第3話:違和感

授業が終わり家路につく中、陰鬱とした気持ちが晴れなかった。

今日は、アイツが病院からやって来るからだ。

これからは、アイツと一緒に暮らしていかなければならないのかと思うと・・・。

そうこう悶々と考えている内に、家の前まで着いてしまった。


「おかえり!兄さん。」


玄関のインターホンも鳴らしていないのに、飛び出してきたのは『見知らぬ美女』だった。


「えっ!?えーと、どちら様?」


目を見開いて、端正な顔立ちの女性の顔をマジマジ見てしまう。


「この女、もしかして兄さんの好みじゃなかった?」


そう言うと、彼女は身をを翻し


「ちょっと待っててね。」


と言いながら、彼女は部屋に入っていった。

代わりに、美女が入っていった部屋から出てきたのは『アイツ』だった。


「かわいい女の子に出迎えられたら、よろこぶと思ったんだけどなぁ。」


アイツは不思議そうな顔を浮かべながら、下から俺の顔を見上げてきた。


「それで、さっきのは誰なんだ?」


俺は怪訝そうな態度で言い放った。


「ここの近所に住んでいる大学生だよ。おっとり系の美人さんだったでしょ?」

「確かに美人だったが・・・。」


イヤイヤ、俺は何を言っているんだ!?


「一度きちんとご挨拶しておこう。」


熱のこもった気合を込めて、俺は彼女が入って行った部屋に入るが、彼女はもういない。


「あの娘なら、もう裏手から帰って行ったよ。」


もう遅い時間だし、帰る時間だとは思ったが、ご挨拶くらいさせてくれたらよかったのに・・・。


「ところで、彼女とはドコで知り合ったんだ?」

「前にバス停で待っているときに、ライトノベルについて語り合ったのよ。」


みさきがライトノベル?と思ったが、

アイツは昔から小説や物語を読むのが好きだったなぁと思い出した。


「今日は私の退院祝いで、晩御飯はお寿司だって」

「ウナギも付けてもらわないと。」

「私の退院祝いなんだよ。私の好きな食べ物にしてもらわないと。」

「少しくらい融通してくれても良いだろ?」

「それは兄さんの態度次第かな?」

「なんじゃそりゃ。」



2月14日は何の日だろうか?そうバレンタインデーである。

男子たるもの、この日は待ち遠しくもあり、また縁遠いものでもある。


モテる者は益々モテ、モテざる者は益々モテず。

まるで経済格差のような社会格差がここにはある。


これに漏れず、俺も朝からソワソワして気が散って仕方ない。

ワンチャン、下駄箱の中や机の引き出しにチョコが入ってないか確認すること10回って、オイッ。

例年通り、何も入ってはいなかった・・・。

そりゃ自分が一番良くわかっているさ、毎年チョコをくれるのは母親と妹だけだった。


ソワソワしている男連中と一緒に連れションの帰り道に談笑していると


「チョコなんて虫歯になってニキビができるだけで、全然欲しくもないもんな。」


一人の男が言い出した。気持ちは分かるが、それを言ったら益々モテないだろう~。


「まあ、確かにチョコは甘すぎてイカンなあ。甘党では自分に甘くなってしまうな!」


ワケ分からん論理展開だが、1つ分かることは悲しき男の遠吠えだけだ。


「なぁ、お前もそう思うだろ?」


ここで、急な無茶ぶりである。


「俺はウイスキーボムボムだったら、甘さが控えめになって好きだけど?」

「あれは、砂糖でコーティングしている部分は甘いけど、ウィスキーと相まって

少し甘さを感じづらいよな!」

「そうだろ?そうだろう?」


なんとか男どもの悲しき遠吠えの連鎖を断ち切ることができたようだ。

すると、遠くから声がするのが聞こえた。


「ウィスキーボムボムが好きなの!?」


声の主はクラスメートの時子(ときこ)さんだった。


「ボムボムは単純に名前も好きなんだけど、少し喉を焼く辛さが好きなんだよね。」

「そのぉ、自分で作ったチョコでお口に合わないかもなんだけどぉ。」


時子さんは、包み紙にくるまれた袋を取り出し、俺に差し出してきた。


「そのよかったら・・・。」

「俺にくれるの?」

「嫌でなかったら。」

「嫌なことなんて全然ないよ。あとで美味しくいただくよ!」


この年になって初めて、家族ではない異性からチョコをもらうことができるとは。

今日は赤飯を炊くかな。


「オイオイ、なんでお前だけ抜け駆けしてんだよ!」

「きっとお前のは義理チョコだからな。」

「俺らにも義理チョコ、プリーズ。」


怒涛の3人衆である。時子さんも困惑顔だ。


「おいおい、そんなにひがむなよ。器が小さく見えるZE!」


いつにもなく変なテンションで返してしまうのはご愛敬だ。


「ごめんなさい、みなさんの分まで作る余裕が無くて、今日は持ち合わせがないの。」


時子さんは、申し訳なさそうな顔で俺たちを見ていた。

すると、他の女子たちが俺たちを囲ってきた。


「時子さんの慈悲でチョコくれたんだから、ありがたくもらっておきなさい。」

「他の男子もチョコ欲しかったら、普段の態度を改めることね。」

「俺たちなんかしたか~。自費で慈悲くれたって良いじゃんか~。」

「つまらないギャグ禁止!」


怖いクラスメート女子に囲まれて、集団リンチされるんかと冷や冷やした。



購入したノートの2ページ目には、

『〇月×日、端正な顔立ちのおっとり系な美女が玄関で出迎えてくれた。

彼女はアイツの友達だというが、いきなり出迎えられたら驚くもんだ。

また、クラスメートの女たちが急に馴れ馴れしくなってきたのも少し違和感があった。

しかし、違和感はあるものの、その原因を明確に断定できるものはまだ何も無い。

単に、俺にモテ期が到来しただけなのかも・・・?』

と記入した。おっとり系の美人なお姉さんには、もう一度お会いしてご挨拶をしたいなあと思ったことは内緒だ。

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