第15話 野 豚

 「ターン・・・」


一発の銃声がジャングルに響く。

森は驚いて伏せる。

匍匐で音の方向に向かう森 。

森は藪の中からそっと顔を出す。


 渡辺が野豚の上に腰かけている。

森は安心したかのように周囲を見回し、立ち上がる。

豚を見て、


 森 「おお! 仕留めたな」

 渡辺「うん。オマエは何処(ドコ)に行ってた?」

 森 「! すまん。・・・兵隊と会ってな」

 渡辺「ヘイタイ?」


森は渡辺の傍に歩み寄り、


 森 「うん。・・・住吉部隊の戦車兵だ」

 渡辺「スミヨシのセンシャヘイ!?」


力無く驚く渡辺。


 森 「お別れをして来た」

 渡辺「オワカレ?・・・そうか。昨夜の声の主だな・・・」

 森 「あの銃声はオマエか」

 渡辺「うん?・・・そうだ」

 森 「敵に見つかるぞ」

 渡辺「敵なんか怖くねえ。餓死の方がよッぽど切ねえや」


渡辺の足元に蟻(アリ)の行列が通る。

先頭の蟻が、地面に出て来たミミズに噛み付く。

ミミズは暴れている。

蟻達は見る見るうちにミミズに喰らいつく。

森はその蟻を見ながら


 森 「餓死(ウエジニ)か・・・」


渡辺が仕留めた豚の尻を叩き、


 渡辺「よしッ! コレを運ぼう。これで三日ぐれえは生き延びられる」


森と渡辺はブタの両手足を棒に通しヨタヨタとジャングルの中に消えて行く。


 痩せた残兵達が俯(ウツム)きながら樹の根元に座って居る。

すると藪(ヤブ)を掻(カク)く音がする。


 西山「誰か来るぞ、伏せろ!」


残兵達が38銃の槓桿(遊底)を下げて照準を合わせる。

市村が小声で、


 市村「ヤマ・・・」

 声 「カワ!」


藪の中から森 と渡辺が出て来る。

棒の間にブタの足を通し、前後を二人で担いでいる。


 市村「何だオマエ等か」


市村はブタを見て眼の色が変わる。


 市村「おおッ! ぶッ、 ブタだ」


その声を聞いた西山が唾を飲みながら木陰から出て来る。


 西山「ブタと聞こえたぞ?」


痩せ細った木村もブタと聞いて岩の後ろから顔を出す。


 木村「さっきの銃声はオマエ等か」

 渡辺「すまん。ブタが居たので」


西山と元相澤中隊の残兵四名がノソノソとブタの周りに集まって来る。

全員ブタに視線が集中する。

唾を飲み込む兵士達。


 西山「おい、野々宮。中隊長に知らせて来い」

 野々宮「ハイ!」


早坂と木原と野々宮がホラ穴営舎の中から出て来る。

早坂の顔は青白く眼が窪み、まるで『幽鬼』の様である。

早坂は焦って、


 早坂「何処(ドコ)にある?」

 野々宮「あそこです」


木原は横たわるブタを見て、


 木原「おおッ! ブタだ。 勲章もんだな」

 野々宮「まことに、そうであります!」


早坂は、ブタの周りに集まる痩せた兵士達を見て、


 早坂「おい、 急いでメシの支度をしろ」


どよめく兵士達。


 早坂「おお、そうだ。佐籐! 営舎の隅に俺の集めたイモがる。あれを全部持って来い。ブタ汁を作れ。これが喰い収めかも知れんからのお。ハハハ」

 佐藤「はい!」


佐籐が急いでホラ穴営舎に入って行く。

                     つづく

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