知らない女の子が増えた

 学校に到着。俺はいつも通り二年二組の下駄箱から上履きと取り出して靴を履き替える。

 その隣でさも当たり前のように自分の上履きを取り出して靴を履き替える羽那子はなこ


「馴染んでんな……」


「幼馴染兼許嫁兼恋人兼将来の奥さんを見つめて馴染んでるとは、お前しかいないと遠回しに愛を囁いてんのか?」


 思わずこぼした独り言をガタイの良いクラスメートに拾われた。

 町村まちむら民人たみと、俺とは中学から一緒の友達だ。

 はやしさんと民人と俺は同じクラス。それは俺の記憶通り。

 民人までもが羽那子の事を知っている、と。うーん……、やはり羽那子を知らないのは俺だけなのか。


「おはよ、民人君。いっくん今朝からあたしの事分かんないんだよ、そっとしといてあげて」


「はぁ!? 伊千郎いちろう、分からないって何だ? 喧嘩して無視してるとかじゃなくて?」


 言葉の通り分からないんだよ、幼馴染とかベストカップルだとか。だいたい去年の学園祭だって民人と回ったんだ。ベストカップル賞なんてイベントも記憶にない。


「何なん? はなに不満でもある訳? あ、私はダメだよ、三角関係とかちょー面倒だし無理」


 恋人いない歴イコール年齢であるはずの俺が恋人との不仲を責められ、浮気願望ありと疑われ、告白もしていないのに振られた。ひどくね?


「林さん、違うから」


「そうそう、こいつは浮気出来るほど器用じゃないよ」


 民人、そういう問題じゃないんだ。

 と、わいわいやっているうちに教室に着いた。いつも通りの時間、クラスメイトの半分くらいが集まっている。

 俺は窓際の一番後ろの席。その右斜め前が民人。昨日まではその配置だった。

 羽那子は俺の一つ前の席に鞄を掛けた。そこは……、誰の席だったか。空席だったはずはないんだけれど。

 羽那子の前に林さんが座る。林さんそこだったっけ。ダメだ、意外と覚えていないもんだな。

 俺の右隣にはそもそも席がなかったんだが、今朝は机と椅子が置かれている。何でだ?


「おい鈴井すずい、お前と藤村ふじむらが別れたってマジか!?」


 登校中の会話を聞いていた誰かが誰かに伝え伝わり、その結果俺と羽那子が別れたという噂が広まったのだとか。いやね、別れたどころか付き合っていた記憶がないんだけどね。


「マジかよ!? 校内の恋愛戦力バランスが崩れるぞ……」

「鈴井君を狙う女の子と、はなちゃんを狙う男の子、これは血が流れるわよ!?」

「何が原因で別れ話になったんだろう。今の二人の雰囲気を見る限り、喧嘩別れではなさそうだけど」

「きっと飽きたんだよ。美人は三日で飽きるって言うじゃん。鈴井の場合は十六年だろ? 持った方じゃね?」

「いえ、伊千郎君は藤村さんを顔で選んだ訳じゃないよ」

「何で突然鈴井君の事下の名前で呼ぶのよ、あんたもしかして!? 抜け駆けはナシだからね!」


 教室が騒然としている。俺と羽那子が別れたらしいという噂はそれほどまでにホットなトピックスなのだろうか。


「おー朝から元気いっぱいだな。先生は嬉しいぞー」


 気だるげな声で思ってもない事を言いながら教室へ入って来たのはうちの担任の先生だ。

 吉村よしむら美佐子みさこ、眼鏡を掛けた女教師。何故か俺を演劇部に入れようと執拗に勧誘して来る事を除けば良い先生だ。


「先生! 鈴井と藤村が別れたって!!」


「ん? そんな訳ないだろう。この二人が別れるなんて有り得ん。あれだ、演技の練習で喧嘩をするシーンの芝居をしていたんじゃないか?

 そうか、ようやく全国を目指すつもりになったか」


 うわー、俺だけでなく羽那子もしつこい勧誘を受けている事になっているみたいだ。羽那子が苦笑いを浮かべている。


「とまぁその件については部室で詳しく聞くとして、中途半端な時期ではあるが転校生だ」


 入りなさい、という先生の合図を受けて、うちの制服ではないブレザー姿の女の子が現れた。


「自己紹介を」


「はい。東条とうじょう美紀みきです。よろしくお願いします」


 耳を出したふわふわベリーショートのその女の子から緊張が伝わって来る。

 アウェイだもんな、まぁ誰かが上手い事助けてくれるから大丈夫だと思うよ。俺はそんな事出来るタイプの人間じゃないけど。


「東条は親御さんのお仕事の都合で関西から引っ越して来たそうだ。

 ここで先生からみんなに一つ大事な事を伝える。心して聞くように。

 関西人だからって面白い事を言うとは限らないからな、東条に過度な期待をしないように」


 教室が笑い声で満たされる。みんなのリアクションを見て、少しホッとしたような顔をする東条さん。良かったね。


「では窓際二列目の一番後ろ、あの空いている席を使うように。自己紹介は各自してくれ、仲良くするんだぞー」


 自分の仕事は終わったとばかりに教室を出て行く吉村先生。入れ替わりで数学担当のます先生が入って来る。吉村先生のお尻見てんのバレてんぞ。


「よろしくな、俺は町村」


 早速民人が自己紹介をしている。もう授業始まってんだけどね。


「よろしくお願いします」


 ちょっとイントネーションが違う気がするけど、努めて標準語を話そうとしているのが分かる。


「ほら伊千郎、お前も自己紹介しろ」


「はいはい、鈴井です。よろしくね」


 民人に促されて自己紹介をすると、俺の顔を見て東条さんが固まった。


「あーコレ来たわ、運命の出会いだわー三角関係ワクワクするわー」


「さっき面倒だって言ってたじゃない」


「当事者であればねー」


 林さんと羽那子の向こう側に、いつまで喋るんだってな顔をした数学の先生。ほら、ぼちぼち怒られるぞ。


「もしかしてイチローちゃう!?」


 声でけー! 東条さん声でけー!!


「イチローやん! うわ、これって運命ってヤツやん!!」


 そして知らねー! 俺東条さんの事知らねー!!

 知らない女の子が増えた!!


「お前らいい加減にしろ! 授業始めるぞ!!」


 

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