第4話:異生物

近々、中間テストが設定されているせいで、

本屋で教科書傍用問題集を見る羽目になるとは・・・。

要は、参考書や問題集さがしってことだ。

参考書は本屋の本棚を敷き詰めるように陳列されていて、

正直言ってどれを選べば良いのか全く見当が付かない。


やれ、ベクトルだ!矢印だ!変化量だ!チンプンカンプンだ!

平面図形くらいまでなら、紙に描ければナントカなりそうだが、

空間になったらもうお手上げだ。


「兄さん。」


呼ばれた方に振り返ると、そこに居たのは時子さんとアイツだった。


「珍しい組み合わせだな。二人は。」

「そうかしら?」

「二人は知り合いだったっけ?」

「ええそうね。兄さんこそ、ここで何かお探し?」


なんかはぐらかされた感じがするが、時子さんも居ることだし、

クラスメート女子に根掘り葉掘り聞くわけにはイカんわな。


「ベクトルとか変化量とかよく分からんから、そのあたりの問題集を探しにね。」

「5STEPや標準問題盛功をやったらいいんじゃないの?」

「時子さん、あんな問題集が使えるのは優秀な生徒だけなんですよ・・・。」

「ごっ、ごめんなさい。他のだと、もっと易しい入門問題盛功とかもあるのよ。」

「そうだね・・・。」


地頭が良い時子さんには、何が分からないかも分からない俺の気持ちなんて分からんのですよ。

風の噂では、時子さんは我が校の首席だと聞いたことがある。

主席や特待生というものに、俺も一度は成ってみたいもんだ。


「兄さんは、ベクトルや変化量が分からないのよね。」

「あぁ、あんな得体の知れないモノは、俺の生活には出て来やしないからな。」

「そうかしら?ベクトルは風向きといった気象予報でも使われるし、

変化量は兄さんが好きな自転車の加速と減速を表したりもするのよ。」

「みさきちゃん、スゴイ物知りさんだね!?びっくりしちゃった。」

「そうでもないわよ。兄さんが好きなモノが、私も好きなだけよ。」


俺の妹はこんな小難しい理屈やウンチクを話すタイプじゃなかったはずだ。

というか、賢すぎんか!?俺の妹がこんなに賢いはずがない!


「先輩に聞いたことあるが、高学年で微積分とかいう奴を学ぶらしいが、

もしかして既にお前は勉強してたりするのか?」

「ちらっと本屋さんで見たくらいかしら?

勉強するというほど、大それたことはしてないわよ。

さっき話した変化量という部分も、突き詰めれば微積分の範疇になるのよ。

ほらっ、自転車の加速と減速って積み上げれば速さになって、

その速さで積み上げれば距離になるのよ。これが積分で、その逆操作が微分になるわ。」

「日本語で説明してくれんか?全く頭に入って来なかったんだが。」

「要するに、自転車で走っていて、一生懸命に加速したり減速したりすることで、

自転車の速さが変わるわよね。そんな風に変化していく速さが各時刻で分かると、

各時刻の距離は速さ×時間間隔で分かるから、各々の距離を足し上げれば

自転車で移動した全体の距離になるのよ。

例えば、埼玉から東京まで一生懸命に自転車で走って、速さはチョコチョコ変わるけど、自転車で走った東京-埼玉間の全距離が分かるってことよ。これが積分ね。

今回だと速さが微分よ。」

「分かったような、分からんような。というか、今探しているのは微積分の本じゃないんだった。」


アンポンタンだった妹が、数学の先生みたいなことを

ペラペラ言い出すこと自体が『異常』だよ、ゼッタイ。

俺の目の前に居る『アイツ』は、『妹』であって『みさき』とは思えない。

『みさき』とは異生物にしか思えないのに、周りはその『異常さ』を異常とも思ってくれやしない。


「そもそも、時子さんも中間テストの準備で本屋さんに来たの?」

「えぇーと、私は予習のための参考書を探しに来てたの。」

「やっぱり、優秀な人は違うなぁ。俺なんて中間テストって目の前の問題だけで手いっぱいだよ。」

「みさきちゃんは微積分まで分かっているのなら、

もしよかったら次の予習の範囲を教えてもらえたりしないかしら?」

「せっかくだし、兄さんも時子さんと一緒に、私が教えてあげるわよ。」

「それが良いわ。せっかくだし、一緒に教えてもらいましょ!」

「時子さんがソレで良いなら・・・。」


背に腹は代えられない。中間テストで赤点なんて取ったら、親になんて言われるか考えたくもない。

下手して小遣いを減らされでもしたら、ソシャゲの課金もおぼつかなくなるじゃないか。


「俺も一緒に教えてもらえるかな?イチからーーー、いいえ、ゼロから!」


にっこり微笑んできた女子二人の口元は、連動する振り子のように同期した。



購入したノートの3ページ目には、

『〇月×日、クラスメートの時子さんとアイツに本屋でバッタリ出くわした。

驚いたことに、アイツは高学年の微積分まで理解しており

スラスラ俺たちに解説し始めた。ひょんなことから、

俺は時子さんと一緒にアイツから勉強を教わることになった。

しかし、俺の妹は元々けっして賢いタイプとは言えなかったと思う。

この違和感に気持ち悪さはあるが、目の前の中間テストでソレどころではない。』

と記入した。クラスメート女子の時子さんと一緒にお勉強ができることに、

淡い興奮が入り混じったことは内緒だ。

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俺の妹はもういないのに @Convex

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