第38話 爆笑後の楽屋


 結論。俺と二宮の試合は、判定で二宮の勝利となった。


 当然だ。第一ラウンドと第二ラウンドはどう考えても二宮優勢で、恥ずかし固めは恥ずかしい格好をさせているだけで大したダメージは与えていないから、なんなら第三ラウンドも俺の勝ちとは言い難い。


 だけど俺の楽屋は、まるで大勝利したかのように盛り上がりをみせてていた。

 お祝いをしに来てくれた獣人ハイヤーズ三人娘も加わって、今は五人でツイスターゲームをやっている。過程を見ていなかったのでなんでそうなったかわからないけど、まぁ楽しそうなのでオッケーです。


「どうした? 43000人を笑わせたと言うのに、ずいぶん元気がないじゃないか。もしかしてもう回復魔法の副反応が出始めたかい?」


 そんな中、椅子に座る俺の足に回復魔法をかけていた悠里さんが、口を開く。そういう悠里さんも、元気がないように見えるけど、なんだか聞きづらいな。


「……二宮には、悪いことをしました」


「悪いこと?」


「ええ。彼は、俺たちと違ってただの素人ですから……チ○ポを出すことに、抵抗があったんじゃないかと思います」


「ああ……確かに、それはそうかもしれないね。私たちにはない発想だ」


 《ROUJIN》の迅速な対応により、生放送でありながら、二宮のチ○ポが完全露出する前に、モザイクをかけることができたようだった。


 しかし、モザイク越しにも二宮のチ○ポが小さいのは分かることだし、この会場にいた43000人は、当然二宮のチ○ポを生で目撃している。


「でも、ボクシングパンツの下に何も履いてなかったってことは、案外彼もそのつもりだったのかもしれないよ?」


「……いや、それだったらエクスカリバーなんてこと、言わないはずです。どう考えても彼のチ○ポはエクスカリバーじゃないんですから」


「確かにね……だとしても、別にいいんじゃない? 彼はタッくんのチ○ポを切り取ってチ○ポ質にしたんだぞ。むしろ、その程度で済んだことを感謝すべきだ。それに、そうでなくても彼は、人種差別以外にも色々な問題発言で様々な人の心を傷つけてきたからね。観客の中には、ざまぁ(笑)って思っていた者もいたはずだよ」


「……つまり、二宮のおかげ、ということですよね」


「ん?」


「今回の笑いは、ほとんど二宮のおかげです。二宮がノーパンだったおかげで、二宮チ○ポが小さいおかげで、二宮が嫌われてくれていたおかげで、俺は笑いを取れたんですよ」


「いやいや、チ○ポは、どんな大きさでも面白いさ」


「13cmでもですか?」


「……翼とか生えてたら面白いさ」


「ふははっ……それは、13cm関係ないですよね?」


「それはそうだ。だが、彼のチ○ポがあれだけ面白く映ったのは、君の恥ずかし固めのおかげだろう?」


「……その恥ずかし固めも、オークと悠里さんの芸ですから」


「いや、プロレスラーの技だと思うけど……例え私の芸だったとしても、君は私のパンティを継いだんだ。なんら問題はないんだよ」


「はい、そうですよね……」


 ……全く、こんなしょうもない愚痴言って悠里さんを困らせるなんて、馬鹿だな、俺。


 色々言い訳したが、結局のところ、俺は母さんを笑わせたかったのだ。


 あんなことを言われてなお、そんな健気なことを思ってしまっている自分が、あまりに哀れで可哀想だから、認めたくなかっただけ。

 本当は笑って欲しくて仕方なかったんだと、母さんの笑顔を見て、理解わからせられてしまった。


 そして、その目標を達した今、なんかふわふわしてしまっている。いわゆる、燃え尽き症候群のようになってしまっているのかもしれない。


「……正直に言っていいかい?」


 すると、俺の様子を見かねたのか、悠里さんが苦笑しながらこう言った。


「悔しかったよ」


「……え?」


 意外な言葉に、悠里さんの顔を伺う。彼女は俺から視線を逸らすように、俺の脚の火傷に視線を落とし、続けた。


「だって、東京ドームが揺れるほどの爆笑だよ? そんなの、当然私は一度も取れたことがない。だから、ラビくんに、嫉妬してしまった」


「嫉妬……」


 意外、すぎる。そんな感情とは、無縁の人だと思っていたから。


「でもね、それが嬉しくもあるんだ」


「……嬉、しい?」


 さらに意外な言葉に首を捻る。悠里さんは、上目遣いで俺を見て、すぐに逸らした。


「君がいなかったら、私はおパンティンをやめていたって言っただろ? あれはまごうことなき事実だったんだ。君に会うまで、三年ほど底辺を一人で彷徨っていたからね。エルフにとっては短い時間だ、なんて言われたりするけど、同時に私たちだって中学生から高校生になる時間だし、何より社会的にマズいしね……あのファミレスで初めて君に会った時には、もう、おパンティンTVの撮影が楽しめなくなっていた」

 

「……そう、だったんですか」


「それからは、ラビくんのおかげで楽しかったけど、撮影が楽しいと言うよりは、君と一緒にいる時間が楽しかった。でも、ラビくんが慕ってくれているのは佐々木悠里じゃなくておパンティンだから、ラビくんと一緒にいるために、おパンティンTVをなんとしてでも成功させなくちゃならない……でも、登録者数は全然伸びなかった」


「……………………」


「そんな中、変な形でバズって、インフルエンサーとしてデビューしたら、一日どころか、一分もしないうちに登録者が1000人を超えちゃった……全く身体を張らずに、化粧をして微笑んでいるだけで、だよ? なんでおパンティンTVを評価してくれないんだよって腹が立ったし、でもそれ以上に、社会的に認められたことに安心してしまう始末だ」


「……………………」


「そして、マネージャーが私の正体に気がついた時……ラビくんから軽蔑されることなく、パンティから解放されると思った。私は君にパンティを押し付けたんだよ。本当に、ネタ系配信者失格だよな」


「……悠里、さん」


 ずっと悠里さんのそばにいたのに、気づけなかった。俺はスタッフ……いや、友達失格だ。


「すみません。気づけなくて」


「謝るのはこちらの方だ。かっこ悪い師匠でごめんね」


 首を振ると、涙が舞った。そんなメンタルの中、撮影を頑張ってくれたおかげで、今の俺がいる……感謝しかない。


 悠里さんは俺の足の治療を終えると、顔を上げて、「おいおい、泣かないでよ」と俺の涙を拭うと、銀色の瞳を輝かせた。


「だから、悔しいと思えたことが嬉しいんだ!」


「……悔しいと思えたことが、嬉しい」


「ああ、そうだ! 君が爆笑を取った時、私は悔しいと思った! それってつまり、私の中にまだ”笑いを取りたい”という気持ちが残ってるってことだ!」


「……そっか」


 その通りだ。俺も、おパンティンになるまでは、バラエティ番組や配信を見ても、ただ素直に笑っているだけだった。


 でも、おパンティンになってからは、俺はこんな天才たちと戦わないといけないのかと思うと、正直気楽に笑えない瞬間もある。


 悔しい。負けたくない……そんな感情を抱えるのは苦しいけど、同時に充足感もあった。


「私はまだ、パンティを脱ぎ切っていない、ネタ系配信者として死んじゃいなかったんだ……ああ、誤解しないでくれ。もちろん、パンティは君のものだ。今更私がおパンティンでした、なんて言い出すつもりはないよ」


 悠里さんは俺の頭に手を置くと、くしゃくしゃと乱暴に撫でる。

 

「私は私で、インフルエンサー佐々木悠里として、無理ない範囲で笑いを取る。少なくとも、次バラエティ番組に出た時は、無ボケじゃ絶対に終わらない」


 そして、巨大パンティを被れば隠しきれてしまうだろうけど、そんなことどうでもいいくらいに、自然で素敵な笑みを浮かべた。


「だから、これからは相方兼ライバルとして、よろしく頼むな」


 ぞくり。


 力の入らなかった身体に、ビリビリと電流が走ったような衝撃が走る。


「……それ、最高ですね」


 ついさっきまで燃え尽き症候群とか思ってたのがバカみたいだ。


 燃え尽きてる暇なんてない。俺はまだ、一度笑いをとっただけの、パンティ初心者なんだから。


「ふふ……ほら、最後に頭に回復魔法をかけるから、パンティを脱いで」


「え? ああ、そうでしたね」


 顔に手をやると、肌触りの良いパンティの感触。

 てっきり二宮のエクスカリバーで燃え尽きたと思っていたのだが……俺の身体ですらボロボロになるってのに、なんて丈夫なパンティなんだ。


「悠里さん、本当にすごいですね。一体どんな魔法をかけたら、こんなに丈夫なパンティが出来上がるんですか?」


「へ? いや、私は何もしていないが……ラビくんが何か魔法とかかけてたんじゃないの?」


「え、いや、かけてないですけど……」


「えっ」


「えっ」


 ……これ以上の追求はやめておこう。もう二度と、染み付きパンティ自認おじさんとあの謎空間ですごしたくはないからな。



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