第26話 超人気インフルエンサーとコラボ
悠里さんとのコラボ当日。
指定されたのは、いつものダンジョンの、行き止まりルートゆえ人気の少ないダンジョン一階層のF1エリアで待ち合わせすることになった。
待ち合わせの二十分前には到着したのだが、すでに【佐々木悠里ちゃんねる】のメンバーは揃っていた。
莉子は照明、類はカメラマン、姫乃は悠里さんのメイクを担当しているようだ。昨日とは打って変わって皆真剣な表情で、彼女たちがプロであることが身にしみた。
すると、昨日のスーツ姿からは想像できないような本格的な探索者装備に身を包んだマネージャーさんが、俺を見るなり顔を顰める。
「やっぱり汚いですね」
何のことだろうと首を捻ると、マネージャーは俺の顔を指差す。え、普通に酷い。
「そのパンティです。うちのカメラは画質もいいですし、その黄ばみが前面に押し出されてしまいます」
「ああ、そっちですか……」
「うちのチャンネルは女性の視聴者が八割なので……一旦脱いでもらっていいですか?」
「ちょっと待ってマネージャー。ラビくんに素顔を晒させるつもりはないよ」
悠里さんが慌てて口を出すと、マネージャーさんはうなずく。
「もちろんです。未来ある若者にデジタルタトゥーを刻ませる趣味はありませんから」
そして、背中に背負った、身体と同じくらいに大きなバックパックから、小さな巾着袋を取り出した。
「一応私の方で、今おパンティンさんがかぶっているものと似ていて、清潔感のあるものを準備させていただきました。そちらを被っていただくと言うことで、手打ちにしてもらえませんか?」
「うーん……」
悠里さんから頂いた特別なパンティなのだから、当然代わりになるものなどない。
だからこそ、このパンティはおパンティンらしく笑いを追求している時に被るものであって、このようなコラボの時に被るものでもない気がする。
「わかりました。それじゃあ、ちょっとあっちの方でかぶり直してきますね」
「ん? 私たち以外に人はいませんから、ここでいいのでは?」
「あ、いや、なんか人前でパンティ脱ぐの、恥ずかしくって」
「文章的には正しいんですが、その実とんでもなく異常な発言ですね……」
⁂
俺はF1エリアを出て、通路の端の方で巾着袋を開ける。
中にはパンティ。取り出し、広げてみて、驚いた。
「スライムパンツ、か」
お尻のところに、スライムの刺繍が入っている。アニメなんかで女の子が履き、ギャップ萌えを狙うのも食傷気味になってきたくらいの子供パンツだ。
「これ、コンプラ的に大丈夫なのか?」
大の男がお子様パンツを被るのって、なんなら染み付きパンティよりヤバイと思うんだけど。ていうかサイズもちっちゃいし、マジでお子様用なんじゃないか。
まぁ、一旦被ってみようとして、違和感に気が付く。
「これ、使用感すごいな」
結構ヨレてるし、毛玉も多めだ。え、まさか中古品を買ってきたのか? 流石に、誰が履いたかもわかんないパンツ被るのはちょっと嫌だなぁ。
「おパンティンさん、そろそろダンジョンも混みだしますから、早めにお願いします」
「あ、はいはい!」
急かされ、慌ててスライムパンティを被る。
ミチチチチィ……。
結果、そんな音が出るくらいにはキッツキツで、三十分もすれば血流不全でハゲ散らかしそうだ。
今の時代、ハゲネタってだけで拒否感示す人もいるから、昔ほどハゲたいとも思っていない。自分のコンプレックスを笑いにできないって、果たして本当の意味で配慮のある世の中と言えるんだろうか?
「おパンティンさん!」
「はいはーい!」
俺はミチチチィ音を立てながら、皆のもとへと戻る。
「あの、マネージャーさん、これ、サイズあってますかね?」
マネージャーさんは大きな瞳をパチクリ俺を見て、「あっ!?」と声をあげ、自分のお尻あたりをまさぐりはじめる。みるみるうちに顔が青ざめていった。
「……ふぅ」
そして、全ての感情を押し殺したような笑顔を浮かべた。
「いえいえ、大変お似合いですよ。それでは早速生配信を始めましょう」
「もしかしてこれ、マネージャーさんの私物ですか?」
ピタリ、とマネージャーさんの動きが止まる。
「は? そんなことないんですが? もちろんこの日のために買ってきた、被り用パンティです」
「被り用のパンティなんてありませんし、あったとしたら制作段階でサイズ感間違えてますよ。聞こえます? ミチチチチチィっていってますよね?」
「いいえ、いってたとしてもミチチチィ程度のものです。むしろオーバーサイズってところです」
「チが二個減った程度で、そんな若者向けファッションになったら服飾関係者も苦労しないでしょう」
今のところファッションとしてパンティ被ってるの俺だけなので、ある意味パンティ被りは若者向けと言えるかもしれないけれどもだな。
すると、マネージャーさんはやれやれと肩を竦める。
「おパンティンさん、あまりそうやって裏方にわがままばかり言っていると悪評がったてしまいますよ」
「……はぁ」
どうやらマネージャーさんは、このパンティが被り用と言うことで押し通すつもりらしい。仕方ない。このフィット感がクセになることを願おう。
⁂
「さて、それではこれからダンジョン探索を始めます。もちろんおパンティンTVのような無茶な探索はせずに、少しでも危険があると判断したら引き返しましょう。戦闘は基本悠里さんメイン、おパンティンさんはサポートに回りつつ、戦闘がない時は私の方から質問しますので、答えてください」
「ね、ね、どーせならもくひょー決めませんかぁ?」
と、悠里さんのメイクを終え、今度は俺の方にやってきて、「え、パンティ被ってる人のメイクってどうするんだろ……?」と戸惑っていた姫乃が、こんなことを言い出した。
「目標?」
「はい♡ 例えばぁ、中層の最終階を目指すとかぁ♡」
「……なるほど、タッくんですね」
マネージャーさんが言うと、姫乃はポッと顔を赤らめる。
「そーなんです♡ あの逞しい身体……推せる♡ あ、もちろん一番の推しは悠里さんで、おパンティン104番目だよ♡」
「気の使えるアパートだったら存在しない部屋番号くらいの順位かぁ……ま、ありがとうございます」
「どういたしまして♡ ねぇねぇ、いいでしょマネージャー!」
「却下です。おパンティンさんとのコラボの時点で数字は保証されているのに、それ以上のリスクを犯す必要がありません。さて、それでは生配信の方始めますので、コンタクトの着用とスマホへのリンクをお願いします」
ばっさりと姫乃の意見を切り捨てて、コンタクトケースを差し出す。
正直コメント欄とか見たくないんだけど、メンタルが弱いと思われたら嫌なので、何も気にしていないようにつけ、俺のスマホから、悠里さんの配信画面を開いた。
「それじゃあ配信始めます! 3、2……」
途中で指だけでカウントしてから、キューを出すマネージャーさん。
類の持つカメラのランプが光ると、悠里さんが俺といる時とはちょっと違う、やけに整った笑顔を作る。
「久しぶりの配信になってすまない。今回は特別ゲストを招いて、久々のダンジョン配信だ。早速ですが、ゲストの紹介したいと思いまーす」
うわ、なんか普通のインフルエンサーみたいだな。俺が勧めておいてなんだって話だけど、こういう悠里さんをあまり見たくなくて、佐々木悠里ちゃんねるを見ないようにしていたんだ。
「ど、どうも、パンティの隙間からこんにちわ、おパンティンだ」
ちょっと悲しくなりつつも挨拶すると、コメント欄にだーっとコメントが流れてくる。
>今一番話題の探索者とコラボなんて、さすが悠里様!
>今日のおパンティン、なんか清潔感あっていい!
>え、おパンティンめっちゃスタイルよくない? 悠里さんと並んで見劣りしない男なんてなかなかいないもん! 特に顔ちっちゃすぎ!
>なんかミチチチィって聞こえない?
>パンティ被ってても顔がいいのわかる❤️
>おパンティンさんの配信本当にすごかったよね!
>あれだけ強いと、この変態にしか見えない格好もカッコよく見えてくる❤️
>推し同士のコラボとか私得でしかない!
>おパンティンさんってオフ会とかしないんですか?
「あれ……」
同接は既に3万人を突破していると言うのに、コメント欄は好意的なものばかりだ。てっきり、この変態野郎悠里さんに近づくな、的な批判が飛び交うと思っていたんだが。
『いいですか、なんか最近うだうだ言ってますけどね、結局のところ女は強い男が大好きなんです!』
このご時世にそれは不味いんじゃないかっていうマネージャーさんの言説にも、ちょっと説得力が出てきたなぁ。
「それじゃあ早速、探索しながら、事前に募集していた視聴者のみんなの質問に答えていこうと思う。それじゃあおパンティン、行こうか」
「ああ、はい、了解です……んっ?」
視界の右上に、オフにするのを忘れていたメッセージ通知が入る。ホッとしたのもあって、つい驚きの声を上げてしまった。
(二宮……?)
意外だ。一応クラスのグループに所属してはいるので、連絡先は交換し合ってるはずだが、個別でメッセージを送ってきたのは初めてじゃないか?
脳内で指示を送り、スマホ画面を操作しアプリを開くと、メッセージに添付された動画が再生される。
「……タッくん」
全身に刀傷を負って倒れ伏せるタッくんと、満面の笑みでピースする二宮。
続けて、二宮からメッセージが入った。
『キミのお友達、ずいぶんと弱いね(笑)。中層最終階で待ってるよ』
「……悠里さん、すみません。コラボはまた今度で」
「へ?」
俺は悠里さんの返事も待たずに、中層最終階を目指して走りだしたのだった。
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