第27話 人質ならぬ、チ◯ポ質


 二宮のメッセージから数十分後、俺は中層の最終階に辿り着いた。

 神殿にタッくんの姿も気配もなく、代わりに二宮が、相変わらずのナルシスト丸出しの白龍上下装備で突っ立っていた。


「……二宮、どういうつもりだ」


 二宮は振り返り、赤い瞳を殺意で鈍く輝かせる。


「キミこそどういうつもりだ。子供が履くようなパンツを被ってハゲ散らかして、友達が攫われたと言うのにふざけている場合か」


「これは……説明する必要なんかない。タッくんはどこへやった」


 会話の間にも、魔力を探るが、タッくんの気配はない。遠くに運ぶような時間は与えなかったはずだが……馬鹿だな。あの画像が、今日撮られたものとは限らないじゃないか。


「大事な人質だ、明かすわけがないだろう……ただ、まだ生きている証拠は用意しておいた」


 二宮はそういうと、腰のウエストポーチから、コンビニの袋を投げてくる。ずどん、と野太い音を立てて落ちた袋を拾い上げ、驚いた。


「チ○ポ……」


 立派で、緑色のチ○ポ。俺はこのチ○ポを、昔、モザイク越しに見たことがある。


「オークの、チ○ポ……」


 魔物は、死ねば身体が消滅し、ドロップアイテムを落とす。


 オークがチ○ポをドロップするなんて聞いたことないから、これがタッくんのチ○ポなら、タッくんはまだ消滅していないと言う証明になる、ってことか。


「……そんなことのために」


 男の誇りであり、男の身体の中で一番面白い部位であるチ○ポを、切り取りやがったのか……。


「要求は、なんだ」


 怒りに打ち震える口から、言葉をなんとか絞り出す。


 タッくんはあくまで魔物で、中層のフロアモンスターなのだから、身の危険があるのは当たり前だし、そこに介入していちいち手助けするつもりなんてなかった。

 しかし、これは違う。二宮は俺を脅すために、タッくんのチ◯ポを切り取ったのだ。


 その二宮はというと、やれやれと肩を竦める。


「その前に、まず言うべきことがあるんじゃないかい?」


「……指定通り、メッセの履歴は消した。疑うなら確認しろ」


 俺は二宮にスマホを投げる。と、やつは即座にスマホを地面に叩きつけ、足を振り上げ、踏みつける。

 スマホは粉々に砕け散ったのだった。


「他には?」


「……なんで、俺だと気がついたのかってことか?」


 二宮は天を見上げると、深々とため息をついた。そして、綺麗に整えられた髪をかきあげ、俺を睨みつけた。


「ボクが求めているのは謝罪だ謝罪!! 誠意のこもったな!」


「……謝罪?」


 二宮は舌打ち混じりに、スマホの残骸をサッカーボールのように蹴り上げる。目にも止まらぬ速さで迫るそれを全て手で払うと、二宮はヒステリックに叫んだ。


「キミのせいで、ボクは『この探!』で1位になれなかった! そのせいで心に深く傷を負ったボクを見ておきながら、キミは正体を黙ってた! 弱者のフリをして、ボクを騙した! 存在価値のない劣等種のくせして、このボクを騙したんだ!! 生きてて申し訳ないと罪悪感が湧き、自ら死を選ぶのが当然だろ!!」


 ……まさか、そんなことでタッくんを攫ったのか? いや、こいつならやりかねないな。

 ともかく、刺激すべきではなさそうだ。


「悪、かったよ。もっと早く、言うべきだったな」


 二宮は、これまたわざとらしく肩をすくめる。


「言葉だけじゃ、反省なんて伝わらないね。行動に示さないとね」


「……わかったよ」


 俺は膝をつき、土下座した。


「お前を騙して悪かったよ。だから、どうかタッくんを解放してくれ」


「……………………」


 長い沈黙の後、ツカツカと歩み寄ってくるブーツの音。


 ぺっ。


 頭に生暖かい感触。どうやら唾を吐きかけられたようだ。


 ごんっ!!!!!


 続けて、頭に衝撃。男でありながらヒールのあるブーツを履いているせいで、ずいぶん痛かった。


「何を言っている? 今のお前は、やっと劣等種として当然の行動をしたまでだ。ただ普通に生きるだけで、罪滅しになるとでも?」


 ぐりぐりと俺の頭を踏み躙りながら、二宮はこう言った。


「あのおパンティンとかいうチャンネル、今すぐ消せ。そして、キミは一生配信者引退するんだ。ボクを騙して傷つけたんだから、その程度のことで済んで良かったな」


「…………ふざけんな」


 よりによって、それだけは絶対にできないってこと言いやがって……!


 おパンティンTVは、今の俺の生きる意味。

 

 悠里さんにとってもそうだろうし、そう思ってくれているファンも、きっと、どこかにいるはずだ。

 

 消せる、わけがない。


「お友達の命と比べたら軽いものだろう? ほら、今すぐチャンネルを消せ……って、スマホが壊れてるじゃないか。仕方ない。ボクの端末からログインしなさい」


「卑怯な人間になっちまったな、お前」


「……今、何ていった?」


 本音がポロリと漏れると、二宮の殺意が跳ね上がる。

 不味った、こいつの機嫌を損ねたら、何をし出すか……いや、むしろこれでいいんだ。

 

 俺は二宮の足を払いのけると、顔をあげ、つい先ほどの二宮の表情を参考に、めいいっぱい口角を吊り上げて、皮肉っぽく笑ってみせた。


「昔のお前は、俺に勝てないってわかってても、勇敢に立ち向かってきたじゃないか。それが今じゃ、チ◯ポ質使って言うこと聞かせようってんだからな。悲しくもなるよ」


 二宮の整った眉が、顔から飛び出るくらいに跳ね上がる。しかし、あくまで冷静を装う余裕はあるようだ。


「……勝てなかった? 冗談じゃない。あんなのは、純ヒストリアのキミが忖度されてただけだ。昔からボクのほうが強くて、今なんかもっと差が開いた……人質を取ったのは、卑怯なキミが逃げ出さないようにするためだ」


「それ、本気で言ってんのか?」


「当たり前だろこの変態パンティ野郎!!!」


 と、思ったらすぐに爆発。この沸点の低さと、プライドの高さを利用して、タッくんを解放させる。できるはずだ。


「それじゃあ、タッくんをチ◯ポ質にする前に、逃げる暇も与えず俺を襲っておけばよかったな!」


「あぁ!?!? 何訳わかんないこと言っているんだ!!!」


「お前が本当に俺より強いんなら、チ◯ポ質なんて手間のかかることしなくても、俺を痛めつけて、二度と配信者なんてしたくないと思わせたら良かったんじゃないかっつってんだよ!!!」


「…………ッ」


 口をパクパク、何か反論しようとしたが、何も思いつかなかったようだ。髪の毛と同化するくらいに顔を真っ赤にして俺を睨む。


 俺は立ち上がって、二宮を見下ろし、こう言った。


「その発想が最初ハナからない時点で、お前は俺に勝てないってことを認めんたんだよ」


「……イカれているのかい? よくもまあ、そんだけ自分に都合よく解釈できるね。SNSとかにいるダブスタ野郎ってキミみたいな人間なんだ、納得した」


 確かに、無理やりなところはあるかもしれないが、無茶苦茶な相手に道理を通してやる必要もない。


「それじゃあ、学校でやってるみたいに決闘でもするか? 何ならお前のチャンネルで配信してやってもいいぜ。お前がおパンティンと直接対決で勝てば、『この探!』のランキングが間違ってたことを自らの手で証明できる。俺を引退させるより、よほどお前の名誉回復に役立つんじゃないか?」


「…………」


 こう言ってしまえば、どんな弁明をしようが、逃げたことには変わりなくなった。俺はすかさず挑発をする。


「ま、お前のことだ。そんなことわかってたけど、俺が怖くて怖くてたまんないから逃げ出したんだろうけどな。悪かった悪かった。タッくんは好きにしてくれ。お前みたいな弱者は、魔物とちちくりあってんのがお似合いだもんなぁ」


 ブチン。


 確かにそんな音が、倉庫に響き渡った。


「……ふ、ふふふふっ」


 二宮は、満面の笑みだった。しかし、それは薄皮一枚の話で、その下には殺意がパンパンに張り詰めていていることをヒシヒシと伝わってくる。誰かを笑わせたい俺としても、とても歓迎できたものではない。


 ここで戦闘になるのは俺も望むところではないので、その不気味な笑みがおさまるまで放っておくことにした。


「……その下手くそな挑発に、あえて乗ろう」


 殺意のこもった笑みを浮かべたまま、二宮は俺の横を素通りしていった。


「行くぞ」


「どこに?」


「知り合いにMMMAの団体の取締役がいる。今から契約をとりつけにいくんだ。もちろんキミが逃げられないよう、違約金もたっぷりつけてね」


「その書類にサインしたら、タッくんを解放すると約束するか?」


「当たり前だ。言っただろう。ボクがオークを攫ったのは、卑怯で臆病者のキミが逃げ出さないようにするためなんだからね」


「そうか。それなら問題ない」


 上手くいったと安堵していると、二宮がこちらを振り返る。薄皮一枚が剥がれ落ち、剥き出しの殺意が垣間見える。


「最初に言っておくが、ボクはキミを殺すつもりだから」


「……おいおい、本気か。んなことしたら、お前の配信者人生、おしまいだぞ」


「構わない。ボクが配信者活動を始めたきっかけは、キミのせいで失った尊厳を回復させるためだからね」


 ……上手くいった、と言うのは、ちょっと楽観視しすぎたな。


 少なくともこいつは、幼少期の俺が、人間の中で唯一敵と認めた男だ。MMMAが死傷者が出にくい構造をしていると言っても、この男なら容易く突破してくることだろう。


 もう二度とヤラセをするつもりはなかったものの、これで、わざと負けてこいつの溜飲を下げると言うこともできなくなったと言うわけだ。


「俺はお前を殺せないよ。ネタ系配信者として、人を殺したなんてなったら、一生笑えないだろうからな」


「は? それで問題ないだろ? どのみちキミの動画は死ぬほどつまらないから、結果は同じじゃないか」


 ……やっぱ殺そっかなぁ〜。

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