第5話 初めてのバズ


「ん、んんん……」


 まぶたを開けると、鼻と鼻が触れ合う距離で、悠里さんがすぅすぅと寝息をたてていた。

 

 こうやって見ると、本当に綺麗だな……なんて考えているうちに頭が冴えていく。

 

「う、うわぁ!?!?」


 俺は即座にドッキリの可能性を考え、オーバーリアクションをしてから、チラリと周囲を窺う。


 一人暮らしでは持て余すだろう、広大なリビング。


 観葉植物の植え込みや、天井の隅、同時に三人は走れそうな巨大なランニングマシーンなど、カメラがありそうなところを見ているうちに、冴えた頭が昨夜のことを思い出す。


 ここは、現在悠里さんが住む高級マンションのリビング。

 昨日、火竜の攻撃を受け切ってからひのきのぼうで真っ二つにした後、悠里さんに健康被害が出にくい回復魔法陣で、治療してもらうために寄ったんだ。


「うーん……」


 身体を伸ばすと、なんなら前より身体の張りが取れている気がする。 

 で、回復魔法をかけてもらった後は……昨日撮った動画を、悠里さんと一緒に編集した。悠里さんは無理するなと言ってくれたけど、このくらいのスケジュール、おパンティンならこなせて当然だからな。


 その編集はというと……そう、なんとか終わらせて、投稿ボタンを押した。そこで二人して、机に突っ伏して寝ちゃったのか。


 俺は大きく伸びをすると、何の気なしにPCを開いた。

 投稿画面からマイページに飛んで、あくびまじりに動画をクリックする。


 さてさて、再生回数はどのくらいかな。1000回くらい行ってたら嬉しいんだけどな。



『【魔法無し】火竜をひのきのばうで倒してみた【命懸け】』

100万回視聴 12時間前



「……は?」


 俺は、寝ぼけ眼を擦ってから、もう一度再生回数を確認する。



100万回視聴



「……はぁ!?」


 やはり、見間違いではなかった。


「ひゃ、100万回再生!?!?!?」


「……んぅ、ラビくん、どうしたの?」


 悠里さんが目を覚ましたので、俺はすかさず、「悠里さん、これ見てください!」と悠里さんの目の前にパソコンを差し出す。


「これ、俺の見間違いじゃないですよね!?!?」


「……どっひゃーーーー!!!」


 悠里さんは両手を広げて、そのまま椅子ごと後ろにぶっ倒れた。ああ、クソ、完全にリアクションで上回られた!


 やっぱりすごいなぁと感心していると、悠里さんは跳ねるように立ち上がり、俺の肩をがしりと掴んだ。大人っぽい切れ長の瞳が、子供見たいにキラキラ輝いている。


「すごい、すごいよラビくん! ついに、ついにバズったんだ!! やっぱり面白いものっていつか評価されるんだね!」


「あっ、はい! そうです、よね!……」


 そうか、俺、バズったのか……。


「…………っっっ!」


 溢れかえりそうになる喜びの感情をすんでのところで抑えると、悠里さんが不思議そうに首を傾げる。


「どうしたのラビくん! 初めてのバズなんだから、もっと喜ばないと!!!」


「はい。ただ、その……できることなら、悠里さんがおパンティンなうちに、バズれたら良かったなって」


 昨日の動画は、難易度こそ上げたが、やっていること自体は第一次おパンティン時代と大差ない。


 そして、リアクションの面白さとか、ワードセンスとか、全体的な配信者としての腕で言えば、今の俺よりも悠里さんの方が圧倒的に上だ。


 もし、悠里さんがインフルエンサーになる前に、これだけのバズがあったら……きっと今も、悠里さんはおパンティンを続けられていたはずだ。


 すると、悠里さんはくすりと笑った。


「本当に、ラビくんは私の大ファンなんだね」


「え?……はっ、はい、当然です!!」


「ふふ、ありがとう……でもね、そんなラビくんと同じくらい、私はラビくんのファンなんだ。自分の推しが幸せになること以上に、幸せなことはないんだよ。だからほら、笑って?」


 悠里さんはそういうと、両人差し指で俺の頬をぐいっと持ち上げ、俺に微笑みかける。


「……はい!」


 俺たちは、しばらくの間、抱き合って喜びを分ち合い、そして、お互いが昨日お風呂に入ってないことに嫌でも気がついて、さっと距離を取る。


 もちろん、今更臭いでどうこうなるような薄っぺらい関係ではない。そんなことより、目の前のバズの方が重要だ。


「その、悠里さん、もしよかったら、今から一緒にコメント欄、見てもらえませんか!?」


「あ、ああ、そうだね、それがいい!!」


 俺の場合、多くの人から注目を浴びるのは久々のことで、しかも良い注目のされ方となると、大分昔に遡らないといけない。


 対して悠里さんは、現在進行形で有名インフルエンサーとして注目されまくってるから、言っても慣れっこなんだろう。


 悠里さんは、なんの躊躇いもなしに、コメント欄まで画面をスクロールした。


 そして、二人して言葉を失ったのだった。



”『この探!』で1位の探索者と聞いて”

”『この探!』1位おめでとうwwww”

”今Yで『おパンティンTV』がトレンド独占してるぞwww”

”日本終わったな”

”おいおい、火竜相手に木の棒で勝つとか、マジで最強やん”

”これマジ?”

”フェイクに決まってんじゃんwwww”

”お前みたいなフェイク野郎のせいでアレン様が1位になれなかった。ふざけるな”

”二位宮アレン「二位じゃダメなんですか!?」”

”アレン様に謝れ”

”氏ね”

”なんでパンティ被ってるんですか?”



「え?」


 なんだ、これ?


 『この探!』って、確か探索者をランキングするサイトのことだよな? 一位ってどういうことだ?


 ……いや、ていうか、そんなことより、”面白い”ってコメントは?


 コメントをしらみつぶしにみたが、結局”面白い”というコメントは、一つも見当たらなかった。熱の灯った身体が、スッと冷めていく。


「……ら、ラビくん。気にすることはない。コメント欄というのは、こういうものだからね!」


 悠里さんが俺を抱き寄せ、頭を撫でる。その優しさは嬉しかったが、流石にはいそうですかとは言えなかった。


「で、でも、どう考えても、動画の面白さが評価されてる感じでは、ないんですが」


「……それは、そうかも、だね」


 『おパンティンTV』は、あくまでネタ系ダンジョン配信チャンネル。


 悠里さんがパンティを被って動画投稿を始めたのだって、自分のルックスによって『おパンティンTV』が数字を稼いでしまうのを避けたかったからだ。


 そんな悠里さんの動画に笑わせてもらって、悠里さんの跡を継がせてもらった俺も、当然、見ている人を笑わせなくてはならない。面白いと、思わせなくてはならない。


 面白さが評価されてバズっていないのなら、なんの意味もない。


「……………」


 重苦しい沈黙が、リビングに充満した。


 悠里さんは気まずそうに視線を右往左往してから、笑顔を取り繕ってこう言った。


「と、とりあえず、一旦お風呂に入ってから、学校に行っておいで! これからのことは、帰ってきたら話し合おう!」


「……はい」


 これ以上、悠里さんに気を使わせてしまうわけにはいかない。俺はすごすごとお風呂場に向かう。

 入浴途中、悠里さんが俺を笑わせようと、股間白鳥鼻フック姿で俺の背中を流しにきてくれたおかげで、ちょっとは元気になりつつ、俺は学校へと向かったのだった。

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