第30話 野鼠と乞食(コジキ)

 河野上等兵が外で歩哨(見張り)をしている。

ホラ穴営舎には六人の生存兵が。


 関元「日本兵はどのくらいやられたんでしょう」

 木原「さあなあ。まともなのは俺達だけかも知れんな」

 福原「鼠部隊だけですか」

 木原「おい、メシにしよう。缶詰めを開けろ!」


六人の野鼠が夕食を摂っている。

焚火の煙った炎が「薄汚い野鼠兵」を照らす。


 木原「おい森、湯が沸いたぞ。コーヒーを入れろ」

 森 「はい」


六人全員が飯盒の蓋を森 の前に並べる。

森 は麻袋の中からコーヒーの缶を取り出し蓋を開ける。

杓文字(シャモジ)で六個の飯盒の蓋にコーヒーの粉を入れ、湯を注ぐ。

関元は注がれる湯を見ながら、


 関元「浅草のレストランの様ですねえ」

 河野「こんな島でこんな贅沢をして、罰(バチ)が当たりませんか?」


六人が笑う。


木原は木村を見て心配そうに、


 木原「木村、具合はどうだ」


木村は起き上がり、


 木村「・・・お陰さまで少し回復したようです」

 木原「おお、そりゃあ良かった」


木村は痩せ細った自分の腕の筋肉をまじまじと見ている。

六人を見て、


 木村「ご迷惑をかけます」

 福原「バカを言うんじゃない。死ぬ時は皆んな一緒だと言ってるだろう」


木原は周りの兵隊を見て、


 木原「・・・沢山喰え。いつ喰い納めに成るか分らんからのう」


関元は耳を澄ませ、


 関元「静かですねえ。・・・戦争はどうなったんでしょう」


木原は熱いコーヒーを啜りながら、


 木原「戦う相手が居なけりゃ戦争は終わりだ」

 関元「無茶苦茶ですよ、戦争なんて。敵の顔も見ねえし島までも辿り着かねえ。そんなんじゃ死んでも死に切れねえや」

 木原「もうよせ。俺達は精いっぱいやったんだ。後は全員が生きて帰る事だ」

 福原「クソ、日本は物が有ったら負けませんよ」


木原はコーヒーを啜る。

一点を見詰めて、


 木原「・・・それが分っていて戦争を始めたバカが居る」


木原は背嚢を枕に地面に横たわる。


 関元「誰ですか、そのバカ野郎は。見積もりも立てねえでヤッツケ仕事なんてしやがって」


木原が突然、


 木原「おい、どこかにタバコが有ったな」

 福原「ああ、ここに有りますよ」


福原は麻袋から調達したタバコ(キャメル)を取り出す。

木原が福原から渡されたタバコにマッチで火を点ける。


 木原「・・・旨いなあ。アメ功のタバコは」


木原は宙を見詰めて


 木原「・・・乞食(コジキ)部隊か・・」

 関元「乞食じゃねえ、野鼠ですよ」

 木村「どこが違うんでしょうか」


木原、関元、福原、大宮、森が木村を見詰める。


 木村「いや、すいません。足でまといで・・・」


木原が急に起き上り怒鳴る。


 木原「ヤメタ、ヤメタ。バカらしい。こんなのは戦争じゃない!」

                         つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る