第38話 菊池大隊の撤退

 オーテン(アウステン)山。

北側の日本軍陣地

川口支隊の残兵達が撤収の準備を急いでいる。

急ごしらえの陣地には負傷兵・看護兵・栄養失調兵・狂気兵等がひしめいている。


 菊池大隊本部。

大洞窟には六百人の残兵達が集まっている。

藤田元一中尉が、


 藤田「急げ、乗り遅れるぞ。おい、キサマ! 荷物は軽くしろと言ったじゃないか」

 兵士「はい!」

 藤田「全員、階級章を外せ。狙われるぞ」

 兵士達「はい!」

 藤田「負傷兵や病人は此処に残れ。手榴弾と弾を置いて行く」

 負傷兵A「連れて行って下さい」

 藤田「キサマ、歩けるのか」

 負傷兵A「大丈夫ですッ!」


負傷兵Aは壁の38銃を取り必死に寝床を立つ。


 藤田「岬は遠い。着く前に死ぬぞ」

 負傷兵A「構いません。連れて行って下さい」


あちこちから傷病兵達の声。


 傷病兵「お願いします。ワタシも連れて行って下さい。置いて行かないで下さい」

 藤田「キサマ等を連れて行きたい。しかし俺達は全員、四日後までに岬に着かなければ全員が餓死か玉砕なんだ」


傷病兵達は涙を流して藤田を見る。

藤田の眼からも涙が溢れ出る。


 藤田「堪えてくれ。キサマ達の事は必ず故国の家族に伝える。すまない・・・、すまない。運命だと思って諦めてくれ」


傷病兵達は全員号泣する。


 狭い空き地に大勢の残兵が整列している。

将校達が兵隊達の前に立ち点呼を取る。

一人の骨と皮の工藤信吉二等兵と云う兵士が、38銃を杖代わりに立っている。

将校の一人、沢田神治大尉が、


 沢田「おい、キサマ。歩けるのか」


工藤は有りっ丈の声をふり絞り、


 工藤「はいッ! 歩けます!」


気丈に38銃を肩に背負う工藤。

沢田は工藤を見詰めて、


 沢田「良いんだな」


工藤は涙を堪えながら歯をくいしばり、


 工藤「はいッ! 工藤は大丈夫であります! お願いします!」


痩せた高級将校の菊池源一郎中佐が気合の入った号礼をかける。


 菊池「全員揃ったか。これから撤退する。絶対に生きて戻る! 前の者に遅れるな。良いかッ!」


全兵達が最後の力を振り絞り、


 全兵「はいッ!」

 菊池「よし、行くぞ!」


菊池大隊(六百人)の残兵達が、長い隊列を組んでジャングルの中に消えて行く。

                         つづく

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