第6話 ダンジョン探索者育成学校


『東京都立迷宮探索者育成高等学校』


 ダンジョンという資源の宝庫が、資源不足の日本に現れてから数年後に設立された、日本最古の探索者育成学校だ。


 俺はこの春、中等部からエスカレーター式に入学したのだが、外部入学の場合は、日本の高校で一番倍率が高いらしい。


 試験を受ける条件も厳しく、まず国家試験である”迷宮探索士”を取らないといけない。と言っても、俺は小学生のころに取得したから、そこまで難しいものでも無いんだけど。


 その上で、ステータスによる足切り、また、筆記試験の上ダンジョンでの実施試験だ。これは、一流パーティに求められる基準と同程度らしい。


 よって、この教室にいるものは全員、ダンジョン探索者の中でも、超エリートなのである……といっても、今の時代、”人種枠”なるものがあるので、純粋な実力順と言うわけでは無いのだが。


 現に教室は、人種も、ヒストリア、エルフ、ノーム、ドワーフ、リング、ハイヤーズと多種多様だ。もし人種枠をなくしたら、ヒストリアとリングと一部ハイヤーズが減少し、エルフとドワーフが増えることだろうな。


 ちなみに、ダンジョンの出現と同時に人種が増える前までは、ヒストリアはホモ・サピエンスという名の種族だったと習った。


 しかし、ラテン語で”賢い”を意味するサピエンスという名称を俺たちにつけると、まるで他の種族が賢くないように聞こえてしまうため、”歴史”を意味するヒストリアに改名することとなったらしい。


 名前が変わったのはヒストリアだけではない。

 リングは、もともと小人と呼ばれていたが、差別的な表現ではないかと一度ホビットになり、これまた差別的ではとリングに改名。


 そして、昔は獣人と呼ばれていた種族も、コンプラの影響でそう呼んではいけなくなった。

 ハイヤーズ。耳の位置が他の種族よりも高いところにあるので、”high ears”と言う、結構無理やり感のある命名だった。


 ま、その種族の当人たちが自分のことを小人や獣人と呼ぶので、公の場でもない限りはそこまで気にする必要もない。実際のところそんなことに拘ってるのは、コンプラに縛られた大人くらいのものなのだ。


 ともかく、人種は多様だが、中身はあまり変わりない。わざわざダンジョンに潜るような奴らなので、活力に溢れた陽キャ気質な奴が多いのだ。


 よって、教室はワイワイ騒がしい。


 そんな中、俺はというと、教室の隅っこで一人文庫本を読んでいた。


 もちろん、悠里さんの元でお笑いを学んできた俺なら、クラスの輪に入る程度、はっきりいって容易だろう。


 しかし、俺はあえてそうせずに、ボサボサの頭に分厚いメガネと、いかにも陰キャ丸出しの格好で、ぼっちを貫いていた。


 これも悠里さんから教えてもらったのだが、ゴリラを相方に持つ伝説のお笑い芸人の名言だ。


『おもしろいやつの三大条件 ネクラ・貧乏・女好きや』


 ”ネクラ”……今風でいうところの”陰キャ”ってとこか。


 ゴリラを相方に持つ伝説のお笑い芸人曰く、ネクラは自分の世界を持っており、面白い人間は自分一人の世界を持っている。


 逆に、明るい人間は社交的だが、笑いの内容は薄く、あきられやすい、とのこと。まったく持ってその通りだと思う。


 なので、こうやってあえて陰キャを貫いている。そう、あくまであえてなのだ!!!


 残りの二つ、貧乏は、この学園の寮生活なので寝食はしっかりしちゃってるのだが、少なくとも俺の財布には八十円しか入っていない。後は、女好きだが……。


「……ぐへへ」


 俺は、文庫本から視線を外し、できる限りいやらしい目で女子たちを見やる。すると彼女たちはヒッと悲鳴をあげて、俺を睨みつけた。


 こうやって随所随所で女好きであることをアピールしたおかげで、俺は、『ヤリチン陰キャ』という、エロ同人でもなかなかお目にかかれないニックネームをつけられたのだった。


「全くもってあり得ない!!!」


 と、扉が壊れんばかりに開いた。途端に、教室に緊張感が走る。


「これほどの理不尽、あっていいのか!!!!」


 怒り心頭で教室に飛び込んできたのは、二宮アレン。


 『東京都迷宮探索者育成高等学校』始まって以来の天才と呼ばれるダンジョン探索者で、現役高校生でありながら、登録者数800万人を誇る超人気配信者だ。

 

 彼の攻撃一辺倒の戦闘スタイルは見ていて確かに爽快感があるし、見た目も、ともすれば美少女にも見える、いかにもエルフのルックスって感じだ。本人もその自覚があるようで、彼のYは自撮りまみれ。ものすごい女性人気らしい。


 唯一エルフのイメージとは違うのが、あの赤髪赤眼だが、純潔のエルフは実のところあの髪色が多いらしい。悠里さんの白や、一般的なイメージの金髪は、ハーフエルフが多い現代だからこそだ。


 彼の唯一の欠点とも言えるプライドの高さと口の悪さも、炎上するたびに数字も伸びているので、もしかしたら配信者としては才能の一つとして数えてもいいのかもしれない。


 そんな人気配信者の彼は、クラスでも人気者。スクールカーストの頂点だ。

 二宮が来た途端、彼の取り巻きが、「どうしたの?」と心配そうにワラワラ寄っていく。


「これだよ!!」


 二宮が、スマホを取り巻きに見せる。俺の視力を持ってすれば、この距離からでもスマホ画面を確認できた。


 『この探索者が強い!』


 一年に一度、投票によって強い探索者のランキングを決める、俺が1位になってしまったやつだ。


「え! アレンくん、昨日まで1位だったのに!」


「俺たちも毎日投票してたんだぜ! なんでこんなことになったんだ!?」


 すると二宮は、待ってましたとばかりにヒステリックに叫んだ。


「掲示板の連中だ!! 『この探検者が強い!投票でおパンティン1位にして…二宮アレンを怒らせようぜ』とかいうスレを立てて、組織票でおパンティンとかいうクソ底辺ダンジョン配信者を1位にしたんだ!!!」


 何でもネット掲示板では、人気投票的なランキングで、組織票により人気のない底辺キャラを1位にするという文化が昔からあったらしい。


 二宮の言うとおり、どうやらその悪ノリに、『おパンティンTV』が選ばれてしまったようなのだ。


 昨日、動画を投稿した時は全くその気配はなかった。俺たちが寝落ちしてから締め切りまでわずか数時間の間に、掲示板の住民たちは『おパンティンTV』を1位したてあげたというわけだ。


 『この探!』は、すでに人気インフルエンサーの二宮が気にする程度には影響力があるものらしく、1位になれば、それから一年間、探索者界隈で中心的存在になるらしい。


 その1位が誰も知らない配信者となれば、皆が一斉に『おパンティン』について知りたがるのは当然だ。


 俺たちが熟睡している間、おパンティンはインターネットを駆け回った。動画の再生回数は回りに回って、Yでもトレンド入り……というのが、あのバズの顛末だったわけだ。


 コメント欄から、動画の面白さが評価されていないことは察していたが、まさか、底辺配信者であるからという、何とも虚しすぎる理由でバズっていたとはなぁ……。


「はぁ……」


 怒る二宮を眺めながらため息をつくと、バッチンと目があってしまった。ただでさえ怒りに満ち満ちた顔が、髪の毛と同じ真っ赤に染まる。


「何ちらちら見ている! この七光!」


 二宮は、ズカズカ大股で俺の席までやってくる。七光ってイメージは、貧乏と程遠いのでなんとかしたいな。


 あ、もしや、俺がおパンティンであることに気がついたのか? と警戒していると、二宮は俺の胸ぐらを掴み怒鳴った。


「どうせボクのことを馬鹿にしているんだろ!」


「え、えぇ? いや、全く馬鹿にしてないけど?」


 酷い被害妄想が原因だったか。炎上系インフルエンサーとして毎日のようにアンチコメを受けているせいで、人格がおかしくなってしまってるんだろう。


「嘘をつけ! これだから底辺探索者は嫌なんだ! どうせキミも、今回のバカみたいな工作に関わっているんだろう! そうに決まっている!」


「いやいや、ないない」


 どうどう、と二宮を落ち着けようとするが、むしろ逆効果だ。


「ダンジョンにまともに潜れないヒストリアのくせに、迷宮ラビリンスなんてキラキラダンジョンネームをつける家庭環境で生まれたキミなんか、まともな人間じゃないから信用ならない! 読めない名前の子供は遺伝により頭が悪い可能性が高いとひろ○○も言っていた!」


「ひろ◯◯かぁ〜」


 いや、おパンティンTVとはジャンルが違うけど、面白い配信をする人だなぁとは思ってる。けど、何でもかんでも彼の発言を信じるのはいかがなものだろうか。


「今すぐボクに対する誹謗中傷を認めろ! そうしたら学校の上層部に言いつけて、キミを退学にさせてやる! キミのすっかり衰えたご両親の威光では守りきれないだろうね!」


 ともかく、なんとか彼を落ち着けないと、また悪目立ちしてしまう。俺はコミュニケーション能力皆無の脳みそを振り絞って、こう返した。


「いや、それは困るんだけど……ていうか、むしろなんで2位じゃダメなの? 2位でも十分すごいだろ」


 途端、教室の空気が凍りつく。


「……それは、挑発か?」


 二宮の整った眉が、びくんびくんと揺れる。おいおい、どうしたってんだ。


「挑発? 挑発なんて……あ」


 そういえばこいつ、昔「2位じゃダメなんですか?」とか言って、それがネットミームになったんだったっけ……。


 しかも、その原因が目の前にいるとなれば、プライドの塊のこいつが怒らないはずもない。


「はは、ははは……ごめんね?」


「……今すぐ武道館に来い。ボコボコにしてやる」


 謝罪も意味なし。授業が始まるまで、まだ時間はある。


 俺はやれやれとため息をつきながら、立ち上がったのだった。

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