ダイニングで朝食を

 家族みんなが、俺の知らない女の子の事を知っている。

 俺の知らない女の子が、生まれた時からの幼馴染であると口を揃えて言う。

 キツネにつままれたとは正にこの事か。


伊千郎いちろう、どこか頭でもぶつけたのか?」


 父さんが怪訝な表情で尋ねる。いや、確かに自室の壁に思い切り頭をぶつけたけど、その前からこの女の子の事は知らなかった。

 知らないと認識していた。

 顔を洗い朝食まで済ませた俺が、未だに寝惚けているとは思えない。

 それも、どうしても思い出せない訳ではなく、そもそもこいつの事を知らないとしか表現出来ないんだよなぁ。


「突然幼馴染の事だけを忘れる病気とかかしら。突発性幼馴染健忘症とか」


 ボケなのかマジなのかよく分からない事を言い出す母さん。割と天然系母親なので、みんなあえてツッコミを入れるような事はしない。


 俺がこの女の子の事を頑なに知らないと言い続けていると、父さんと母さんと妹が『はなちゃん』について色々と教えてくれた。



 名前は藤村ふじむら羽那子はなこ。俺の幼馴染。

 誕生日は俺の二日前の五月三日。

 俺と同じ学校に通う高校二年生。

 我が鈴井すずい家の隣に住んでおり、一人っ子である。

 羽那子の両親は自分達の会社を切り盛りしており、朝早くから夜遅くまで家を空けるのでご飯は我が家で食べる。

 お互いの両親が古くからの付き合いの為、俺が生まれた日から結婚の約束が交わされている。

 毎日必ず顔を合わしており、唯一離れ離れになったのは小学校の時に俺が一人で参加したキャンプ合宿の三日間だけ。

 二学年離れている伊千香いちか曰く、中学の時から全校生徒公認のカップルだった。

 お互いあえて口には出さないが、両想いである事は明らか。

 むしろ新婚熱々期は五年以上前に終わっており、今は長年連れ添った隣にいて当たり前の存在になっている為、俺の方がなかなか手を出す事が出来ずにいるのを羽那子が気付いており、今朝のような過剰なスキンシップを図ってさらなる関係の進展を目指している最中である。


 最後の説明、いるか?


 朝食の場でそんな会話が繰り広げられる最中、平然とした顔でモグモグとパンを頬張っていた羽那子。自分の話なのに恥ずかしくないのだろうか。


「これだけ言って思い出さないとなると、もう病院に連れて行くしかないんじゃないか?」


 いや、絶対に俺の頭がおかしくなった訳じゃないと思う。

 むしろ羽那子が突然俺の日常に侵入して来た、そう考える方が俺的には自然だ。

 俺が知らないんじゃなく、羽那子が両親と妹に記憶を刷り込んだとしか考えられない。

 あれか? 地球人のハートフルな生活に憧れて遥か4.24光年先からやって来た宇宙人とかか?

 ピカっと光るペンライトを見せられると宇宙人を見た記憶が丸々なくなるやつ、あれの逆バージョンとか。

 でもそれだと俺にだけピカっとしない理由が分からない。


「でもテストが近いから、今すぐ連れて行くのは差し障るんじゃない?

 あたしの事以外はしっかり覚えてるみたいだし」


 自称幼馴染がやっと口を開いたかと思えば、また嫌な事を思い出させてくれる……。

 そう、もうすぐテストだ。これは忘れていたし、今言われて思い出した。

 テストを忘れてたって感覚と、幼馴染の事を知らないって感覚は全く別物であるという事が確認出来た。


「とりあえず今日はこのまま学校に連れてくね。

 大丈夫、これくらいの事で凹むほど、幼馴染歴短くないから」


 両親と妹を安心させる為にか、笑顔を見せる羽那子。その笑顔はとても無理して作っているような表情には見えず、だからこそこの女の子の本当の気持ちが窺えない。

 不気味という訳ではなく、本当にただただ知らないからとしか表現が出来ないんだけど。


 それにしてもいいのかね?

 学校に行けば、羽那子の事を知らない奴らがいっぱいいるんじゃないのかね?

 手当たり次第にピカっとやっていくつもりなんだろうか。


 ま、それはそれで面白そうではあるが。


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