第35話 走馬灯はパンティと共に



「……ん」


 目を開けると、真っ白な世界に俺はいた。

 二宮の炎とは違う、無機質な白。ここが現実世界でないことがすぐさま理解できた。


 俺は、死んだのか……?


「いや、死んではいない」


 声に振り返り、驚く。


 そこにいたのは、ピンク色の髪をした、色白小太り全裸のおっさんだった。


「あんた、一体……」


「おいおい、冷たいなぁ。私と君はすっかり相棒になったものだと思っていたが……」


 一体何を言っているんだ。こんな変態と相棒になった覚えは……あっ。


 彼の色白の肌に、黄色いシミを見つけて、俺は慌てて自分の顔を触る。

 被っていたはずのパンティが、どこにもない。


「もしかして、あんた……」


「ああ、君が被っているパンティさ。今は本来の姿で、君に語りかけているのさ」


「……なる、ほど」


 俺、こんなおじさん被っていたのか。ていうか、悠里さんは履いてたんだよな……なんていうか、グロい話だ。


 染み付きパンティ自認おじさんはというと、でっぷりとした腹を撫でながら、悲しそうにこう言った。


「残念ながら、君の渾身のカリ高チ○ポは、二宮のエクスカリバーにかき消されてしまったよ」


「……そう、ですか」


 ならば、こんなところにいる場合じゃない。

 俺は立ち上がると、出口を探すために歩き出した。その背中に染み付きパンティ自認おじさんが言う。


「おいおい、一体全体、どこに行こうというんだい?」


「今すぐ武道館に戻るんです。まだ第三ラウンドが残っていますから」


 自分のオリジナルが通用しなかったとか、そんなのでショックを受けるほど、今の俺は弱くない。絶対に第三ラウンドで笑いを取ってみせる。


「まあ、そう焦りなさんな。この世界は現実と時間の流れ方が違う。現実世界より八次元的で、私はナノ・インターフェース型有機的パンティ……ここまで言えば、嫌でもわかるだろう?」


「…………ああ、はい」


 正直全くわからなかったが、なんか言い出せなかったので頷いておく。


「と言っても、そこまで時間を取らせるつもりはないよ。相棒として、第三ラウンドに挑む君に、どうしても伝えたいことがあったんだ」


「伝えたい、こと?」


「うん」


「……え?」


 気づけば、俺たちは白を基調とした美術館にいた。


「これを見てほしい」


 おじさんの指さす方向を見ると、そこには額縁に飾られた一枚のおむつがあった。


「これ、は?」


「君が最初に履いたパンティだ。はは、シミだらけだね」


「えっ? これって、パンティと呼べるんですか?」


「ああ。履いたものなら、なんでもパンティさ……おむつを卒業した君は、いきなりボクサーパンツを履いたんだね」


 そう言って、隣の額縁に視線を送る。小さな小さなボクサーパンツが飾られていた。


「すごいね、普通はブリーフだ」


「ああ……当時から、チ○ポが大きい方で。ブリーフだと収まりがつかなかったんです」


「懸命な判断だね。それから君は、一度トランクスに移行したが……すぐボクサーパンツに戻った」


 飾られた額縁に沿って、歩き出す染み付きパンティ。俺も、その後に続いた。


「はい、トランクスだと裾からチ○ポがはみ出て」


「なるほどなぁ……しかし、これ以来、君は黒のボクサーパンツばかり履くようになった」


 均等な感覚で置かれた額縁の中には、なんのデザイン性もない黒のボクサーパンツ。


「はっきり言って、つまらない人生だね」


「……はい」


 父親の言いなりになり、毎日ダンジョンを潜っていた頃だ……そして、最後は母さんにあんなことを言われてしまった。


 俺の心を表すような真っ黒なボクサーパンツの羅列の先に、曲がり角があった。俺たちはそこを曲がり、ハッとなる。


「しかし、ここで君は女もののパンティを履くようになった」


 額縁に飾られていたのは、シンプルなベージュの女性ものパンティだった……懐かしいなぁ。確か、三回目の撮影の日だったか。


「はい。スタッフ、と言っても、いつ脱ぐ機会があるかわからないのがおパンティンTVだから。そんな時、黒のボクサーパンツなんて、面白みもクソもないパンティ、履いてたら最悪です」


「そうだね……ちなみにチ○ポは?」


「当然ハミ出てます。でも、それが恥ずかしいことじゃなくって、誇るべきことなんだって、悠里さんに教えてもらいました」


「ふふ……ここから君のパンティは、いろとりどりだ。スライムパンティにゴブリンパンティ、フリル付きパンティにTバックに失禁ショーツ……ミスリル鉱石もあるね」


「お恥ずかしい……」


「いや、流石だよ……そして、現在」


 染み付きパンティおじさんは、最後の額縁の前で立ち止まった。


 額縁の中は、空だった。


「はい。ノーパンです。あくまで、おパンティンをやってる時だけですが……流石に、パンティ二枚はやりすぎですから」


「間違いないね……わかったかい? 私が伝えたかったことが」


「え?」


 いや、ただ、俺のパンティ遍歴を見ただけのように思ったが……。


「よし、それならわかりやすくしよう」


 染み付きパンティ自認おじさんが、指をパチンと鳴らす。すると、額縁の隙間からパンティたちがするすると這い出て、空中で重なりあった。


「ほら、よく見てごらん。先頭はおむつで、次がボクサーパンツ……女性もののパンティを履くようになってからはちょっとアレだけど、それ以前までは、順調にパンティのサイズが大きくなっていってるのが、こうやって重ねるとわかりやすいだろう?」


「あ、はい。確かに」


 いまいち意図をつかめないでいると、染み付きパンティはくすりと笑った。


「つまり、君は、成長したってことだ」


「……え、あ、はい」


「だから大丈夫。第三ラウンド、きっと笑いを取れるよ!」


「あ、はい」


「…………」


「……………………」


「……………………」


「…………………………………………」


「…………………………………………」


「……えっ、それだけ!?!?!?」


「え、ああ、そうだが?」


 染み付きパンティ自認おじさんは、眉根を下げて戸惑いを見せる。どうやら本当にこれだけみたいだ。


「あ、そうなんですね」


「あ、ああ」


「…………」


「……あれ、あんま刺さってない感じ?」


「あ、いや、そんなことはないんですが」


「いやいや、遠慮なく言ってほしい。私たちは相棒だろう? これからも長い付き合いになるんだから、お互い腹を割って話そうじゃないか! 大丈夫、絶対に怒らないから!」


「あ、それじゃあその……まず、成長って言っても、これ、肉体的成長の話ですよね?」


「ん? あ、ああ、まぁ、そうなるかな?」


「それ、正直笑い云々にはあんま関係ないんじゃないかって気がして……あと、俺的に成長を実感したのが女物のパンティを履き出した頃からなので、どうせならそっから大きくなってくれてたら、まだ良かったんですが。今に至ってはノーパンですしね」


「……なるほどね。まぁ、言いたいことはわかるよ」


「それに、お笑い的に成長したって言うのは、ファミレスで親に会った時、昔は笑えなかった場面で笑えるようになったって言うので済ませちゃってもいるので、今さら感もあるからなぁ」


「……そうなんだ。私はその場にいなかったから、そのこと知らなかったからね」


「あ、それはそうでしたね」


「……結構準備は大変だったけどね」


「え、あ……すみません」


「…………」


「…………えっと」


 ……え、結構怒ってないか? 怒らないって言ってたよな?


「ま、あんまり調子に乗らないことだよ。何も、ノーパンなのは君だけじゃないんだからね」


「あ、はい、すんません……」


「…………」


「…………」


「……………………」


「……………………」


「…………………………………………」


「…………………………………………」


 ……きまずっ。


 それからこの美術館が崩壊し現実世界に戻るまで、体感で二時間ほどあった。どうやら八次元的な時間の流れってやつは、思ったより気が使えないらしい。

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