校外学習 理由①

「とりあえず、俺らは離れるか」

「……そうだね」

 未だにお互い頬を染めながら、見ているこっちが恥ずかしくなるような初々しいやり取りをするさくらちゃんと花田くん。

 ちょっと二人の世界に入ってる感じだったし、私たちはいない方がいいかも知れない。

 とはいえ何も言わずに離れるわけにもいかないと思い、掛けづらいけれど声を掛けた。


「えっと、とりあえず別行動にしようか?」

「え⁉ あ、そ、そうだな」

 慌てて頷く花田くんはやっぱり可愛く見える。

 本当はこういうタイプの人だったってことなのかな?

 さくらちゃんがよく見てたってことだよね。

 

「あ、ごめんね。その……日高くんも巻き込んじゃって」

「いや、まあ。仲直りしてくれたならいい」

 さくらちゃんに謝られた日高くんも二人が仲直りしてくれて安心したみたいだ。

 ふぅ、と息を吐き自然な仕草で私の肩を抱く。

「えっ⁉」

 突然のスキンシップに心臓が大きく跳ねた。

「じゃあ俺は灯里と回るから、お前らはもっとよくお互いを知るためにも二人で回れよ」

 ニヤッと笑って花田くんたちに告げる。

 日高くん、何だか顔バレしたせいか本性も隠さなくなってる気がする。


「日高、お前なぁ……って言うか倉木さんの事いつの間にか名前呼び捨てになってるし」

「羨ましいならお前らも名前で呼べばいいだろ?」

「羨まっ⁉ しい……とも思わなくはないけど……」

 まだまだ赤くしたままの顔で視線をさ迷わせる花田くん。

 右往左往していた視線がさくらちゃんに向くと、更に赤くなる顔。

 うわぁ……本当のゆでだこ状態ってこういうのを言うのかも。

 なんて、微笑ましい気分で思った。


「あーはいはい、そっちはそっちでやってくれ。って事で、じゃあ後でな」

 そう告げて、日高くんは私の肩を抱いたまま歩き出す。

「えっ、ちょっ! 日高くん?」

 戸惑って、離れようとすると更に強く抱かれて緊張してしまう。

 何も言えずにされるがままでさくらちゃんたちから離れると、「そういえば」と日高くんが呟いた。

「いつまでお前は俺を日高くんって呼んでるんだ?」

 低い声で言うから怒っているのかと思って顔を見上げると、そうでは無く不貞腐れているだけだと分かる。

 怒り顔というよりはねているみたいだったから。


「え? だめなの?」

 最初からこの呼び方だったし、変える必要あるのかな?

 こ、恋人になったならともかく、まだ私は返事をしていないんだし。

 そう言えばそっちの返事とかも、いつまでも待たせるわけにはいかないよね?

 美智留ちゃんはゆっくりで良いっては言ってたけれど……。

「ダメじゃねぇけど……よそよそしいって言うか……」

 考え込みそうになる私に、今度こそ拗ねた様子の日高くん。


「よそよそしい、か……」

 まあ、恋人じゃなくても仲良くはなっているし、もうちょっと親しみのある呼び方をしても問題はない、のかな?

 大体日高くんは私の事名前呼び捨てだしね。

 でも日高くんじゃないなら……日高? うーん、呼び捨てはちょっと抵抗あるなぁ。

 名前は陸斗だよね。陸斗くん……?

 うーん、いや、いっそ――。

「じゃあ、りっくんとか?」

「いきなりあだ名呼びかよ⁉」

 驚かれた。


「お前、たまに斜め上を行くよな……」

 とため息をつかれ、「陸斗って呼べよ」と要求される。

 呼び捨ては抵抗があると思っていたのでちょっと躊躇ためらっていると。

「呼べよ」

 耳元まで近付いた彼の唇が甘い声で囁く。

 何⁉ このフェロモン出しまくり男子は!!

 何だかもう訳が分からなくなって、取りあえず言う通りにする。


「っ! り、くと……くん」

 それでもやっぱり抵抗があって最後には“くん”を付けてしまう。

「……陸斗」

 短く呼び捨てろと要求されるけれど、何かもう色々無理で私は言葉も出せずに首を横に振った。

「……仕方ねぇなぁ。それで我慢してやるよ」

 ちょっと不満そうだったけれど、そう言って顔を離してくれる。

 ふぅー、と息を吐いてドギマギする胸を落ち着かせた。

「ひだ……じゃなくて、陸斗くん。手も放してくれないかな?」

 ちょっと冷静さを取り戻せたので、肩の手も離してもらえるように頼む。


「……やだ」

 まるで駄々をこねる子供のような言い方に力が抜ける。

 まあ、さっきみたいに顔を近付けられて色っぽい声でささやかれるのじは勘弁してもらいたいけれど。

「でも色々と私の心臓が持たないから、離してほしい……」

 理由もちゃんと話すと、陸斗くんは二度ほど瞬きをしてニィと口角を上げた。

「ふーん、じゃあしゃーねぇな」

 そう言って肩から手を離し、背中を撫でるように移動したかと思うと陸斗くん側の手を取られる。

 組むように繋がれたそれは、雑誌で見たことがあった。

 恋人つなぎってやつだ。


「これで勘弁してやるよ」

 意地悪く笑う陸斗くんに、私は「はわわわ」と変な声を上げることしか出来ない。

「っぷは! お前、ホント面白れぇな」

 そう吹き出す陸斗くんだけれど、手は離してくれなかった。

 そのまま歩き出す陸斗くん。

 私は恥ずかしくて彼を見ることも出来ず、男らしい硬い手を感じながらただ付いて行く。

 そうして視線を他に向けていたから気付いた。

 一人の飼育員と思われる男の人が、こっちをずっと見ていることに。


 知ってる人だったかな? と思ってジッと見つめていると、私が見ていることに気付いたらしいその人はサッと目を逸らしてどこかへ行ってしまった。

「……」

 何だろう。

 嫌な予感が……。

 あの人は誰だったろう? と記憶を探っていると、突然陸斗くんが立ち止まる。

 見ると、一点を見つめて微動だにしない。


「どうしたの?」

 聞いても、聞こえていないのかやはり動かない。

 仕方ないので視線の先を追ってみる。

 平日なのでそれほど人は多くはないけれど、他にもお客さんはいる。

 その中の一人。いや、一組の夫婦らしき人たちを彼はじっと見ていた。

 若い男女。どっちも二十代前半っぽい。

 若いのに恋人じゃなくて夫婦らしいと思ったのは、女性のお腹が膨らんでいたから。


 知り合い、なのかな?

 でもどっちと?

 男の人はオシャレ、と言えば聞こえはいいけれど、ピアスをいくつもつけていたり歩き方などの仕草が不良っぽい。

 対して女の人はシンプルなワンピースにカーディガンを羽織っていて、一見質素に見えるけれど彼女の容姿の華やかさが逆に際立っている。

 メイクが控えめなのは、妊娠中だからなのか。


 そんな風についつい見つめてしまっていると、男性の方が私たちに気付いた。

「オイ、お前ら何見てんだぁ?」

 ガラが悪い。

 メンチを切るとはこんな感じじゃなかろうか、と思いながら私はつい陸斗くんの袖にしがみ付いた。

 でも当の陸斗くんは怯えるでも、ケンカを買うでもなく、喜色の笑顔で彼に声を掛ける。


「早瀬さん! ケガ治ったんすか⁉」

「は?」

 予想外の反応に男性の方が眉を寄せていぶかしむ。

 陸斗くんは片手でメガネを外し、器用に髪をかき上げた。

「俺っす。陸斗です」

 嬉しそうに名乗った陸斗くんに、早瀬さんと呼ばれた男の人がこれでもかというほどに目を見開く。

「は? 陸斗? お前学校は? っていうか何でそんなカッコしてんだよ?」

 早瀬さんの方も喜びの表情になる。

 笑うとそこまで怖くはなかった。


「校外学習ってやつですよ。この格好は……まあ、カモフラージュというか……」

 そんな風に答えている陸斗くんはまるで尻尾を振っているワンコみたいで……。

 何だかちょっと可愛かった。

「……陸斗くん、私離れてようか?」

 知り合いらしい人との再会に、私がいても良いんだろうかと思ってそう聞いてみる。

 でも、陸斗くんは「いや」と言って掴んでいる手に力を込めた。

「何だ陸斗? その地味な女は。まさか彼女とか言わねぇよな?」

「っ!」

 早瀬さんのぶしつけな言いように言葉が詰まる。


 彼女ではないけれど……地味な私は陸斗くんに似合わないと言われている様な気がして恥ずかしくなった。

 でも陸斗くんは恥ずかしげもなく言ってのける。

「彼女にしたくて口説いてる最中の女ですよ。それに、本来のコイツは地味なんて言葉皆無かいむですから」

 その言葉に私は恥ずかしがればいいのか、どういう意味だと突っ込めばいいのか分からなくなる。

 早瀬さんはハトが豆鉄砲を食らったような顔をした後、豪快に笑った。

「あっはっは! お前もやっとそういう事を言える相手を見つけたってことか」

 そして優しい目を陸斗くんに向ける。


「良かったよ。もしかしたら、俺が言ったことのせいでお前が逆に辛くなってたら困るなって思ってたからよ。……学校は、面白れぇか?」

 確認の様に質問する早瀬さん。

 陸斗くんはニヤッと笑って答えた。

「学校は特に面白くもねぇっすけど、前とは違った面白い仲間が出来たっす」

 それは、工藤くんたちの事だろう。

 友達とも言えるけれど、確かに仲間という言葉の方がしっくりくる気がした。


「そっか、良かったな」

 そう満足気に笑う早瀬さんに、今度は陸斗くんが質問をする。

「それはそうと、その人って……」

 それまで黙って早瀬さんの側に立っていた女性に視線を向けた。

「ああ、まあ。俺の奥サンってとこだ」

 予想通りではあるんだけれど、陸斗くんは納得と言った表情。

「やっぱり……だからあの時あんなこと言ったんっすね?」

「はは、バレたか。ま、何にせよ問題がねぇんなら良かったよ」

 本人たちにしか分からない会話をして、その場はお開きになる。

 二人は少し名残惜しそうではあったけれど、案外アッサリと別れの挨拶をして別れた。

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