第14話 木霊(コダマ)する声

 痩せ細った森 二等兵が樹の株にもたれかかって座っている。

ジャングルに奇妙な声が木霊(コダマ)する。


 声 「オ~イ・・・ノブコー・・・タスケテクレ~・・・」

 森 「・・・? おい・・・、誰か呼んでるぞ」


渡辺二等兵は夕飯の支度をしながら、


 渡辺「鳥の声だろう」

 声 「オ~イ・・・タスケテクレー・・・」

 森 「?・・・いや、ヒトの声だ」

 渡辺「南方の島には人の声を真似する鳥が居るそうだ。それにしても・・・。あの声を一晩中聞かされたら気が変になるぞ」


渡辺が飯ごうの蓋(フタ)を持って森の傍に座る。


 渡辺「さあ、メシだ。喰え」


森は蓋の中身を見て、


 森 「・・・何だコレは?」

 渡辺「ネズミだ」

 森 「ネズミ~?」

 渡辺「粥(カユ)と煮てあるから大丈夫だ」

 森 「カユ・・・米が見えんぞ」

 渡辺「一日十五粒! 中隊長の命令だ。だから十五粒入れてある」

 森 「十五粒か・・・。この白い蕎麦(ソバ)はオマエが打ったのか?」

 渡辺「それはミミズだ」

 森 「ミミズ?・・・」


森は気持悪そうにさ湯の様な「夕飯」を啜(ススル)る。

渡辺は森の顔を見て、


 渡辺「・・・旨いか?」

 森 「分からない。オマエも食え」

 渡辺「俺はいい」

 森 「いい? ・・・俺に食わせといてオマエは食わんのか。死ぬぞ」


また声が木霊(コダマ)する。


 声 「オ~イ・・・コロシテクレ~・・・」

 森 「もし俺があの鳥の様に成ったら殺してくれよ。どうせ国には帰れねーんだ。幽霊に成ってこの島で永遠に戦ってやる」

 渡辺「俺も頼む。どうせ、国に帰っても家族なんて居ねえし。ずっと此処で皆んなと暮らした方が良いや」

 森 「佐々木准尉達の夜はどうして居るんだろうな」

 渡辺「あの人達は別の世界に居るんだ。腹も空(ス)かずに俺達のことを見てるんじゃなか。何しろ一度死んだ人だからな・・・」

 森 「仏様は腹が減らねえのか・・・。俺も突撃して一度、死んだ方がましだったな。此処(ココ)は生き地獄だ」


ため息を吐く森。


 渡辺「焦らなくても明日は死ぬよ・・・」


 夜が明けて渡辺が森を起こす。


 渡辺「おい、森・・・。生きてるか」


片目を開ける森 。


 森 「・・・生きてるよ」

 渡辺「餌でも探しに行くか」

 森 「エサ? ああ、餌ね。・・・うん」

二人が38銃を杖代わりに起き上る。

野豚が獣道(ケモノミチ)を歩いて来る。


 森 「ブタ?! あッ、ブタだ」


渡辺が驚いて、


 渡辺「つッ、捕まえろ」

 森 「待て! 俺が先に廻る」


森が一人、ジャングルの中を急ぐ。


 樹の根元にボロボロの兵衣を纏った骨と皮の兵士が俯(ウツム)いて座っている。

森は兵士に近付いて声を掛ける。


 森 「おい!」


兵士はゆっくりと顔を上げる。

下半身から小便が流れている。

兵士は森を見詰め、掠れた声で、


 兵士「タ・・・ス・ケ・テ・クレ」


昨夜の声の主(ヌシ)である。

森は兵士に、


 森 「何処の部隊だ?」

 兵士「ス・ミ・ヨ・シ・・・」

 森 「スミヨシ?・・・住吉の戦車兵か。此処まで来ていたのか。他の兵は?」

 兵士「ワカ・ラ・ナ・イ」

 森 「申し訳ない。俺はオマエを助ける事が出来ない。勘弁してくれ」

 兵士「・・・ツ・レ・テ・ッテ・クレ」


森は兵士に向かって手を合わせ、


 森 「すまん。・・・スマン」


兵士の窪んだ片眼から大粒の涙がこぼれる。

森の目からも泪が溢れ出て来る。

兵士が握り拳(コブシ)を森に見せる。

黙ってその手を握る森。

兵士の拳(コブシ)の中から紙が覗く。

森は兵士の拳(コブシ)を開くと、クシャクシャに成った紙が手の中から出て来る。

その紙を取り開く森 。

「写真」であった。


 『出征時の写真』


写真には女と乳飲み子が映っている。


 森 「・・・ヨメさんか?」


兵士は首を縦に振る。

森は兵士を見詰め、


 森  「分った・・・分かったぞ。・・・そうか。そうか・・・」

泪が溢れて止まらない森。

兵士は、カ細い声で、


 兵士「ジュウショ・・・ウ・シ・ロ・ニ・・・」


兵士は力無く俯(ウツム)く。

森は突然立って、兵士に向かって「不動の敬礼」をする。

そして唇を噛んで、


 森 「もし、俺が生きて帰れたら・・・この写真のヨメさんに・・・キサマの最期を伝えてやるぞ・・・」


森は眼から、堰を切った様に涙が溢れ出て来る。

そして、


 森 「頼むから、俺を恨まないでくれよ」


の言葉を残して、森が淋しく急いで立ち去って行く。

                         つづく

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