第20話 十基の『再生兵』

 霧雨は雨に変わり、暫くすると大雨に変わる。

早坂中隊(残兵十七名)は関元曹長を先頭に、川に変わったジャングルの道を飛行場まで粛々と進んで行く。

ルンガ(ヘンダーソン)飛行場の灯りが雨にしぶいて見えて来る。

兵士達の鉄帽(ヘルメット)から雨水が流れ落ちている。


 中隊の十七名が息を殺して雨の草むらに伏せて居る。

数名の米兵達が、飛行場を囲む壕の中を蠢(ウゴメ)いている。

前方の窪みに、早坂中隊長が腕時計を見ながら木原と小声で話しをしている。


 暫くして、木原が関元の傍に転がって来る。

木原が胸ポケットから懐中時計を取り出す。

時計の針は「十九時二十分」を指す。


 木原「そろそろ始めるか」


関元が米軍キャンプの灯りに照らし出された、三台の戦車(M4)を指さし、


 関元「あそこに戦車が並んでいます」


木原は関元の示す方向を見て、


 木原「うん」


関元は傍に隠れる『斎藤・大宮・井上・浅田』を呼ぶ。

関元の傍に四名が集まる。


 関元「俺とオマエ達で戦車(M4)をやる。工作車の方は木原少尉、お願いします」

 木原「よし、分かった」


関元は四名を見て、


 関元「分かったな」

 四名「はい!」


気合いの入った四名の掠れた声。

木原の周りには『西山・市村・木村・野々宮』の四名が集まって居る。


 木原「よし。西山、市村、木村、野々宮! 俺に続け。目標はあそに見える六台の工作車(ブルドーザー)だ」

 四名「はい!」


早坂達数人が木原と関元の傍に転がり込んで来る。

木原が驚いて、


 木原「あ、中隊長!」

 早坂「うん」


木原が報告する。


 木原「関元、斎藤、大宮、井上、浅田の五名で戦車(M4)をやります。私と西山、市村、木村、野々宮の五名で工作車をやって来ます。後は宜しくお願いします」

 早坂「分かった。俺と、佐籐、岡田、河野、森で戦闘機をぶっ潰す。いいか!」

 四名「はい!」


早坂は周りに集まる兵士達をじっと見つめ、


 早坂「みんな。死ぬなよ!」

 兵士達「はいッ!」


と突然、早坂中隊長の肩を叩く者がいる。

驚いて振り返る早坂。

佐々木再生兵、野村再生兵、高橋再生兵、濱田再生兵、鈴木再生兵、菅井再生兵、山本再生兵、の七基が早坂の周囲を囲んでいる。

早坂が驚いて、


 早坂「おお、キサマ等!」


その声に木原と関元以下全員が振り向く。

木原が、


 木原「あッ! ご、ご苦労様です。これから始めます」

 佐々木再生兵「中隊長。我々は先に行きます。用意が出来たら戦車の上から『青い灯』を点滅します」

早坂は丸腰の佐々木再生兵達を見て、


 早坂「キサマ達、銃は持たないのか」

 佐々木再生兵「銃はいりません、皆さんを見取るだけです」

 早坂「? オマエ達はこの間の戦いで敵の戦車を奪ったな」

 佐々木再生兵「あれは野村伍長の手柄です。今はそこに『再生兵』と変わって居(オ)りますけれど・・・」


早坂は振り向く。


 早坂「・・・そうだったな。キサマも幽霊になってしまったんだな。・・・頼むぞ。俺達を見取ってくれよ」


野村再生兵は早坂中隊長を見て、黙って頷き笑う。

腕時計を見る早坂。

時計の針が『十九時二七分』を指す。


 早坂「そろそろ始めるぞ」


早坂が振り向くと佐々木再生兵達は消えている。

暫くすると戦車(M4)の砲塔から「青い灯り」が点滅する。

雨は更に激しく降りしぶく。

早坂はそれを見て、


 早坂「お、佐々木だ。よし、 木原、関元、頼むぞ!」

 木原・関元「はいッ!」


木原が五名を見て、


 木原「・・・行くぞ。続けッ!」


大雨の中を中腰で走って行く『生きている兵士』達。


 早坂「よし! 佐籐、岡田、河野、森。俺に続けッ!」

 四名「はいッ」


四人の悲鳴の様な押し殺した声が。

中腰で早坂に続く四名。


 関元「よ~し、行くぞ・・・」


斎藤と大宮、井上と浅田が背を低くして雨の中を突進して行く。

痩せた兵士達の腰にぶら提げた手榴弾の当たる音が続く。


 空は猛烈な雨になる。

有刺鉄線の向こう側の壕に米兵達の懐中電灯の灯りが漏れている。

突然、夜空に閃光が走る。

壕の中の米兵と伏した日本兵が、雨の中にはっきりと映し出される。

轟音と共に雷鳴が轟く。

早坂は暗い雨空を見詰めて、


 早坂「・・・雷(カミナリ)か」


稲妻の中に戦闘機(F4Uコルセア)の機影が浮かび上がる。


 早坂「よし、操縦席の中に手榴弾をぶち込め。一人一機(ヒトリイッキ)だ。かかれ!」


『地下足袋(ジカダビ)の早坂』が戦闘機(F4Uコルセア)の変形翼に登り風防を開く。

手榴弾を放り込む早坂。

早坂は急いで翼から飛び降りる。

残りの四名(佐籐・岡田・河野・森 )が次々と戦闘機(F4Uコルセア)に走り寄り、翼に飛び乗る。

風防を開けて手榴弾を投げ込み、飛び降りる。

手榴弾の爆発音が雷音にかき消され、米兵達は気が付かない。

戦闘機(F4Uコルセア)の周りが火の海に変わる。

「火炎」に気付いた監視塔の米兵が、探照灯(サーチライト)を回転させる。


稲妻で三台の戦車(M4)の残像が眼に焼き付く。

関元以下四名(斎藤・大宮・井上、浅田)が戦車に貼り付いて砲塔に上がる。

雷鳴が鋭く轟く。

関元がハッチを開けて手榴弾を投げ込む。

壕の中の米兵達は全く気付かない。

関元は戦車から飛び降り、中腰で次の戦車(M4)に急ぐ。

稲妻に照らし出される関元。

斎藤が戦車のハッチを開け手榴弾を放り込む。

戦車(M4)から飛び降りる斉藤。

関元が叫ぶ。


 関元「ヨシ、もう一両だ!」


大宮の悲鳴の様な返事。


 大宮「はいッ」


ドブ鼠の様な五名。

大宮が戦車(M4)によじ登り、ハッチを開け手榴弾を放り込む。

監視塔の探照灯サーチライトが戦車(M4)を照らす。

同時に激しい「機銃掃射」があちこちから起こる。

曵光弾が糸を引く。

十字砲火である。


 木原が工作車(ブルトーザー)のボンネットを開けて、片っ端から手榴弾を放り投げて行く。


 木原「急げ、急げ! 逃げろ~」


激しい機銃掃射。

銃弾が木原を掠める。

椰子の樹に銃弾が大量に刺さる。


 テントの中に飛び込む関元と大宮。

それを追うようにして木村と福原、森 が飛び込んで来る。

全員の息が荒い。

関元が放心状態で、


 関元「斎藤と浅田は」

 大宮「俺の後ろに居たのですが」

 関元「・・・その内来るだろう」

 福原「野々宮も居ません」


  早坂中隊長(戦死)

  西山軍曹(戦死)

  佐籐上等兵(戦死)

  斎藤上等兵(戦死)

  市村上等兵(戦死)

  浅田一等兵(戦死)

  岡田一等兵(戦死)

  野々宮一等兵(戦死)

  渡辺二等兵(戦死)

  井上二等兵(戦死)


 オレ(日下の魂)は早坂中隊長の死体(骸)の傍に立った。


他の魂が西山軍曹の骸(ムクロ)に触れる。

西山軍曹は何も無かったかの様に立ち上がる。

『西山再生兵の誕生』である。

暫くすると魂に触れられた九体の骸(ムクロ)が『再生兵』と変わり、立ち上がる。


ジブン(日下の魂)は早坂中隊長の死体に触れた。


故早坂中隊長も何も無かったかの様に立ち上がった。

早坂再生兵の軍装は新しい装備に変わっている。


 『早坂再生兵(日下勇作の魂)が誕生』した。


ジブン(日下勇作)の『空の鉄帽』が水溜りに転がって行く。


他の『再生兵達の軍装』も全て新しい物に変わっている。

探照灯(サーチライト)が十基の『再生兵の群れ』を照らす。

                         つづく

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