第5話 二人の斥候兵

 ジブン(日下勇作)は斥候兵の『佐籐上等兵』を見守った。


佐籐はジャングルのケモノ道を一目散に西に下って行く。

声が聞こえる。

佐藤は急いで茂みに隠れる。


 声 「・・Rock 7,Rock 7・・・ , I'm going to east.There isn't a Japsoldier・・・」


38銃を構え息を殺す佐藤。

先頭の一人は自動小銃を、間(アイダ)の一人は無線機を背負い、シンガリの一人は軽機銃を構えながら通り過ぎて行く。


 オガタ(緒方善吉)はもう一人の斥候兵『菅井上等兵』を追いかけて見守っていた。


菅井はジャングルのケモノ道を南へ下って行った。

空き地に日本兵の骸が四体、転がっている。

骸の腹部。銃創からは蛆(ウジ)が湧いている。

地雷に触れたのか、一体は下肢が無い。

骸は、蠅(ハエ)が小豆(アズキ)を撒いた様にたかっている。

菅井は骸に合掌して、また藪(ヤブ)の中を走って行った。


早坂中隊が夜営の支度をしている。


 早坂「おい、斥候が戻るまで米は三十粒迄だぞ。梅干しはシャモジ、一切れだ!」

 兵士達「はい!」


早坂は森 二等兵(森 秀雄)の飯盒炊飯を見て、


 早坂「おい、もっと水を入れろ、バカ者」

 森 「あッ、ハイ」


河野上等兵(河野源太郎)が、


 河野「中隊長殿!」

 早坂「うん?」

 河野「先ほど、バナナの実が菜って居りました」

 早坂「そうか。 採って来い」

 河野「は!」

 早坂「気を付けろ。敵の狙撃兵が居るかも知れんからの」

 河野「大丈夫です。アメ功は五時で仕事は終わりです」


兵士達が大笑いする。

早坂は河野上等兵を睨んで、


 早坂「良いから早く採って来い」


 ジャングルに地獄鳥の啼く声が木霊(コダマ)する。


斥候兵の佐籐が月明かりの下で腰袋から「乾パン」を摘み口にする。

眼を凝らして川辺り(カワべリ)を見ると、「米兵の骸」と「日本兵の骸」が転がっている。

米兵の骸は拳銃を握って、日本兵の骸は銃剣を握っている。

それを見て、


 佐藤「・・・相討ちか」


佐籐は米兵の装備を見詰めている。

米兵(骸)のショルダーバックの中から「缶詰め」が覗いている。

骸に近付き、バックを開く。

中からは缶詰め、パン、チョコレート、ガムが出て来る。

佐籐は夢中で缶詰めを手に取り、銃剣の先で蓋を開ける。

バックの中を漁ると、「ナイフ付きホーク」が出て来る。

ホークで缶詰めの中身をむさぼる佐藤。

ふと米兵の肩に掛った薄い皮の『図嚢カバン』に目をやる。

佐藤は米兵に近づき、骸の肩から図嚢カバンを外す。

カバンを開けると中から『地図』と方位計コンパスが出て来る。

月明かりに照らして地図を広げる。

地図上には『飛行場』が描かれている。

佐籐は驚いて、


 佐藤「あッ! 飛行場だ。? この印は敵の配置か? 此処(ココ)が俺の今、居る川だな。俺は・・・ああ、東から来たんだ。と云う事は今の中隊の位置は・・・此処か。俺達の部隊は・・・あれ!? これは、まったく逆だ。反対側に進んでいる。俺達は何処(ドコ)へ上陸したんだ?・・・ええッ! 上陸地点が反対側だ。こッ、これは! 早く部隊に知らせなければ」


佐籐は缶詰めをほおり投げて、月夜のジャングルの中を走って消えて行く。


 もう一人の斥候兵、菅井も岩陰で「乾パン」を食べている。

それを見守るオガタ。

菅井は水筒の水を一口飲み月を眺めて、


 菅井「綺麗な月だなあ。戦争か・・・。内地じゃ皆どうしてるんだろう。もう田植えは終った頃だろうなあ」


と、突然、枝が折れる音が。

菅井が急いで38銃を取り、音の方向に構える。

人影が見えて来る。

菅井は決められた合言葉を小声で言う。


 声 「ヤ・・・マ!」


人影も小声で、


 声 「タカ」


再度、菅井が、


 菅井「ヤマ・・・」

 声 「タカ!」

 菅井「タカ? おお? 児玉中隊か」


人影が、


 人影「早坂中隊か?」


二人が立ち上がる。

近寄って月明かりの下で互いを確認する。

菅井が、


 菅井「キサマ、一人か?」

 兵士「ああ、部隊がはぐれてのう。俺は斥候だ」

 菅井「斥候? 何だ、俺もだ。児玉は何人残ってる」

 兵士「九名だ。ほとんどやられちまった。隊長もやられた」

 菅井「隊長も!」

 兵士「早坂は?」

 菅井「俺を入れて九名だ。オマエ等の部隊と同じだ。中隊長は生きとるぞ」

 兵士「えッ? 早坂中隊長は生きてる? よし! 俺達は早坂隊に合流しよう。此処に居てくれ。直ぐに皆を呼んで来る」

 菅井「傍に居るのか?」

 兵士「うん」

 菅井「戻る道は分かるだろうな」

 兵士「枝に手拭いを裂いて目印を付けて来た」

 菅井「ハハハ。ジブンと同じだな。気を付けて戻れよ」

 兵士「分った。キサマの名前は?」

 菅井「菅井上等兵だ。オマエは?」

 兵士「大宮 滋上等兵だ」


大宮が月明かりのジャングルに消えて行く。


佐籐が藪の枝をかき分けながら「隊」に戻って来る。

兵士達はその音を聞いて、静かに木陰に隠れる。

小声で合言葉を掛ける早坂。


 早坂「ヤ・マ」

 声「カワ」


佐藤が藪の中から顔を出す。


 佐藤「何だ、佐籐か。 怪我は無いか」


早坂が木陰から出て来る。

兵士達も藪陰から顔を出す。

佐籐は早坂に挙手の敬礼をして、


 佐藤「佐籐上等兵、只今戻りました!」

 早坂「よし、ご苦労。どうだった」

 佐藤「はい。 地図を手に入れました」

 早坂「何、チズを?」


月明かりの下で佐籐の周りに集まって来る兵士達。

佐籐は肩に掛けた米軍の「図嚢カバン」を外し、中から地図を取り出す。


 佐藤「・・・これです」

 早坂「見せろ」


佐籐の手から地図を取り上げ、倒木の上に広げる早坂。

野村伍長が近寄って来て、早坂の広げた地図を覗く。


 早坂「佐籐、説明しろ」

 佐藤「は!」


佐藤は枝を拾い現在地と飛行場、米軍の位置を説明する。


 佐藤「此処が現在地です。これがルンガ飛行場。此処が上陸地点の西海岸。と云う事は、我々は飛行場から離れて進んでいます」


早坂は驚いて、


 早坂「何? 南と北を間違って進んでいたと言うのか?」

 佐藤「はい・・・」


早坂は佐籐を見て、


 早坂「ヨシ、良くやった。休め! 夜が開けたら戻る」


残兵達は納得出来ない顔で早坂を見る。


 兵士達「戻る? ・・・分かりました」


夜明け近く、菅井が戻って来る。

歩哨の河野が小声で、


 河野「ヤマ」

 声 「カワ」


菅井が小枝を掻きわけ、顔を出す。

河野は菅井を見て、


 河野「おお、菅井! 生きてたか」


菅井はニンマリと笑い、


 菅井「実はな、児玉中隊と一緒なんだ」


河野は驚き、


 河野「何! コッ、コダマと? 中隊長も一緒か」

 菅井「中尉殿はやられたらしい。残兵の九名とだ」

 河野「九名? 分った。今、中隊長を起こす」

                         つづく

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