ランチタイムトーキング
午前中の授業を何とか乗り切った。
数学の授業はノンストップと言っていいほど喋り続けていた
民人も自分が悪かったと本気で反省している為、ただただ黒板をぼーっと見続けるだけ。
さて、午前中の授業が終わったという事は、今は昼休み。昼食の時間であるという事だ。
俺の通っているこの高校には購買部であったり、学食というものはない。弁当を持って来るか、もしくは買いに出るかしないとならない。
ちなみに昼休み中に学校を出るのは問題ないが、制服のまま外食するのは禁止されている。下校の際は節度を守っておればある程度の外食は不問。
「食べよ食べよー」
林さんが自分の弁当を持ってこちらに歩いて来る。それに合わせて羽那子が自分の机を俺の机とくっ付ける。
「ほら、民人もくっ付けて」
「お、おう……」
林さんに促され、民人が自分の机を東条さんの机とくっ付ける。計四つの机がドッキングされ、一つの島となった。林さんは椅子だけ持って来て、羽那子の机で弁当を広げている。
「東条さん、お弁当持って来てる?」
羽那子が尋ねると、東条さんがビクリと肩を震わせた。
「へっ!? うん、持って来てる、よ」
変なイントネーションで答える東条さん。転校、というよりこちらへ引っ越して来たのを機に方言を改めるつもりなのだろう。
「えっと、私もここで食べても、いいの?」
「いいよ、ってかそこはみっきーの席でしょ? あ、みっきーって呼んでいい?」
いきなりあだ名を付けて距離感を飛び越えて行くスタイルの林さん。さすが見た目ギャル感ある。
しかしこのスタイルを男子には使わない為、女子人気に拍車がかかる。出来る女、りなりん。
「ええよー、うち友達には名前で呼ばれる事が多いから、あだ名って新鮮やわ。
あ、ちゃうちゃう! 新鮮だ、よ?」
「無理に話し方変える必要ないよ、関西弁の女の子って可愛いし」
羽那子が林さんの作った空気に乗っかって行く。俺と民人は三人の様子を見守る事しか出来ない。
ちなみにクラス中がこのやり取りを注視している。東条さんと一緒に弁当を食べようと試みた女子達は声を掛ける事も出来ずに自分達の席へと戻って行った。
いつまでもビクビクしていても仕方がない。ってか俺は何も悪くないからな。弁当食べよ。
「うっわ! イチローの弁当めっちゃおいしそうやん!!」
いきなりテンション高くなるなよ、ビックリするわ!
「そうだろうそうだろう、ちなみにはなちゃんの弁当の中身と全く一緒なんだぜ。すごいよなー」
自分の弁当をつつきながら民人が謎の自慢をし出した。そう言われれば、羽那子の弁当の中身と俺の弁当の中身が同じだ。量は俺の方が多いけど。
「そりゃまぁそうよ、私が作ってるんだから」
「え、そうなの?」
俺の問いに対して鋭い視線が二人分。林さんと民人が睨んで来る。あー怖い怖い、けれど弁当はおいしい。
「うん、うまい」
「そ? ありがと」
何でもないような風に返事をする羽那子。
「俺を起こす前に作ってくれたのか?」
「ええ、いつまでも
伊千子とは俺の母さんの名前だ。
聞くところによると、毎朝うちの台所で母さんと一緒に俺と
「そうか、ありがとうな。
ん? じゃあ何で俺を起こす時わざわざ窓から侵入したんだ?」
「それはもちろん、幼馴染としての嗜みだからねー」
「何故俺の家の隣はじいさんとばあさんしかいないのか」
「家にいるだけで青春出来るとか特権階級なのか? 生まれながらに選ばれし者なのか?」
「私は男の子に起こされる方がいいなぁー」
「あんた寝相悪いからダメでしょ、こないだのお泊りの時なんて寝惚けて全部脱いでたし」
「わー! それ言わないでって言ったじゃんか!!」
……うるさい。このクラスには他に娯楽がないのか? スマホゲーのスタミナ消費とかしとけよ。
「ええなぁ幼馴染。うらやましいわ」
「それがねみっきー。伊千郎君ったら今朝起きてはその幼馴染に何て言ったと思う?
朝起こしに来てくれたはなに対して、誰? って聞いたんだってよー」
何か知らんが林さんが東条さんに告げ口してる。
「ん? それってどういう事? 朝一でボケかましたんと違って?」
「そうじゃないから困ってるんだよ。ね、伊千郎君」
「ん? んー。本当に知らないんだ。忘れたとかじゃなくって、知らないって感覚」
そう言いつつ、知らない幼馴染が作ってくれたという弁当に箸を伸ばす。何だか罪悪感を覚えるな。
「えー!? そんなんめっちゃ可哀想やん! アカンでそんなん嘘でも言うたら!!」
「いや、だから嘘じゃなくって、本当に知らないんだよ……」
幼馴染を知らない事について、覚えてなかった昔の友達に怒られているこの状況、何て名前のシチュエーションですか?
「いいんだよ、
そんな事言われるとさ、じゃあもう一回惚れ直させてやんよって、燃えるって言うか」
【速報】幼馴染、燃える。
「え、分からんその感覚。うちやったら泣いてまう……」
とっても悲しそうな顔を見せる東条さんに、なおも羽那子が続ける。
「あたしは大丈夫だよ、一度忘れられたくらいで泣いてしまうほど、いっくんとの絆は弱くないからね。
そうだ、美紀ちゃん。勝負してみる? あたしの事を忘れてしまったいっくんを賭けて」
あれ? 話の方向性が行方不明。現在どこを目指して進んでいるのだろうか。
「……どういう事?」
「いっくんと再会して、運命感じたんでしょ? 今ならあたしから、いっくんを奪えるかもよ?」
「ちょっと待てよ! はなちゃんはそれでいいのかよ!?」
民人だけでなく、クラス全体がざわついている。いや、さっきからずっとざわめき続けているが。
「いいも何も、いっくんはあたしの事を知らないんだよ。じゃあ一から惚れさせるしかないじゃん。
その時点でいっくんはあたしのモノじゃないんだって、そう思うの。だから、いっくんにアプローチを掛けていいのはあたしだけじゃないんだよ」
言っている事はおかしくはない、……ような気がする。
「惚れさせろ! 伊千郎の全てをそこに置いて来た!」
立ち上がり両手を広げて叫ぶ林さん。沸き立つ教室。握手を交わす羽那子と東条さん。それを見上げて顔を手で覆う民人。
そして流れについて行けない俺。とりあえず弁当を食べる。
「……うまい」
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