校外学習 理由②
「……」
あの早瀬という人は誰なのか。
何の話をしていたのか。
それを聞いても良いのか分からなくて、私はただ無言で陸斗くんを見ていた。
私の無言の訴えに気付いた陸斗くんは、髪とメガネを直してから口を開く。
「あの人は早瀬さんっていって、俺より前の火燕の総長やってた人なんだよ」
その言葉に驚きつつも、納得する。
だって、早瀬さんっていかにも不良やってますって感じだったから。
「前に、俺が今の学校に来た理由話しただろ? そのときお前、何で親父のいう事聞いて反発しなかったのかって聞いてきたよな?」
「ああ……」
思い返しながら相槌を打つ。
確か陸斗くんにメイクをした時の話だ。
「その反発しなかった理由があの人なんだよ」
「そう、なの?」
一応相槌は打つものの、どういった経緯があったのか想像もつかなくて小首を傾げる。
「早瀬さんもケンカ強くて、どっかの暴力団の子分から声がかかってさ、いずれ舎弟になってやるってついてったはいいけど、早々に抗争の捨て駒にされて切り捨てられちまった」
「……」
暴力団なんて言葉が出てきて、どんな反応をすればいいのか分からなくなる。
縁のない世界だから、良く分からないって言うのが正直なところだ。
「それで大ケガして入院したときに見舞いに行ったんだ。そんな人でも、俺にとっては尊敬できる人だったから」
そこでこう言われたそうだ。
『俺にはこの生き方しかなかった。だから少なくとも後悔はしてねぇ。でもな、お前はまだ中学生のガキだ。頭も良いし、十分やり直せる。取りあえず一度、普通の学生生活ってもんをやってみるのも良いかもしれねぇぞ?』
と……。
「そのすぐ後くらいに親父が今の学校のパンフレット持ってきたからな。まあ、行ってみるか、くらいの気持ちで受けたんだよ。……でも、早瀬さんがどうしてあんなこと言ったのかだけ分かんなかった」
過去を思い返しながらそこまで言った陸斗くんは、顔を上げて「けど」と続ける。
「さっき会って分かったよ。あの奥さんの存在があるからだろ。って言うか、腹の子供のためかな?」
多分父親になるって思ったとき、子供に後悔させたくない、自分と同じ道を歩ませたくない。
そんな気持ちになったんだろう。
そして、弟の様に思っていた陸斗くんを見てあんな言葉が出てきたんじゃ無いか、と陸斗君は語った。
「そっか」
そんなことがあったんだね……。
という事は、早瀬さんがいなきゃ陸斗くんは私と出会うことは無かったってことか。
陸斗くんがいなかったら……そう考えたら、何だか寂しいと思った。
「じゃあ、私も早瀬さんに感謝しなきゃね」
「ん?」
何で? と不思議そうに見下ろされる。
私は笑顔でその顔を見上げた。
「あの人がそう言ってくれなきゃ、陸斗くんに出会えなかったってことでしょ? 陸斗くんが近くにいないなんて、考えられないもん」
だから感謝しなきゃね、と繰り返した。
そうそう、メイクも出来なかったしねーなんて思いながら歩き出そうとすると、つないでいた手をグイッと強く引かれる。
「え?」
気付いたときには手が離され、代わりに後ろからギュッと抱きしめられていた。
「え?」
何?
なになになになに⁉
背中に制服越しでも分かる陸斗くんの体温を感じる。
閉じ込めるように私の胸の前で組まれた手が、グッと強く握られていた。
「っお前なぁ……。ホントに、狙って言ってるんじゃねぇだろうな?」
「え? 何? 私変なこと言った?」
こんなことをされるようなことを言った覚えがなくて、ただただ驚く。
「……狙ってねぇところがまたタチが悪ぃ。……あー、キスしたい。いいか?」
「っダメ!」
良く分からないけれど、こんな人前で抱きしめられるのも恥ずかしいのに更にキスとか無理無理絶対無理!
だからすぐに拒絶したのに、陸斗くんは「じゃあせめてもうちょいこのままでいさせろよ」と私の肩に頭を置いた。
首に掛かる彼の髪がくすぐったかったり、背中に感じる体温が妙に気恥ずかしかったり、周りの目が気になったり。
私にとってものすごく精神力を削られる一時になった。
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