでこんな若者同士が殺し合ってるのを、ただただ傍観してるんですか!?!? 常軌を逸してます!!!」


「……………………」


「だいたい、ここまでして笑いをとって、それがなんだって言うんですか!? 笑いなんて、命を張ってまで取るものじゃないでしょう!!」


「……そんなこと、ない」


 悠里さんの声は、震えていた。


「これは、実際に命を懸けた私たちにしかわからないことだ! 私のパンティを脱がせた君が、口を挟んでいいことじゃない!!!!」


 怒り、と表現するには、あまりに複雑なものが入り混じった叫びだった。

 マネージャーさんも初めて見る悠里さんだったんだろう、大きな瞳がこぼれ落ちんばかりに見開かれた。


「……なんですか、仕方ないって納得したフリして、裏ではやっぱり不満に思ってたんですね!!!!」


「あ、いや、すまない。決してそんなつもりは……」


 我に返った悠里さんが慌てて弁明をしようとしたが、時すでに遅し。声を抑えながら怒鳴ると言うのが、マネージャーさんのギリギリのところだった。


「あのね、なんか私がものすごく理解のない女みたいな扱いにしようとしてますけど、まず自分が裏でネタ系配信者をやってることも伝えずに、事務所の誘いを受けたのは悠里さんですよね!? あなたがそういう人って最初からわかってたら、もうちょっとは売り方考えましたよ!!! すっかり清楚系として売り出した後に、そんなこと言われても困るに決まってんでしょうが!!!!」


「あ、うん、いや、その通りだよ、ごめん」


「でも、それでも悪いことしたなって思って、その後TVのバラエティ番組の仕事入れてあげましたよね!? それなのになんですか、アレ!? 芸人さんが話を振ってくれてるのにぜんっぜん面白いことも言わず、ただヘラヘラ笑ってるだけ! そのくせ脇汗だけはダラダラかいて!!! おかげで悠里さん、脇汗フェチの変態どもからオナ◯⚪︎◯にされちゃったんですよ!!!」


「……ごめん」


「だいたいね、当時中学生をスタッフにするなんてね、はっきり言っていい大人がすることじゃないです!!! もし、彼が死んだりでもしたら、一体どうやって責任を取るつもりだったんですか!? あなた、本当に運と顔とスタイルがいいだけなんですからね!!!」


「……ごめん、なさい」


 グスッと鼻水を啜る音……悠里さん、まさかの半泣きだ。気づいた観客たちがざわめき出した。


(おいおい、これから一世一代の大勝負に出るってのに、なんちゅう空気にしてくれてんだよ……)


 仕方がないので、回らない頭で仲裁に入ることにした。


「マネージャーさん、先に言っとけばよかったですね。もう俺に、命を張るほどの体力は残っちゃいません……二宮だって同じです。第三ラウンドは、まだキャットファイトの方が過激ってくらいのものですよ」


「……………………」


 俺が視線を逆サイドに移すと、ちょうど二宮が、セコンドの肩を借りてなんとか立ち上がっているところだった。


「ただ、俺もあいつも、ここでギブアップしたら、死んでも死にきれません」


「っ」


 マネージャーさんが罪悪感に顔を歪ませる。どうやらマネージャーさんは、根っからのいい人のようだ。


「お願いします、やらせてください」


 俺は、マネージャーさんに深々と頭を下げる。


 少しして、か細いため息が聞こえた。


「私は、あなたのセコンドというより、悠里さんの付き添いです。あなたも元々、私にセコンドなんてして欲しいとは思っていなかったでしょう」


「そんなことないですよ。マネージャーさんのアドバイスのおかげで、俺はここまで辿り着けたんですよ」


「……そうですか」


 マネージャーさんはプイッとそっぽを向くと、「ほら、行きますよ」と、子供のようにベソをかく悠里さんの手を引いてフィールド外に出ていく。 

 こんなのが中継されてる時点で悠里さんのクールなイメージは大崩壊してると思うが、そこんとこは大丈夫なんだろうか?


 ……さて。ともかく、舞台は整った。


 俺は振り返り、二宮に叫んだ。


「まさかギブアップしないよな、二宮!!」


「……当たり前だ!!!」


 カーン。


 第三ラウンドの開始を告げるゴングが鳴り響いたのだった。


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