第22話 ネズミ

 朝・・・。

ジャングルは蒸し風呂の様である。

日本軍が切り開いた、一本の細い道(丸山道)が伸びている。

昨夜の豪雨で流れて来た日本兵の死体(骸)。

骸は雑木に引っ掛かって悪臭を放っている。

それを見ながら木原少尉達七名が営舎に向かう。

大宮が頼りなく、


 大宮「曹長殿・・・」


関元の力の無い返事が。


 関元「うん?」

 大宮「あの、さっきから俺達の後を誰かが付けて来るような・・・」


関元は無気力に、


 関元「そうか。・・・何ッ?!」


関元は我に返り、驚いて振り向く。


 関元「あッ、木原さん! 後ろ」


木原が振り向く。


 『早坂再生兵(ジブン・日下勇作)』と昨日まで一緒だった戦友(再生兵)達が、木原少尉達の後ろに付いて来る』


木原は驚いて、


 木原「中隊長殿! 生きて居(オ)られたんですか」


早坂再生兵は優しい笑みを浮かべて、


 早坂再生兵「おお。ずっとオマエ達の周りに居たぞ」

 木原「自分達の周り? え、ユウレイ? 幽霊に成ったのですか」


 痩せた森 が「芋」を手にぶら提げてジャングルの中から出て来る。

見張りの大宮が樹の根元に座っている。

大宮は一点を見詰めて動かない。

森は大宮に近付き、


 森 「大宮さん!」


大宮が驚いて我に返る。


 大宮「あ、ヤマ!」

 森 「私です。芋を掘って来ました」

 大宮「イモ?」


大宮は森 のぶら提げた芋を見るが関心がない。


 大宮「・・・喰えるのか?」

 森 「喰ってみなければ分りません」 


骨と皮の大宮は情けない表情で森を見る。

森は木の枝を杖(ツエ)代わりに、ホラ穴営舎に消えて行く。


 営舎の中。

隅では木村が『マラリア』に罹(カカ)り、臥せっている。

木原が俯いて壁に寄り掛かっている。

関元は横に成っている。

福原も壁に寄り掛かり寝ている。


 頬がこけた森 がホラ穴兵舎に入って来る。

直立不動の姿勢で、


 森 「報告します! 森 は芋を調達して来ました」


木原は片目を開き、


 木原「うん? 喰えるのか」

 森 「と思います! 私が先に毒見をします」


関元が横に成りなり振り向きもせず、


 関元「煮れば喰えるだろう。オマエ、火を熾(オコ)せ」

 森 「はい」


森は消えそうな焚火の中に枯れ草を入れる。

木村がますます咽込む。


 森 「木村さん、申し訳ありません」


森が芋を銃剣で切って飯盒に入れる。

ジッと森を見ている木原と関元、福原、河野。

森は飯盒を二つ持って、


 森 「水を入れて来ます」

 関元「ミズ? ああ水か・・・気を付けろよ」


暫くして、森が水を溜めた飯盒を二つぶら下げて戻って来る。

芋を入れた水が噴いて来る。

森は芋を箸に挿し試食する。

木原と関元は唾を飲み込みながら森を見ている。

木村が煙を吸って更に咳き込む。

木原が木村を見て、


 木原「木村。大丈夫か?」


木村は弱々しく、


 木村「はい。ご迷惑お掛けます」

 木原「メイワクか・・・」


森は芋を試食してみる。


 森 「・・・旨めえ! 喰えます」


木原が力なく、


 木原「そうか。俺にも喰わせろ」


関元は木原を見詰めて、


 関元「喰えますか?」

 木原「まあ、・・・イケル、かな? ブタ肉でも入ればな」

 福原「それを言っちゃあいけませんよ」


木原が関元に箸に刺したイモを渡す。

関元が口に運ぶ。


 関元「・・・そんなに旨いもんじゃ有りませんがね。味がない」

 木原「おい、森。大宮も呼んで来い」

 森 「はい!」


森がホラ穴を出て行く。

咳が止まらない木村を見て福原が、


 福原「キニーネでも有れば治るのになあ。これじゃあ、見殺しだ」


木原は何かを決断した様に、


 木原「福原!」

 福原「は?」

 木原「喰ったら突撃をかけるぞ!」


福原は驚いて、


 福原「は~あ?」

 木原「アメ功のキャンプに調達に行くんだ」

 福原「ああ、鼠ですね。このまま餓死するのを待っててもしょうがねし。いちょうヤリますか。ついでに、薬も調達出来ねえものかなあ」


福原が軍隊手帳に鉛筆を舐めながら調達物を書いて行く。

読み上げる福原。


 福原「え~と、缶詰め、米、お茶、味噌、塩、薬 ・・・あと、何か有りますか?」


木原は呆れて福原を見、


 木原「おい、福原。買い出しに行くんじゃねえぞ。とにかく持てるだけの食糧を調達するんだ」


 森がホラ穴営舎に入って来る。


 木原「ご苦労さん。まあ、芋でも喰え」


森は空腹で声に力が入らない。


 森 「あ、はい。 頂きます」

 木原「河野は?」

 森 「見張りを代わってもらいました」


芋を貪る森 。

木原は森を見て、


 木原「おい、オマエ歩けるか」


森は木原の突然の言葉に、


 森 「え! 何か始めるんですか」

 木原「突撃だ」


森は驚いて(ムセ)る。


 森 「ゴホゴホ。ト、トツゲキ?」

 関元「調達に行く」

 森 「ああ、例のアレですね」


木原は大宮を見て、


 木原「オマエは?」

 大宮「歩けます。どうせ死ぬんなら腹一杯喰って、最後に弾でも喰らった方が良い」


関元は大宮を見て。


 関元「うまい事言うな」


六名は力なく笑う。


 木原「森、その芋を喰ったら河野と見張り代わってやれ。アイツ、一口しか喰ってねえからな」

 森 「あ、はい」

 木原「それから、突撃の時はオマエは残れ。木村が居るし」

 森 「分かりました。やられないで下さいよ。俺一人残されたら夢も希望も有りませんから」


木原は森を見て薄笑いを浮かべる。

森がホラ穴営舎を出て行く。


 木原「よし、一休みしたら行くぞ」


五名の気合いの入らない返事が返って来る


 五名「はい・・・」

                         つづく

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