第23話 木原少尉の履歴

 『丸山道』を俯きながら歩いて行く五名。

木原少尉がボソッと一言。


 木原「情けないのぉ・・・」

 関元「? 何か言いました」


木原は俯いて、


 木原「俺はどうしてこんな時代に生れて来たんだろう」

 関元「はあ? そんな事ですか。それは、俺に聞いても分かりません。・・・木原少尉は陸大卒ですか」

 木原「いや・・・」

 関元「イヤ? ・・・将校さんは皆んな陸大卒かと思いましたよ」

 木原「俺はただの大卒だ」

 関元「ほう。で、どちらの大学で?」


木原は関元の耳元に小声で、


 木原「帝大だ」


関元曹長は驚いて、


 関元「て、テーダイッ!」

 木原「悪いか・・・」

 関元「あ、いや。帝大出の少尉殿なんて初めてなもんで」

 木原「・・・スカウトされたんだ」

 関元「スカウト? 何ですか、それは」


関元曹長は木原の顔を見る。


 木原「うん? うん。突然、学校に入れられた」

 関元「ガッコウ? ああ、優秀だから陸軍学校ですね」

 木原「違う。中野学校だ」

 関元「ナカノ? トツー、トツーの通信隊ですか?」

 木原「通信隊? ・・・ああ、隣がな」

 関元「トナリ?」

 木原「そうだ。通信隊の隣に戦死してはいけない学校があるんだ」

 関元「戦死しちゃいけない? 木原少尉は兵隊でしょう?」


木原はきつい眼で関元を見て、


 木原「・・・何でも良い。ところで関元はどこの生まれだ」

 関元「アッシ(私)? アッシは向島です」

 木原「江戸っ子か? 何で仙台の部隊に」

 関元「女房がこっちなんですよ」

 木原「オマエ、婿(ムコ)か」

 関元「か? かって言うのは何ですか。バカにしちゃいけませんよ。こう見えても昔は列記とした大工(デェーク)ですからね」


関元はやつれた顔で木原を睨(二ラ)む。


 木原「怒るな、腹が減る。・・・俺の実家は広瀬川の近くの春日町と云う所だ。生きて帰れたら家を建て直そうと思っている。来れるか」

 関元「おお、そう云う事なら、やらせてもらいましょう。浅草から腕の良いヤツを三人ばっか引っ連れて行きます。しかし、ヤツ等はジャワ行きですから生きてるかなあ」


木原は天を仰いで、


 木原「ジャワ・・・インパールか。帰れるかなあ。・・・おい、少しその辺で休もう。腹が減って」

 関元「そうですね」


関元が遅れて来る福原、河野、大宮の三名に、


 関元「おい、少し休もうや。芋が消化しやがって、力が出ねえ」


関元が放屁(へ)をする。  

三名は呆れた顔で関元を見る。

太い樹の根元に腰をかける木原達五名。


 少し離れた樹の根元に、同じように俯いて兵士が座って居る。

木原が顎(アゴ)で指す。


 木原「おい。あれ・・・」


四名は木原が顎で指す先を見る。


 福原「何処の兵隊でしょう」


福原は重い腰を上げて兵士の傍に近寄る。

兵士の周りに沢山の蠅(ハエ)が飛んでいる。


 福原「おい、キサマ! 起きろ。大丈夫か」


揺り動かす福原。

兵士の「鼻の穴」から蛆(ウジ)がこぼれる。

死臭が鼻を突く。

福原は腕で自分の鼻を塞ぎ、破れた軍服の「腕章」を見る。


 福原「『3』か。川口の残兵だな・・・。可哀そうに」


福原は合掌して木原の所に戻る。


 福原「川口支隊の兵隊ですわ。・・・抜け殻です」


木原は一点を見つめ、


 木原「この間の突撃で残った兵隊だろう。一撃で死んだ方が良かったのになあ」

                         つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る